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貴族の特権の1つに、情報が早く伝わってくるということがある。
前日に、こうなることを知れた。
「お早うございます、ローズ様。街がざわついています」
その声に導かれるように、朝の食卓に届いた外号を手に取る。
『統括者オドール。
北の都・リバリフトに向かっていた最中、爆発事故に巻き込まれ死亡』
混乱はすぐさま広がった。アンディークは朝から、半ばパニックともいえる熱に包まれていた。
だが、ローズの胸の内は、表向きの騒ぎとは真逆だった。
殺伐としていた心が、音もなく沈静していくのを感じた。忌むべき人間がひとり、この世からいなくなった。そう、それだけのことに過ぎないはずなのに。
「ローズ様、これを」
ローズはソフィーから、一通の手紙を受け取った。
…
「ソフィー、予定が入ったので、午前の予定は時間を後にずらします」
*
アンディーク中心部。いつもローズが通っているシエル庭園から、徒歩十分ほどの場所に、古びたアイカス神殿はある。
アンディークがかつて神聖と称された時代から変わらずに佇む、古びた石造りの聖地。街がどれほど荒れようと、この神殿の静けさだけは変わらなかった。
灰色の石造りのその外観は、雨に濡れていっそう沈んで見えた。
早朝に送られてきた手紙、その送り主サレット、彼の指示通り、三本目の柱の陰に隠された階段を、下りていく。しめった空気が、頬にひやりとまとわりつく。
階段を抜けた先には、小さな石室があった。
私は扉をそっと押し開けた。
「お待ちしていました、ローズ様」
「貴方が、サレットのご子息で」
「はい、パシー・ガレットです。父の命に従い、依頼を遂行させていただきました」
その声音、所作、空気の質すら。サレットとよく似ていた。冷たく、端整で、どこか無垢な危険をはらんでいる。
この男が、オドールを――。
「依頼の内容は全て果たしました。証拠は一切残しておりません。ご安心ください」
「流石ですね 」
「当日は、今日のように雨が降っています。絶好の機会でした」
この時期のアンディークでは、雨と霧がしばしば重なり、視界を奪う。音は鈍く、気配は掻き消される。まるで殺意のために用意されたような気象だ。
「一体、どうやって殺したのですか?」
「オドールが北の都に向かう前夜、馬車に火薬を仕込みました。翌朝、リビーフ大橋ですれ違いざまに点火し、私は川へ飛び込むだけです」
あまりにも簡潔で、美しいほどに完結している。
「でも…リバリフトに行くのがこんなに早いとは」
「私がそうなるよう仕向けました。偽の召集書をオドール宛に送りました。差出人は、ロミナ第二王子」
「……」
「オドールはロミナと学友でした。今の地位を確立できたのもおそらく彼らのコネ。
ロミナの命なら、迷いなく動きます」
その一言で、すべての線が繋がった。
これが怪物の系譜、パシー家の天才ーガレット。
「これからはローズ様にのみお仕えしますと、父から命じられています」
「本当にいいのですか?」
「それが、私に課せられた任務です」
その言葉に嘘はなかった。ただ命令に従って生きる。その機械のような忠誠心には、どこか救われた気さえした。
「他三家への伝言も、私を通していただければ効率的です」
「助かります」
本当に、頼もしい方が来てくれた。
「報酬は、仕事内容に見合った額をお支払いします」
「報酬は、いただけません」
「受け取ってください。私が、それを望んでいます」
「……感謝申し上げます。依頼内容は完璧に遂行いたします」
こういう人間には、任せられる。感情に振り回されず、任務を遂行するためにのみ存在している人間。
「早速、ひとつ依頼を」
「相手は?」
「オドールに忠誠を誓っていた部下たちです。可能であれば、後追い自殺という形で処理してください」
念には念を、微弱でも危険分子は排除しなければ。
「承知いたしました。完了後は、この壁にチョークで文字を記します」
ガレットは近くの壁を指さした。
ガレットは指を伸ばして、部屋の奥の壁を指した。
「この部屋には水漏れがあります。酸性雨が中に入り、書かれた文字は一晩で消えるでしょう」
「なるほど。私がここに指示を刻んでも?」
「もちろん。神殿の監視は、我が家の者に任せております」
この場所が、私たちの報告所になる。
「お願いします。これから、アンディークは変わっていきます」
「……希望は、しばしば失望と絶望を育てます。私は、期待しません」
「それもそうですね」
*
オドールが死んでから、一週間が過ぎた。
混乱は収束しつつあり、デミアン邸も、アンディークの街も、平静を取り戻しつつあるように見えた。
時間という薬は残酷なまでに速やかにすべてを鎮める。
1つ問題があるとすれば、デミアン卿のことだ。
オドールが亡くなってから、デミアン様とは顔を合わせられていない。
というのも、オドールを殺すことを私はデミアン様に伝えなかった。
そのことを伝えていれば、自分自身が罪悪感に苛まれる事がわかっていたからだ。
今頃、私への怒りでいっぱいなのだろうか…
むしろその方がいい、私を憎んでくれればいい。
私は怪物になるしかないのだ。
善良さも、優しさも、温度も、全部切り落として、ただ復讐という形だけを残した怪物。
そんな自分の未来を思い描きながら、ローズは、アンディークの空の色を見上げていた。
淡く、うすら寒い、藍色。
