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青木 森

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14_歪の章_42

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 有無を言わさずジャックの体を触りまくり、
「生きてるのかぁ!?」
「足はあるのぉ!?」
「だぁあぁぁ! ベタベタ触んなぁ!」
 本気で心配していた事が分かる二人の動揺に、少し照れ臭そうにしながらも二人を振り払い、
「死人みてぇな扱いしてんじゃねぇ!」
 憤慨して見せ、
「俺はまだだが、マリアが受けてるとこだ」
(マリアが施術中!?)
 心臓が止まったのではないかと思うほどの衝撃を受けるヤマト。沸々と怒りが込み上げ、
「ナンデトメナカッタ……」
 仄暗い声に、ジャックが「あぁ?」と不快感を交え反応するのが先か、
 バキィィイッ!
 ヤマトはジャックを殴り飛ばし、
「何で止めなかったァ!」
 怒髪天を突くが如き形相で見下ろし、
「クローザーの体になるって事は「人間の体じゃなくなる」って意味なのは分かってんだろぅがァ! マリアは女性としての喜びの全てを失う事になるんだぞォ! 止めるのはジャック! 男のオマエの責任じゃなかったのかァ!」
 するとジャックは跳ね起きてヤマトの胸倉を掴み上げ、
「甘ェこと言ってんじゃねぇ! 勝率を少しでも上げるには他に方法ねぇだろうがァ! 矢面に立つオレ等の後ろにゃあ、普通の人間のガルシアの連中が居るんだぞォ!」
「クッ……」
 正論に返す言葉も無い。
 しかし二人の身も案じるヤマトは、ここで引き下がる訳にはいかない。ジャックの手を振りほどき、
「その為に鍛錬を積んで、」
「お遊戯してる時間はもぅねぇんだァ!」
 ジャックは「無駄だ」と言わんばかりに言い放ち、
「いつまでもオメェ等に付き合っていられねぇんだよ! 悪ぃが、オレとマリアは手っ取り早く強くならせてもらうぜぇ!」
 背を向け、
「言いたかった事はそれだけだ。じゃあな」
 捨て台詞の様な一言を残すと、鍛錬所から出て行った。
「クッ……」
 悔し気にうつむくヤマト。
(俺はなんて無力なんだ……マリアの様に人の心ひとつ動かす事さえ出来ないなんて……父さん……母さん……)
 今は亡き、ジェイソンとエマの顔を浮かべると、
「昔からナムクスカムア……ジャックはツンデレのうえに、素直じゃないにゃぁ」
「?」
「本音は二人の事が心配なんにゃ。だから成長著しいヤマトとジゼの足を、伸び悩んでる自分たちが引っ張る事を恐れてるにゃ」
「でもでも二人だって強くなって来てるよ」
 フォローではなく、ジゼは実感としての感想を言ったのだが、シャーロットは満面の笑顔で、
「実戦は稽古と別物ニャ」
「え?」
「それに、途方もない長い年月をかけての「命のやり取り」の中で染みついた戦闘スタイルは、そう簡単に変えられないにゃ!」
 笑顔ではあったが、その笑顔の中には「自身への諦め」とも取れる感情も滲み、
「…………」
(シャーロットも、ジャックと同じ気持ちなんだろうか……)
 しばし無言で見つめ、勝率を上げる為には手段を選んでいる場合ではないと頭では理解しつつ、
(でもそれは、本当に正しい選択なのか?)
 誰かの未来を対価に得る勝利に、意味を見い出せないヤマトは言葉を探しつつ、
「シャーロット」
 声を掛け、
「にゃ?」
 振り向いた笑顔に、
「シャーロットは……手術を受けたりしないよな……」
 不安げな眼差しに、しばし黙するシャーロットであったが、ジゼにまで同じ顔して見つめられては茶化してはぐらかす訳にもいかず、満面の笑顔で、
「ウチにもそんな気持ちが無い訳じゃないにゃ!」
「「ッ!」」
「でもにゃ!」
「「でも?」」
「ウチは野生の勘で戦うタイプにゃ。クローザーになって機械化して感覚が鈍ったら本末転倒にゃ。だから心配しなくてもウチは大丈夫ニャ!」
「「!」」
 満面の笑顔に、誰よりも悔しい思いをしていたのは「シャーロット」であると知る、ヤマトとジゼ。
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