選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

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第30話 選ばなかった人へ、告げる最後の問い

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「なぜ、あのとき助けてくれなかったの?」

ただ、それだけだった。
だがその問いには、沈黙を裂き、過去を刺し貫く強度があった。

それは、怒りでも恨みでもない。
“残された者”が抱く、最後の確認だった。

 

***

夜明け前。グレイド村。
火の揺らぎだけが、小屋の中の沈黙を照らしていた。

 

レオン・クラヴィスは椅子に座っていた。
その向かいには、レイナ・アルヴィレス。

 

炎が、彼の頬を静かになぞっている。
レイナの瞳は、その影を正面から見据えていた。

 

誰も動かない。
誰も言葉を発さない。

だが、その空間全体が――
“問い”の形をしていた。

 

***

「貴方が“すべてを知っていた”ことなんて、もうどうでもいいの」

 

レイナの声は低く、凍っていた。
その語尾には、情ではなく――覚悟の硬度があった。

 

「私が聞きたいのは、ただひとつ。
“なぜ、あのとき私を助けなかったのか”」

 

レオンは、言葉を失った。
その問いには、言い訳という逃げ道を許さない、残酷な静けさがあった。

 

沈黙が降りる。
だがその沈黙こそが、彼にとっての罰だった。

 

***

「私は、見ていた。
王弟派が動き、貴族たちが距離を取り、
君の父が倒れ、君の足元が少しずつ崩れていくのを」

 

レオンはかすかに唇を噛んだ。

 

「……それでも、私は何もしなかった。
見ていただけだったんだ」

 

それが、彼に出せる唯一の答えだった。

 

レイナの瞳は揺れない。
ただ深く、突き刺すように彼を見ていた。

 

「貴方は、誰よりも正しくて、誰よりも静かで、
誰よりも――強かった」

 

「だから私は、最後の最後まで、貴方だけはきっと声を上げてくれると信じていたの」

 

火の爆ぜる音が、刃のように会話の間に落ちた。
それは、最も哀しい断罪の音だった。

 

***

「……君が笑ったとき、私は“もう遅い”と思った」

 

レオンの声は、今にも崩れそうだった。

 

「その笑顔は、すべてを諦めた顔で……
あれを見た瞬間、私は……
もう、自分には何もできないと、勝手に思った」

 

「だから、黙った?」

 

レイナの声は、感情の温度を欠いていた。
断罪でも、嘲りでもない。
ただ、切り取るように冷たい声だった。

 

「私があの日、貴方を見たとき……
その沈黙の意味を、私は一生忘れない」

 

***

廊下。
セレノ・ヴァイザールは、小屋の外に立っていた。

 

中から聞こえるのは、火の音、返されない声、沈みゆく静けさ。

 

彼は知っていた。
この夜、この会話こそが――
この物語の**“心臓”そのもの**だと。

 

レイナは、普段なら決して揺れない。
だが、扉の向こうに漂う空気には、
ほんのわずかに**“人の揺らぎ”**があった。

 

それを、彼女自身はまだ知らない。

 

だから、彼は声をかけなかった。
その揺れすら、彼女の誇りとして残してやりたかった。

 

そして、あの男――レオン・クラヴィスがいま背負っている問いの重さを、
最も正確に測れるのは、他ならぬ彼自身だとわかっていたから。

 

**“立ち入ってはならない空間”**というものが、この世にはある。
これは、そのひとつだった。

 

***

「……私は、貴方を赦さない」

 

レイナは、静かに、まっすぐに言った。

 

「でも、罰もしない」

 

レオンの目が、かすかに揺れた。

 

「貴方はもう、“自分で罰を与えている”から」

 

その言葉は剣ではなかった。
だが――それ以上に鋭かった。

 

レイナは、ゆるやかに立ち上がる。

 

「これが、私からの“最後の問い”。
これ以上、私は振り返らない」

 

扉を開ける。
外には、夜明けの光が滲み始めていた。

 

セレノは、扉の隙間から、その背中を見ていた。

 

それは――
もう誰にも触れられない場所に立つ人間の背だった。

 

レオンは動けなかった。
ただ、その背中を、目に焼きつけていた。

 

彼は、自分が壊したものを、ようやく初めて“美しい”と感じた。
それは、赦しでも罰でもなかった。
ただ――取り返せない終わりの、美しさだった。
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