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青木 森

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13_流転の章_22

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 小さな空騒ぎも収束し、やがて就寝時間―――
 灯りの消された部屋で、清潔感のある「ふかふかベッド」に横たわる、騒ぎ疲れた少女たち。
 聞こえて来るのは穏やかな寝息だけ。
 そんな中、
(むぅ、ヒラヒラなぉぅ……)
 天井を見上げ、不愉快そうに呟く少女。
 着替えさせられたパジャマがレースとフリルの使い過ぎで、ごわつき、体にまとわりつき、寝苦しかったのである。
 しかし寝付けない理由はそれだけではなかった。
(みんな(大人たちも含め)やさしいけど……ここはなんかヘンなぉぅ……)
 違和感が拭えずにいた。
 考えてみれば、不可思議な事だらけである。
 教会に見える外観であるのに、他者の接近を拒むかのような高い塀。修道士にしては筋骨隆々、たくまし過ぎる肉体を持つ男たち。室内に目を向ければ、信徒がいない反面、メイド姿の女性たち。牧師がメイドを雇うなど聞いた事も無い。まだ足を踏み入れていない部屋があるため断言は出来ないが、礼拝堂がある気配もなく、十字架や聖母などの聖画像、聖伝の一場面を描いたイコンも見受けられない。
 教会でなければ、単に「普通の孤児院」と言えなくもないが、古株の子供がおらず、何より彼女の目から見ても施設内の少女たちの容姿が「整い過ぎ」、平たく言えば「可愛い子しかいない」事が気に掛かった。
(やっぱり、きになるなぉぅ)
 少女はムクリと起き上がり、
(たしかめるなぉぅ)
 ベッドから降りようとしたが、
(ベッドにいないのがみつかって、さわぎになるのはマズイなぉぅ……)
 一考すると何かを思い出し、タオルケットと枕を棒状に丸めて繋げ、その上に上掛けを被せ、布団の中で眠っている姿を偽装し、
(これでオーケーなぉぅ)
 満足げに頷く少女。しかしその表情には、何処か寂しさが滲んでいた。
 村で穏やかな生活を送っていた頃、父親が少女を驚かせる為によくやっていたイタズラであったから。
 偽装を終えた少女は眠っている子たちを起こさない様に、静かにベッドから降り、物音をたてない様に細心の注意を払いつつ、部屋からそぉ~っと抜け出し扉を閉め廊下へ出た。
 周囲を警戒しながら、足音を忍ばせ、違和感の答えを求めて屋敷内を彷徨い歩く少女。
 そんな中、大人の男性の声が漏れ聞こえる部屋を見つけ、忍び足で扉に近づいた。
 扉に耳を近づけ聞き耳を立てる。
「あぁ~まぁ良いだろう。それで頼む」
 中か聞こえて来たのは、牧師の様な男性の声であった。
 一方的な会話から、電話で誰かと話している様である。
「納得いかねぇなら、今から出向いてやるぞ」
 粗野な物言い。物腰柔らかな先程までとは別人の様であったが、
(あいてがオトナだからなぉぅ?)
 心の何処かで彼の良心に期待している思いが、彼を擁護する発想に繋がったのであるが、その想いは儚く散る事となる。
「今回は上玉ぞろいだぁ。イイ値が付くこと間違いなしだぜぇ」
 高笑い交じりに話す男に、
(やっぱりなぉぅ……)
 優しさが偽りであったと知り、落胆を抱えつつ部屋に戻った。
 しかし落ち込んでばかり居られない。
(スグに、にげないとぉ)
 思い立った少女は眠っている子達を揺り動かし、大人たちに気付かれないよう静かに目覚めさせ、自分たちが売買の対象とされている事を告げた上で、
(みんなでニゲルなぉぅ!)
 逃走を促したが、少女たちの反応は、彼女にとって意外な物であった。
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