CLOUD(クラウド)

青木 森

文字の大きさ
上 下
224 / 535

7.岐路の章_29

しおりを挟む
 数時間後―――
 シセの懸念に反し、アフリカ大陸へ向けて順調な航海を続けるガルシアサードに、
「RANGE5に接近する艦、多数あり!」
 緊張が走る。
 即座に、近づく船をデータベースとの照合を開始するアイザックは、
「なっ、なんだこれ……」
 驚きの声を漏らした。
「み、ミサイル巡洋艦にミサイル駆逐艦……フリゲート艦まで……突発任務を負う第二艦隊の規模じゃない……まるで、昔、教本で見た冷戦時代の第六艦隊の規模じゃないか……」
 額から冷たい汗を流し、自席のモニタを見つめるアイザック。
 データは正面の大型モニタにも映し出され、ブリッジ内は大きくざわついた。
 しかし艦長は努めて冷静に、
「ナタリー通信長。本艦の状態は?」
「ちょ、ちょっと待ってほしいっスぅ!」
 装置が新しくなり、またブリッジ内の人員が大幅に減った事で、ナタリーはまごつきながら自席のパネルを操作。
 改修で一人一人が重複して出来る仕事の幅は増えたのだが、逆に人が少ない時には、個々に掛かる負荷が増える結果となっていた。
「ちょ、超電導フライホイール電源に、ステルスモード、3Dレーザーレーダーに、超電導スラスター推進。全て異常なしっスぅ!」
「…………」
 艦長はしばし黙考し、
「副長、まだ距離はあるが艦内に警戒対象接近の通達と、物音をたてない様に注意喚起を」
 しかし返事が返らず、
「副長!」
 語気を強め呼ぶと、
「はっ、ハイ!」
 惚けていたのか、ソフィアはビクリと振り返り、
「か、艦内に通達ですね!」
 いつも持ち歩いているタブレットを慌てて操作。ヘッドセットと無線接続し、
「本艦はこれより戦闘領域に入ります! 各作業員は作業を中断し、物音をたてない様に!」
 通信を終えると、大きく一息した。
「副長」
「はい」
 艦長の声に振り返るソフィアであったが、緊張感の欠如を自覚し、視線を逸らすと、
「体調がすぐれなければ、休んでもらっても構わんが?」
「い、いえ、大丈夫です!」
「うむ。そうか。ならば頼む」
 艦長は静かに海の向こうを見据えた。
 釈明が口からこぼれ出そうになるソフィア。
 しかし、この様な場合、どの様な耳触りの良い釈明を並べても言い訳にしかならず、失態は、今後の実績で挽回するしかなく、その事を十分理解しているソフィアは言葉を飲み込み、凛然とした表情で正面に広がる海原を見据えた。
「ターゲットの先頭艦が、RANGE4に入ります……」
 緊張感を纏ったアイザックの声に、固唾を呑むブリッジクルー達。
 先の、オーストラリア大陸沖合での、不意打ち的戦闘が脳裏をよぎる。
(未だ射程外だが……来るのか? いや、気付いているのか……?)
 ブリッジ正面上部、大型モニタに映るレーダー画像を、睨む様に見つめる艦長。
 するとアイザックが、
「う、嘘だろぉ!?」
 驚愕の声を上げ、
「巡洋艦と駆逐艦からのミサイル発射、多数を確認ッ! 向かってきまァす!」
「そんな! ロックオンすらされていないのよォ!」
 悲鳴の様な叫びをあげるソフィア。
 艦長はシートから立ち上がり、
「ステルスモードを解除ッ! リソースを回して、システムを戦闘モードに緊急移行ォ! 本艦はこれより戦闘状態に入る!」
「「「「「「イエッサァーーー!」」」」」」
「そ、そんな……」
 立ち尽くすソフィア。
 艦長は口惜し気に正面大型モニタを睨み、
(私の認識が甘かったと言う事かぁあぁぁ!)
「回避運動を取りつつ、チャフを散布! 同時に、アルゼンチン領海内に向け緊急離脱を開始ィ!」
「「「「「「イエッサァーーー!」」」」」」
 ブリッジが狂騒に満ち溢れていた頃、治療室では怯えて震えるイサミ達をシセが優しく抱きしめ、宥めていた。
「大丈夫です。三人は、シセが命に代えても守ってみせます」
 微笑むと、涙目のイサミが顔を上げ、
「がるしあの、みんなはぁ?」
「…………」
 答えないシセ。
 そこへ、
「ガキども無事かぁい!」
 ブレイクが飛び込んで来て、シセの顔を見るなり、
「オマエ、こんな所で何やってんだい! 今は戦闘中だよォ!」
 しかしシセはプイッと横を向き、
「拒絶されたシセが、戦闘に参加する義理はありません」
「何があったか知らないが、ヘソを曲げてる場合じゃないんだ! かなりヤバイんだよ!」
「シセには、もう関係ありません」
 横を向いたまま、素っ気なく答えるシセ。
「…………」
 その言動からは、すねた様子も、焦った様子も見受けられず、既にガルシアクルーに対する思い入れが、消え失せていた事を物語っていた。
 強制する事は、もはや不能であると悟るブレイク。
(どう交渉したら良いんだい……)
 今更ながらジゼの不在を後悔すると、近くで爆発が起きたのか船体が激しく揺れ、悲鳴を上げてシセに抱き付くイサミ達。
 心が離れてしまったシセに対し、ブレイクが交渉の打開策を見いだせないでいると、イサミが今にも大泣きしそうな顔で、
「おねがい、シセぇ。がるしあの、みんあも、まもってぇ。おねがい……」
「ですが……」
 なおも渋るシセであったが、イサミと同じ顔して見上げるトシゾウとソウシに、
「はぁ~」
 小さくため息を吐き、
「仕方ないでぇすね」
 渋々立ち上がると、イサミ、トシゾウ、ソウシは、パッと笑顔になった。
「ブレイク隊長殿、三人の事を頼みます」
「あぁ! 今はアタシ一人だが、調査班班長の名に懸けて、守ってみせるさ!」
 その言葉とイサミ達の笑顔を背に、シセはブリッジに向かって走り出した。

しおりを挟む

処理中です...