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青木 森

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9.黎明の章_18

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 南極基地に到着して数日後、基地内に設けられたキッズルーム―――
 悩める大人たちと相反し、子供たちは元気であった。
「あぁ~もぅつまんねぇ~~~!」
 授業で使う伸縮式の指揮棒を、伸ばして振り回すトシゾウに、
「あ、あぶないよぉ、おにぃちゃん」
 ハラハラして見守るソウシ。
 しかし弟の心配など、どこ吹く風。
「ダイジョウブだよぉ!」
 指揮棒を短くすると、
「それよりソウシは、ハラたたないのかぁ!?」
「な、なぁに?」
「ねぇちゃ……イサミッてば、さいきん「アリアナちゃん」、「アリアナちゃん」てぇ! きょうだって、ふたりでタンケンしてるんだぜぇ! あんなキョウボウおんなのホウが、オレたちより、そんなにイイのかよぉ!」
「で、でも、オンナノコどうしだし、おねぇちゃんは、きっと、うれしいんだよぉ」
「カゾクよりもかよぉ!」
 ムッとして声を荒げるトシゾウに、
「ひぅ!」
 おののき、身を屈めるソウシ。
 そんなソウシに、トシゾウは不愉快そうに「フン」と鼻息荒く息を吐き、
「あぁ~あ、やってらんねぇ!」
 短くした指揮棒を、剣でも持っているかのように構え、
「リスト、ロードォ!」
 ヤマト達スティーラーの動きを真似し、
「シャキィーーーン!」
 指揮棒を再び伸ばし、
「くらぇーーーーーーーっ!」
 架空の敵を相手に振り回した瞬間、陶製の花瓶に手元が当たり、落下。
 ガシャーーーンッ!
 派手な音を上げ、床で粉々に。
 探検から戻って来る途中であったイサミとアリアナは、キッズルームから聞こえた大きな音を聞きつけ駆けだし、
「なんのオトぉ!?」
 部屋に駆け込むと、
「や、やべぇ!」
 想定外の姉の早い帰還に後退るトシゾウ。
 咄嗟に、ソウシに指揮棒を握らせ、
「あとはたのんだぁ!」
「えぇーーーっ!?」
「イサミをおさえててくれぇー!」
「で、できないよぉーーー!!」
 うろたえるソウシを尻目に逃走を図った。
「まちなさぁいトシゾウ! あやまりなさぁい!」
「こわしてニゲルのは、よくなぁい!」
 追う、イサミとアリアナ。
 ソウシは、徐々に近づいて来る二人に、
「え、えぇとぉおぉ、そのぉおぉ!」
 活発な兄の言葉には逆らえない。しかし姉二人の言う事は正しい。「どうすれば良いか」まごついていると、イサミとアリアナは真横をスルー。
 子供の一年の年齢差は、圧倒的体力差。難なくトシゾウに追いつき、
「逃がさない!」
 イサミは襟首ムンズと掴んで、ゲリラ仕込みの体術で取り押さえ、
「ワルイことをしたんだから、ちゃんとゴメンナサイしなきゃダメでしょ!」
「ワルイことしてにげるの、ヨクナイ」
 しかしトシゾウは反省する素振りも見せず、床に押さえつけられたまま、
「なんだよぉ! オンナふたりして「イイコちゃん」ぶりやがってぇ!」
 逆ギレ。挙句にオロオロするばかりのソウシを不機嫌に見上げ、
「オトコのクセに! オンナあいてに、やくにたたねぇな!」
 ショックを受け、今にも泣きそうな顔でうつむくソウシ。
 自分の今の姿を棚に上げた「理不尽な暴言」に、男兄弟であれば言い返しそうなモノであるが、ソウシはその様な性格ではないのである。
 見かねたイサミは、トシゾウを床に押さえつけたまま、
「ソウシはイイコなんだから、まきこまないのぉ!」
 姉らしく苦言を呈しつつ、
「ソウシも! オトコなら、ダメなものは「ダメ」って、ハッキリいわなきゃダメでしょ!」
 弱った心に追い打ち、ダブルショック。
 更にアリアナから、
「ツヨクならないと、ダレもまもれない、よ」
 いつも通りの無表情の中に、悲しさを滲ませた。
 それは破壊しつくされた故郷の村を思い出しての事であったが、ソウシの目には「弱虫ね」と嘲笑っているように見え、トリプルショック。
 幼いながらも好意を抱いている女の子に言われた最後の一言が、一番身に堪えた。
「…………」
 うつむき加減で、ヨロヨロと後退るソウシ。
 三人に背を向けると、そのままキッズルームの角にしゃがみ込んでしまった。
「「「…………」」」
 少し言い過ぎたかも知れないと、反省顔を見合わせる三人。
 しかしソウシは、単に落ち込んでいる訳ではなかった。
 三人に背を向けつつ懐から手帳を取り出し、ペンを手に、
『つよいオトコてちょ』
 と、表紙に書き込み、
(ボクは、アリアナおねぇちゃんに、ふさわしいオトコになるんだぁ!)
 存外、ソウシも単純な男の子の一人であった。

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