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第24話 晒される名、拒めぬ告発
しおりを挟む誰が名を挙げたわけでもない。
けれど、その名前は――
誰よりも早く、人々の心の中で裁かれていた。
***
王都南広場の掲示板。
ある朝、通勤前の群衆が、足を止めた。
そこに貼られていたのは、一枚の紙。
夜のうちに、誰にも気づかれず置かれた“告発”。
上質な紙。微かな香。
だが――その内容は、冷たかった。
『“あのとき、口を開かなかった者”。
“あのとき、帳簿に名前を記さなかった者”。
“あのとき、調整の席にいた者”。
カーヴィル・ロアン――
貴方は、もう“見過ごされない”。』
署名も印も出所もない。
けれど、“誰かが見ていた”という意志だけが、紙面から滲み出ていた。
「……ロアンって、あの人?」
「王宮の財務補佐官。例の処分で、“何も言わなかった”って……」
「でも本人は関与してないって――」
「……関与してない“つもり”だったんじゃない?」
誰も真実を知らない。
けれど、“名前”が晒された瞬間――真偽など意味を失った。
噂とは、信じる者の数によって**“真実”に変わる。**
そして今、カーヴィル・ロアンという名は――曝された。
***
ロアン本人は、昼下がりの酒場で、それを知った。
「……お前、貼り紙見たか?」
同僚の声はかすれ、目は合わなかった。
ロアンは悟った。
あのとき目を逸らした自分が、今――視線を集めている。
「……誰がやったんだ」
誰にでもなく、漏れるような声。
だが、誰も答えなかった。
答える必要がないほどに、空気が物語っていた。
“やられても仕方ない”――
その沈黙こそが、真の判決だった。
***
その夜。
王都の三ヶ所で、同じ貼り紙が再び見つかる。
文面も名も同じ。
だが、色だけが違っていた。
初日は、白。
二日目は、灰。
三日目には――黒。
誰も意味を語らない。
だが、誰もが理解していた。
「黒が出たら、“終わり”だ」
それは命令ではない。判決でもない。
ただ、“視線による死刑執行”。
無音で、不可逆で――拒めない。
***
「名は晒された。
けれど、私たちはまだ一言も、口にしていない」
グレイド村の焚き火のそば。
レイナが、炎を見つめながら呟く。
セレノが頷いた。
「自壊の構造は、完成しています。
あとは、彼自身が“自分を疑う”のを待つだけです」
レイナの指が、火を弄ぶように揺れる。
「“知らない”と否定するたびに――
人は、ますます“この人こそ犯人だ”と確信していく」
「罪とは、“本人が否定した瞬間に成立するもの”。」
その声は、紙が燃える音のように静かで、熱を孕んでいた。
***
王都財務省・屋上。
カーヴィル・ロアンは、夜風の中に立っていた。
貼り紙が、風に揺れている。
黒い紙は、どこか湿って見えた。
そのとき、すれ違った職員の一人が、ぽつりと呟く。
「本当に、関係なかったのかな」
――それだけで、すべてが崩れた。
声ではなかった。責める意図もなかった。
ただ、“信じられなかった”という空気が――
彼という社会的存在を、音もなく焼き尽くしていった。
翌朝、ロアンは王都を去った。
全てを置いて、痕跡を消すように。
けれど、誰も追わなかった。
誰も、惜しまなかった。
なぜなら、街全体がもう――こう思っていたからだ。
「……彼、何かを知ってた気がする」
***
「これが、“声を持たぬ裁判”。」
レイナの声が、部屋に落ちる。
「誰が判決を下したかも分からない。
けれど皆が従う。
だからこそ――最も恐ろしい」
セレノの声が続く。
「そして今、皆が怯え始めています。
“次に名を呼ばれるのは、自分かもしれない”――と」
レイナは、わずかに笑った。
「怯えれば、人は逃げ場を探す。
でも、“自分が何を見たか”だけは――忘れられないのよ」
火が揺れる。
そして、次の名は、もう決まっていた。
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