今日もまた、雨が降りそうだった。
前日に、こうなることを知れた。
「お早うございます、ローズ様。街がざわついています」
その声に導かれるように、朝の食卓に届いた外号を手に取る。
『統括者オドール。
北の都・リバリフトに向かっていた最中、爆発事故に巻き込まれ死亡』
混乱はすぐさま広がった。アンディークは朝から、半ばパニックともいえる熱に包まれていた。
だが、ローズの胸の内は、表向きの騒ぎとは真逆だった。
殺伐としていた心が、音もなく沈静していくのを感じた。忌むべき人間がひとり、この世からいなくなった。そう、それだけのことに過ぎないはずなのに。
「ローズ様、これを」
ローズはソフィーから、一通の手紙を受け取った。
…
「ソフィー、予定が入ったので、午前の予定は時間を後にずらします」
*
アンディーク中心部。いつもローズが通っているシエル庭園から、徒歩十分ほどの場所に、古びたアイカス神殿はある。
アンディークがかつて神聖と称された時代から変わらずに佇む、古びた石造りの聖地。街がどれほど荒れようと、この神殿の静けさだけは変わらなかった。
灰色の石造りのその外観は、雨に濡れていっそう沈んで見えた。
早朝に送られてきた手紙、その送り主サレット、彼の指示通り、三本目の柱の陰に隠された階段を、下りていく。しめった空気が、頬にひやりとまとわりつく。
階段を抜けた先には、小さな石室があった。
私は扉をそっと押し開けた。
「お待ちしていました、ローズ様」
「貴方が、サレットのご子息で」
「はい、パシー・ガレットです。父の命に従い、依頼を遂行させていただきました」
その声音、所作、空気の質すら。サレットとよく似ていた。冷たく、端整で、どこか無垢な危険をはらんでいる。
この男が、オドールを――。
「依頼の内容は全て果たしました。証拠は一切残しておりません。ご安心ください」
「流石ですね 」
「当日は、今日のように雨が降っています。絶好の機会でした」
この時期のアンディークでは、雨と霧がしばしば重なり、視界を奪う。音は鈍く、気配は掻き消される。まるで殺意のために用意されたような気象だ。
「一体、どうやって殺したのですか?」
「オドールが北の都に向かう前夜、馬車に火薬を仕込みました。翌朝、リビーフ大橋ですれ違いざまに点火し、私は川へ飛び込むだけです」
あまりにも簡潔で、美しいほどに完結している。
「でも…リバリフトに行くのがこんなに早いとは」
「私がそうなるよう仕向けました。偽の召集書をオドール宛に送りました。差出人は、ロミナ第二王子」
「……」
「オドールはロミナと学友でした。今の地位を確立できたのもおそらく彼らのコネ。
ロミナの命なら、迷いなく動きます」
その一言で、すべての線が繋がった。
これが怪物の系譜、パシー家の天才ーガレット。
「これからはローズ様にのみお仕えしますと、父から命じられています」
「本当にいいのですか?」
「それが、私に課せられた任務です」
その言葉に嘘はなかった。ただ命令に従って生きる。その機械のような忠誠心には、どこか救われた気さえした。
「他三家への伝言も、私を通していただければ効率的です」
「助かります」
本当に、頼もしい方が来てくれた。
「報酬は、仕事内容に見合った額をお支払いします」
「報酬は、いただけません」
「受け取ってください。私が、それを望んでいます」
「……感謝申し上げます。依頼内容は完璧に遂行いたします」
こういう人間には、任せられる。感情に振り回されず、任務を遂行するためにのみ存在している人間。
「早速、ひとつ依頼を」
「相手は?」
「オドールに忠誠を誓っていた部下たちです。可能であれば、後追い自殺という形で処理してください」
念には念を、微弱でも危険分子は排除しなければ。
「承知いたしました。完了後は、この壁にチョークで文字を記します」
ガレットは近くの壁を指さした。
ガレットは指を伸ばして、部屋の奥の壁を指した。
「この部屋には水漏れがあります。酸性雨が中に入り、書かれた文字は一晩で消えるでしょう」
「なるほど。私がここに指示を刻んでも?」
「もちろん。神殿の監視は、我が家の者に任せております」
この場所が、私たちの報告所になる。
「お願いします。これから、アンディークは変わっていきます」
「……希望は、しばしば失望と絶望を育てます。私は、期待しません」
「それもそうですね」
*
オドールが死んでから、一週間が過ぎた。
混乱は収束しつつあり、デミアン邸も、アンディークの街も、平静を取り戻しつつあるように見えた。
時間という薬は残酷なまでに速やかにすべてを鎮める。
1つ問題があるとすれば、デミアン卿のことだ。
オドールが亡くなってから、デミアン様とは顔を合わせられていない。
というのも、オドールを殺すことを私はデミアン様に伝えなかった。
そのことを伝えていれば、自分自身が罪悪感に苛まれる事がわかっていたからだ。
今頃、私への怒りでいっぱいなのだろうか…
むしろその方がいい、私を憎んでくれればいい。
私は怪物になるしかないのだ。
善良さも、優しさも、温度も、全部切り落として、ただ復讐という形だけを残した怪物。
そんな自分の未来を思い描きながら、ローズは、アンディークの空の色を見上げていた。
淡く、うすら寒い、藍色。
今日もまた、雨が降りそうだった。
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