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青木 森

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13_流転の章_49

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 しばし後―――
 部屋の扉が無造作に開かれ、
「今日の騒ぎは何でござるかぁ~」
 クローザーの男が姿を現した。
「なぉぅ!」
 咄嗟にベッドの陰に身を隠す、黒ジャージ姿のファティマ。
「レディーのへやにはいるときはノックするなぉぅ! なんどもいったなぉぅ!」
 建前であり、本音は、単にクローザーの女とお揃いのジャージを着ている所を見られたくなかっただけであるが、
「まぁまぁ良いではありんせんかぁファティ坊よ。こ奴は、色情に駆られて襲い掛かって来る様な輩ではありんせんぇ」
「そういうモンダイじゃないなぉぅ! マナー、なぉぅ!」
 必死に訴えたが、女は気にする風も無く、
「のぅヌシよ、見てたもれぇ。オナゴどもがしつらえてくれた、ファティ坊と揃いの衣でありんすぇ。ジャージと言うそうなぁ」
 嬉しそうに背中の刺繍を見せたが、男は素っ気なく、
「あぁ~分かったでござるよ」
 面倒臭げに手を振り、
「朝食が運ばれて来ているでござるよ」
 言い残すと扉を閉め、足音は次第に遠ざかって行った。
「ふむぅ、詰まらぬ男でありんすなぁ~」
 ファティマに聞こえる様に皮肉る女。
 しかしその心の内では、
(何でありんしょう……互いに強さだけを求め高め合っていたあの頃との、この心もちの違いは……)
 クローザーの男との間に、言葉で表現出来ないズレの様なモノを感じ始め、そんな事をぼんやり考えていると、目の端にジャージをこっそり脱ぎ始めるファティマが留まり、
「み、みつかったなぉぅ!」
 後退ると、邪な顔して今にも飛び掛からんと身構え、
「見つかったではありんせんぇん。何ゆえ脱ごうとしているでありんすぅうぅ!」
「ふぁ、ファティマはこれから「ビョウインのシゴト」なぉぅ! ジャージでいくわけにはいかないなぉぅ!」
 逃れようと駆け出すと、
「正論で逃げようなんてぇ百年早いでありんすぇ!」
 行く手を遮り、呼気荒く、
「その姿を「写メなるモノ」に心行くまで収めるまでは、絶対に逃さないでありんすぅ!」
「チコクするなぉぅ!」
「関係ないでありんすぅ!」
 ジリッジリッとファティマに迫る。
「さぁ、大人しく、妾の欲望を満たす構えをして見せるでありんすぅ」
(ひぃいぃぃ! ヨクボウって、いっちゃってるなぉぅ! こんなオトナにはなりたくないなぉぅうぅ!)
 半泣きで後退るファティマであった。

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