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1章
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「なにーこれ可愛いー」「ロザリんの新曲聴いた?」「昨日の生配信見逃したー」「テストやべー」「夏休みどこ行くー?」
陽気なせいか脳みそが、ぼおーっとする。私は教室に戻ってからも余韻に浸っていた。
窓際の一番後ろの席は、漫画やドラマで主役が座るイメージからか圧倒的人気の主人公席と私は認識していた。
しかしこの席は罪だとも思っていた。
何故なら、妄想に一度ふけてしまうと、なかなか現実世界に戻ってこれないからだ。私は席に座り、ガラスに映るヒロインを見つめている。
チャイムが鳴っても現実半分だった。
それでも五限目のテスト返却は淡々と始まった——
「星宮さん」
先生に名前を呼ばれるが、まだ主人公感は拭えてなかった。平然を装い答案用紙を受け取り席に戻った。
手にした際、九の数字は確認した。おそらく九十点台。一番苦手の国語でこの数字なら成果有りだ。安堵感から、すでに帰宅した後でくつろぐ手段を考えている。
限られた時間で全てを満たす方法。ひさびさ韓ドラ観よっかな。
席に着き、得意げに点数を確認した。
……
……
ん?
目、腐ったか?
自分の目を疑った。
目を素早く擦るけど変化はなかった。
これは現実か?
答案用紙を見返す。何度も数字を確認する。
何だこれは。何かがおかしい。
書き忘れている訳でもなく、解答欄がずれている訳でもない。
私の目には四十九としか見えなかった。
何度、見返しても四十九。
名前も星宮七海で間違いない。四十九点。
そう四十九点だった。
何だこれ。
最悪だ。
こんな点数初めてだ。
何が主人公だよ。
これじゃ悲劇のヒロインだ。
私は馬鹿か。現実逃避してる場合か。何してるんだ。あんなに頑張ったのに、四十九点なんて……
何かプッチと切れた気がした。
辺りが真っ白で倒れそうだ。
「……」
思わず出た言葉。いや、出ていない。
志望する高校は県内一、二。
やばい。
私は一体何をしている。
——カッカッカッカ……
黒板の音、先生の声。全く耳に入ってこなかった。
鼓膜の遠くの方で、キーンとだけしてる。
淡々した解説が更に虚しくさせる。
もう、どうでもいいよ……
何も考えたくない……
私の属性は完全に闇となった。
学校からの帰り道は、ほぼ会話はなかった。小春は醸し出す異様な負のオーラを察したのだろう。
でも、私はそんな気を遣ってくれている友達にすら嫌悪感を覚えていた。そんな自分が嫌になった。
「じゃ、七またねー」
小春はトンと優しく私の肩に手を置いて、自分の家へと歩いて行った。
はーい、と私は声を絞り出し、そっと手を上げる。小春の背中を目で追い、ドアを開け中へと入って行くのを見届けた。
そして、完全に姿が消えるのを確信し、自分の家に背を向けた。
三十秒ほど歩くとある近所の小さな公園。幼少期からなんら変わっていない。とはいえ、ここに来ることなんてないのだけれど。
足を踏み入れて真っ先に思い浮かんだのが、お父さんとの記憶だった。私はまだ現実逃避しているのだろう。ため息しか出なかった。
あんな感じだ……
視線の先には、父親に支えられ、自転車にまたがる女の子がいた。
よろよろとおぼつかない足取りで、ゆっくりとペダルを漕ぎ始める。三、四才くらいかな? そんなことを考えながら私はうつろな目でながめていた。
自転車。視線の横には鉄棒。さらにブランコにジャングルジムのてっぺん。
私の初めてには、いつもお父さんがいた——
一体どこに行ったんだ。
あー何か腹が立ってきた。こんなときにどこで何してる。どうして私だけ——
心の中が、燃えるような怒りではなく、燠火のように燻っていた。このままでは本当に全てを破滅してしまいそうだった。
全体が見渡せる木陰のベンチにそろりと座る。
側から見ればお化けか——
そもそも私はなぜここへやってきたのだろうか。きた理由も定かではなかった。
こんな状況で、お父さんを思い出してしまう自分にも腹立たしかった。何もなくむなしい。虚無ってこんな感じなのだと思う。
ああ、このまま消えてしまいたい。一人にさせてくれ。
目の前の砂場で遊んでいる小さな男の子にすら、邪な感情を抱いていた。
大してすごくもないのに、すごーいすごーい、とはしゃぐ母親にも。早くどっか行ってくれ。
くそが、と心底自分の性格の悪さに反吐が出た。
遠くの雲が呑気に流れて行くのを途方に暮れて眺めてやるけど、今朝、目にした光景とは全く別のものだった。想念がこうも違うものなのか。
今はただただ、煩わしいだけだった。
ふと目の前の母親と視線が合った。
