選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

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第28話 沈黙の代償、叫びを知らぬ者へ

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声を上げなかった。
だから、自分には関係がない――
本当に、そうだろうか。

沈黙は、最も都合のいい“免罪”であり、
最も静かな“共犯”だった。

 

***

王都・旧議事堂。
かつて、貴族たちの密談と処分の合意が交わされた場所。

その中心にいたのが、カティア・エルベール。

 

彼女は発言しなかった。決定にも加わらなかった。
ただ、沈黙のまま、多数派に従っていた。

 

どの処分記録にも名はない。証言にも登場しない。
だが――彼女は、すべての会議に出席していた。
そして一度たりとも、レイナを擁護しなかった。

 

「私は中立だった」
「感情ではなく、秩序を優先しただけ」

 

そう言い聞かせてきた。
けれど、その沈黙が誰かの命を押し潰したのだとしたら――。

 

***

数日前。
カティアのもとに、一通の封書が届いた。

香りも印もない、灰色の封筒。
中には、たった一文だけ。

 

『あなたが何も言わなかったことは、
誰よりも“聞かれていた”。』

 

読んだ瞬間、指先が震えた。
声に出すことすらできない、確かな恐怖。

 

記憶の奥に封じたはずの沈黙が、音を持ちはじめる。

会議室。責め立てる声。名指しされた少女の瞳。

その隣で、ただ黙って座っていた自分。

 

「……私が、あのとき……」

 

でも――もう、遅かった。

 

***

「沈黙は、もっとも洗練された攻撃なのよ」

 

グレイド村。
レイナは焚き火の明かりを見つめながら、静かに呟いた。

 

その表情に怒りはなかった。
ただ、過去の痛みに照らされた、沈んだ光があった。

 

セレノが言葉を継ぐ。

 

「カティアは、直接的な加害はしていません。
けれど、すべての場にいて、何も言わなかった」

 

「記録に名は残っていない。
でもそれは、“関わっていない”という意味にはならない。
“沈黙という選択をし続けた”という証です」

 

レイナは小さく頷いた。

 

「沈黙は、弱さじゃない。
それは、“誰かに責任を押しつける力”になるの」

 

セレノが、一通の封書を差し出す。
薄墨色。音すら吸い込むような、重い沈黙の色。

 

「この一言で、彼女は自分の選択の重さを知ることになるでしょう」

 

***

王都上層区・私設音楽堂。
名士たちの集う夜会の場に、カティアは招かれていた。

――いや、招待された覚えはなかった。
だが、用意されたのは一等席だった。

 

演奏は優雅だった。拍手も洗練されていた。
けれど、空気だけが異様だった。

視線も、声もない。
だが、“誰かに見られている”と、肌が告げていた。

 

「……これは、罠ね」

 

そう気づいたときには、すでに遅かった。

 

出口に向かう途中。
壁に、一枚の紙が貼られていた。

筆跡は見覚えのないもの。
だが、言葉だけははっきりと読み取れた。

 

『あなたの“沈黙”によって、
誰かが、声を失いました。』

 

その瞬間、耳の奥で何かが塞がれた気がした。
だが逆に――記憶の音が響いてくる。

怒号。嘲笑。少女の息遣い。

そして、それらをすべて“聞いていた”自分自身の気配。

 

「私が……」

 

でも、もう遅い。

 

カティアの耳には今も、“誰かの叫び”が響いていた。
それは記憶ではなかった。呪いだった。

 

***

その夜。
彼女は誰とも言葉を交わさず、書斎にこもった。

机の上には、破かれた招待状。
そして――あの貼り紙。

 

火を灯す手が、微かに震えていた。

 

「私は……ただ、言えなかっただけ……
声を上げたら、私が“いなかったこと”にされる気がしたの……」

 

けれど、その言葉は――自分にも届かなかった。

 

“言えなかった”のではない。
“言わなかった”のだ。

 

そこには、明確な“選択”があった。
口を閉じたことが、すべてだった。

 

カティアは、誰にも届かぬ声を吐いた。
それが、最初で最後の懺悔だった。

 

***

「沈黙の選択に、永遠の叫びを返す」

 

レイナは、封書の写しを火にくべた。
炎が、紙を一ひらずつ焼き尽くしていく。

 

セレノが問う。

 

「次は、“何も知らなかった者”ですか?」

 

レイナは、ゆっくりと首を横に振った。

 

「いいえ。
次は――“すべてを知っていた者”。
誰よりも理解していたくせに、
誰よりも深く、私を見捨てた人よ」

 

その声が、ほんのわずかに震えていた。

 

「……その人だけは、“私を救えた”唯一の人だった。
それなのに――何もしなかった。
全部、知っていたのに」

 

セレノは黙って、彼女を見つめていた。

 

「……それは、最も深く切る刃になります」

 

レイナは、目を閉じて頷いた。

 

「ええ。
でも、それだけは――私の手で終わらせなければならないの」

 

夜の風が、焚き火の炎を揺らした。
その音は、静かだった。

だが――その人の心を裂くには、十分すぎるほど鋭かった。
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