CLOUD(クラウド)

青木 森

文字の大きさ
上 下
177 / 535

5.愁嘆の大地の章-65

しおりを挟む
 戦う素振りも見せない後ろ姿に、ジャックは何もせずに弟を見逃した自身の姿と重ねて苛立ち、
「ヤマトォ! ジゼぇ! ナクア達と腑抜け女(マリア)の面倒を頼まぁ!」
 ナムクス(マリアの妹)を睨み見据えたまま、立ち上がった。
「「ジャック!?」」
 慌てるヤマトとジゼを尻目に、ジャックはうつむくマリアと並び立ち、
「下がれ、死神ぃ。俺がやる」
 一瞥もくれず、ナムクスに向かい一歩踏み出すと、
「お待ちなさい」
「…………」
 立ち止まるジャック。しかし振り向きもせず、
「反省だらけの今のテメェに、妹をヤレんのかよぉ。役立たずはスっ込んでろ」
 ひねくれ者なりの遠回しの気遣いに、マリアはうつむきながらも口元に小さな笑みを浮かべ、
「これはわたくしの戦(いくさ)で、わたくしのケジメですわぁ」
 腹を括った顔を上げた。
 肩越しチラリと振り返るジャック。
「…………」
 しばしマリアを見つめると、
「ケッ! 好きにしな」
 ジゼ達の方へ戻り始めた。
「ありがとうと、言っておきますわぁ」
 微笑むマリアにすれ違いざま、
「礼なんか言うな気色悪りぃ。そもそも「テメェの問題」なんだろがぁ」
「ですわぁ」
 自嘲すると、ジャックは不機嫌顔で足を止め、
「ただしぃ!」
「?」
「相手はクローザーだ、ヤベェと判断したら、勝手に参戦するから覚えとけぇ!」
 歩き出す背中に、
(相変わらず素直じゃありませんわねぇ)
 マリアはクスリと笑いつつ、
「分かりましたわ」
 迷いの晴れた目をナムクスに向け、対峙した。
 ムスッとした顔で、ヤマトとジゼが展開する二重フィールドの内側に入るジャック。
 心配の裏返しを不機嫌顔で誤魔化す姿に、ヤマトとジゼは呆れ笑い。
「相変わらず素直じゃないなぁ」
「ホントにツンデレなんだからぁ」
「っせぇ、ツンデレ言うなぁ! ってかジゼ、オメェが言うんじゃねぇよ! それより俺もフィールド張っから、ルーク達をエレベーターまで連れてくぞ」
「「!」」
 ヤマトとジゼは振り返り、ルークの亡骸にすがり付いたまま、むせび泣くナクアと、今にも壊れそうなナクアの心を支える様に抱くマシューに目を落とし、
「そうだな……」
「うん……そうだよね……」
 悲痛な表情で頷き、
「マシュー、ルークとナクアを頼む。どこまで通用するか分からないけど、俺とジゼとジャックの三人でフィールドを張るから……」
 頷くマシューはルークの亡骸を背負い、
「ルーク……ナクアと俺達の家(ガルシア)に帰ろうぜ……」
 ナクアを抱き寄せ立ち上がると、三人で三重にフィールドを展開。
「オメェ等、メソメソしてる場合じゃねぇぞ! あのヒス女は腐ってもクローザーだ! 下手すりゃ俺達が三重に張ったフィールドを一発で消し飛ばすかも知んねぇ。気ぃ抜くんじゃねぇ!」
 先の戦いでクローザーの強さを、身を以て知ったジャックがいきり立ったが、ナムクスはエレベーターに移動を始める一行の姿を嘲る様に小さく笑い、
「あの様に警戒なさって、お可愛い事でございますですわぁ。あたくしの本命は、御姉様だけですのにぃ」
「…………」
「なんでしたら、皆様であたくしを蹂躙しても構わないですのよぉ……出来るモノならぁ」
 不敵な笑みを浮かべると、
「お相手が「御姉様だけ」なのでしたらぁ……」
 身の丈を超える武器を瞬時にチリと消し、
「!?」
「これで、お相手して差し上げますですわぁ。お来なさい!」
 何かを召喚でもする様な中二病ポーズを取ると、空中に二本のレイピアが現れ、華麗にひと舞い回って見せながら両手に持ち、切っ先をマリアに向け構え、
「得意分野で、完膚なきまで叩きのめして差し上げますですわぁ!」
 マリアを見据えるその目の奥には、怨念の闇が渦巻いていた。
「…………」
 歪んだ負の気迫に、気圧されるマリア。
 しかし相手は人道を踏み外し、ルークを手に掛けた実の妹。臆している場合ではなく、自身の心を奮い立たせ、
「妹が心に抱えてしまった闇を祓うは、姉の責務ですわぁ!」
 分厚い防寒着を一瞬にして脱ぎ捨て、両手のレイピアを構えて見せた。
しおりを挟む

処理中です...