閻魔の庁

夢酔藤山

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地蔵帖

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               二



 ところで、現世と冥府を自在に往来できる者が、小野篁の他にもうひとりいる。
 満慶上人。地獄に堕ちる者たちを慰めるため、気が向いたときに自在に閻魔庁へ来てもよい特権を小野篁から与えられた人物だ。
 弘仁五年(814)の一六夜の日、ぶらりと満慶上人は閻魔庁を訊ねた。この日はたまたま、小野篁が地獄の様子を視察する日であった。
「おう、和尚もご一緒に参りませぬか」
 小野篁に誘われるまま、満慶上人は地獄巡りの視察に同行した。
 ふたりが赴いたのは、地獄でもっとも上層部に位置する火炎地獄である。閻魔大王より与えられた不思議な衣を羽織っている限り、どのような灼熱もふたりを焦がすことはない。
「なあ、篁」
 ふと満慶上人は呟いた。
「もう随分昔になるだろうか、そなたが拙僧をこのような自在の身にしてくれたのは。それはそれで有難いのだが、そもそも生きている拙僧が、このように冥府を徘徊することは……どのようなものかな」
「別に見返りは欲していない」
「そういうことではない。果たして生者が、足繁く涅槃に干渉しても宜しいものなのか」
「よいのだ」
「気が向いたら読経すればよいと言うが、こんな乞食坊主よりも、もっと高徳な者もいただろうに」
「現世にそんな奴などいない。どいつもこいつも、朝廷と結ぶことしか考えておらぬ。和尚の人物は、儂が見極めたものにて」
 まだ現世幼少期の小野篁が閻魔庁へ出頭する途中、鴨川で野垂れ死にした貧しい人々を弔う坊主を見かけた。すべて金か名声だけで葬送を営む強欲な僧侶が蔓延るなか、奇特な人物である。その無欲ぶりに感心した小野篁は、彼を閻魔大王に紹介した。それが満慶上人だった。
 閻魔帳からその公徳ぶりが判ると、閻魔大王は
「菩薩戒を授けてくれ」
と求めたので、満慶上人はそれを授けた。
 この奇縁により、満慶上人は現世と冥府の往来自由が赦されたのである。
「これから何を為すかは、和尚が決めればいい。この涅槃の出来事がそれを示してくれるだろうさ」
 そんなものだろうか。
 小野篁は自分を買被っていないか。
 満慶上人は、素直に頷けなかった。
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