星とぼくの出会いのきずな

Y.Itoda

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1章

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「もーお腹いっぱいぃーー」
「おなじくぅ~」
 私たちは互いにシェアをしながら、ひと通り食べ歩いたのだと思う。
 はち切れそうなお腹が、そう訴えかける。
 少しばかり落ち着いて一息つけそうな場所を探した。
「どっかで休憩ぃ~」
 小春は今にも座り込みそうだが、キョロキョロと辺りを見回していた。
「どっかないかなー」と、左から右後ろまで身体をぐるりと向けて、私も適当な場所を探す。
 たこ焼き屋の横の木の下なんか良さそうだと思ったけど、近くのパリピ風な男たちがウザかった。でも、あそこは煙たそうだし、あっちは人混みの邪魔になりそうなどと、思ったよりベストは空間を見つけることが出来なかった。

「七、七!」

 突然、小春が声を上げた。
 私は咄嗟とっさに、小春が指を差した百八十度逆方向に顔を向けると、すぐに察した。「あ——」
 私は、ごめんなさい、すみません、を何度も口にして、駆け足で人並みをかき分けて行く。無心で集中してたせいか、他人の眼も気にせず一気に人の流れをかきわけて突き抜けることができた。
「どうしたー?」
 優しく丁寧に声をかけた先には、女の子が泣いていた。白地に薄い桃色の雪花が散りばめられた浴衣が愛らしかった。

 三歳くらいかな——
 人混みからほんの少し離れた木に寄り添って泣いていた。

「お母さん、お父さんとはぐれちゃったねー」
 私は女の子と同じ目線になるまで膝を曲げた。
 恐怖で声も出ないようだ。ぐすん、ぐすんと泣いてるだけで、力なく震える右手のりんご飴は、今にもこぼれ落ちそうだった。
 ——そっか。見て思った。
「いっぱい人がいないところで、ゆっくり食べたかったんだねー。そしたら、お母さん、お父さんとはぐれちゃったか」
 女の子の顔を覗き込むように話しかけ、自分の記憶と重ねた。

 私もこの祭りでひとりぼっちになったことがあった——

「あー七ー、いたいたー」
 小春もやってきた。両手を膝について肩で息をしている。「迷子かあ……」
「そうみたいなんだよね~」
「どうする? 運営のテントに連れてこっか?」
 きっとこの子のお父さんお母さんも必死に探してるはずだ。
 私は、んーと少し考えてから「じゃあ、小春は運営の人たちに伝えてくれる? 私はこの子ともう少しここで待ってみる」
 と答えた。
 小春は「りょーかいー」とだけ残して、すぐに駆けて行く。
 視線を戻すと、女の子はまだ泣いていた。
 安心させてあげたいが、適当な言葉が出てこない。つくづく自分はボキャブラリーのない人間なのだと思った。
 何だか群れから外れてしまった渡り鳥の気持ちがわかった。誰からも見向きもされない。人の流れを眺めて思う。この我が物顔で歩く大人たちは、自分の欲望を満たすことしか考えていないのだろうか。その先に一体何があるの? と。
 そのときだった、
「ハロ~」
 と背後から声がした。
 振り返ると、ブルーハワイのかき氷を手にしたマリアが立っていた。
「よっ。大丈夫か~?」すぐにパピヨンもやってきた。聞き馴染みのある声に私は安堵した。
「迷子ちゃんでしょ~?」
 見てすぐにそう口にしたマリアも「マリアちゃん、運営いってこよっか?」と、声をかけてくれた。
 私はことの経緯を二人に説明すると、
「じゃマリアちゃん、それっぽい親御さん見つけてくるわね~。お嬢ちゃん大丈夫よ~。すぐに見つかるからね~」
 マリアは女の子に、にっと笑ってパピヨンと一緒にその場を立ち去って行った。
 すごく気持ちが救われた気がした。人生最大のピンチみたいな空気だったけど、なんとかなるイメージができた。
 さてどうしたものか……
 お父さん、お母さんはきっと見つかる。あとはこの子の不安を少しでも和らげてあげたい、そう思った。
 私のときはどうだったっけな——
 と過去の記憶を巡らすと名案が降ってきた。

「よし!」

 私は意を決して自分のほっぺを両手の指で挟み「変なかお~」と、ブルブルと揺らした。
 これくらいの年代の子ならきっと伝わるはず。この絵本を知ってることを願った。変な顔を継続しながら。
 少し変な間があって、女の子と目が合った。
 最初はキョトンとしていたけど、すぐに「あ、へんなかお……」と泣きやんで私の顔を指さした。
 私は、ほっとして肩を落とした。よかった。泣きやんでくれた……
「絵本しってる? へんなかお。私も大好きだったんだー」
 そう微笑んで訊くと、女の子は「うん」と、首を縦にうなずいた。
 女の子の表情を確認してから、「もうすぐ、お迎えくるから安心してねー」と私は言う。
「ほんとに?」女の子は私の目をじっと見ている。
「ほんとほんと。私もここで迷子になったことあるんだあー」
「お姉ちゃんも?」
「そうそう、私も人がいっぱいいるとこ苦手でねー」
「そうなんだあ」
 女の子はすっかり落ち着きを取り戻したようだった。
「だから大丈夫。私のときもすぐにお父さんが見つけてくれたから。ね?」
 女の子は「うん」と、うなずいてニコっと笑った。
 そろそろ運営テントに着く頃だろうか。このあとの段取りを考えた。小春から連絡がくる可能性もあるた……
 私はスマホを手にした。
 すると「あ、お父さんだ!」女の子が指を差して大きな声を上げた。「お父さん、お父さんっ」何度も飛び跳ねて右手を大きく振っている。
 よかった……。
 すぐに、小春とマリアにメールを送った。
 女の子は何事もなかったような笑顔をしている。
 一件落着である。
 ふうーと自然に大きく息が出た。ほんと、よかった。
 
「お姉ちゃんバイバイ」
 女の子が可愛く手を振る。
「バイバイ。気をつけてね」
 私は言って、女の子を見送る。お父さんに抱っこされながら、ずっとバイバイ、と手を振り続けて笑っている。屈託のない笑顔に無垢な喜びを感じ、私も自然と笑みが溢れた。
 一、二、三歩と、女の子は人混みに紛れて行く。そして何歩だろうか……
 女の子のお父さんはこちらを振り返ってから、もう一度、丁寧に深々と頭を下げた。
 私もニコリと頭を下げて、女の子に最後のバイバイをする。

 私はしばらくの間——

 お父さんに抱っこされ人波に消えていく二人の後ろ姿をぼんやりと眺め、自分の過去の記憶と重ねていた……

 杏色に靄った提灯の灯りに優しく包まれた——。
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