「ゆうくんーそろそろ帰ろー」
男の子は、やだーと駄々をこねて、蟻の大群を踏んづけている。
「だめよー蟻さんかわいそうでしょー」
意識高い系かよ。辟易した。
母親はバツが悪いのか、わざとらしく子供を抱きかかえ、砂場セットを手にして公園をあとにした。
私は無残に踏みつぶされた蟻たちをしばらく眺めた。生憎かわいそうなんて感情は一切湧いてこなかった。
これが人間の本来の姿。人は自分勝手に正当化して生命を奪い続ける生き物だ。
エスディージーズ? 誰が決めたのか知らんけど、蟻たち側の正義を思えば、人間が存在しない世界の方が平和なはずだ。
はたして人類は正しい方向へと向かっているのだろうか。まあ、どのみち私には関係ないのだけれど。
人間VS蟻。
案外、人工知能を駆使した蟻とかだったら、蟻に軍配が上がる気がした。
あ。
気がつくと辺りには誰もいない。もうじき日も暮れる。やっと一人になれる。
深く息を吐いて肩を落として上を向いた。首の後ろが気持ち良くて、あああ、と声が漏れた。
そのとき、葉桜が揺れる。
ざわついて、額が濡れた。
雨。
秒で茫然自失となる。
どうして私ばっか。
こんなに頑張ってるのに。どうして……
くそ。
徐々に雨足が強くなってきた。みるみるうちに足下のスカートの袖までびしょ濡れになった。
それでも一歩も動く気力はなかった。
強雨に打たれながら、さっきいた母親を思い返した。なだあいつ、と反射的に舌打ちをした。
冷たく尖った視線。まるで不審者扱いだった。目が合っただけで帰るとか。まだお化けのほうがましだ。
私は一人になりたかっただけだなのに……
かろうじて理性で感情を保ってみたけど、泣きそうになってまた上を見上げた。
羞恥と屈辱にも似た気持ちが混合し、重なり合って喧嘩する枝葉の隙間から覗く空に色なんてない。
そして思う。
終わってる……
ここまで被害妄想が勃発するなんて完全に終わってる。救いようが無い。いっそこの雨がこのまま降り続けて日本が沈没すれば勉強なんぞしなくてもいいのに。などと物騒なことも考えはじめている。
今日は……
勉強するのやめよ。
陽気なせいか脳みそが、ぼおーっとする。私は教室に戻ってからも余韻に浸っていた。
窓際の一番後ろの席は、漫画やドラマで主役が座るイメージからか圧倒的人気の主人公席と私は認識していた。
しかしこの席は罪だとも思っていた。
何故なら、妄想に一度ふけてしまうと、なかなか現実世界に戻ってこれないからだ。私は席に座り、ガラスに映るヒロインを見つめている。
チャイムが鳴っても現実半分だった。
それでも五限目のテスト返却は淡々と始まった——
「星宮さん」
先生に名前を呼ばれるが、まだ主人公感は拭えてなかった。平然を装い答案用紙を受け取り席に戻った。
手にした際、九の数字は確認した。おそらく九十点台。一番苦手の国語でこの数字なら成果有りだ。安堵感から、すでに帰宅した後でくつろぐ手段を考えている。
限られた時間で全てを満たす方法。ひさびさ韓ドラ観よっかな。
席に着き、得意げに点数を確認した。
……
……
ん?
目、腐ったか?
自分の目を疑った。
目を素早く擦るけど変化はなかった。
これは現実か?
答案用紙を見返す。何度も数字を確認する。
何だこれは。何かがおかしい。
書き忘れている訳でもなく、解答欄がずれている訳でもない。
私の目には四十九としか見えなかった。
何度、見返しても四十九。
名前も星宮七海で間違いない。四十九点。
そう四十九点だった。
何だこれ。
最悪だ。
こんな点数初めてだ。
何が主人公だよ。
これじゃ悲劇のヒロインだ。
私は馬鹿か。現実逃避してる場合か。何してるんだ。あんなに頑張ったのに、四十九点なんて……
何かプッチと切れた気がした。
辺りが真っ白で倒れそうだ。
「……」
思わず出た言葉。いや、出ていない。
志望する高校は県内一、二。
やばい。
私は一体何をしている。
——カッカッカッカ……
黒板の音、先生の声。全く耳に入ってこなかった。
鼓膜の遠くの方で、キーンとだけしてる。
淡々した解説が更に虚しくさせる。
もう、どうでもいいよ……
何も考えたくない……
私の属性は完全に闇となった。
学校からの帰り道は、ほぼ会話はなかった。小春は醸し出す異様な負のオーラを察したのだろう。
でも、私はそんな気を遣ってくれている友達にすら嫌悪感を覚えていた。そんな自分が嫌になった。
「じゃ、七またねー」
小春はトンと優しく私の肩に手を置いて、自分の家へと歩いて行った。
はーい、と私は声を絞り出し、そっと手を上げる。小春の背中を目で追い、ドアを開け中へと入って行くのを見届けた。
そして、完全に姿が消えるのを確信し、自分の家に背を向けた。
三十秒ほど歩くとある近所の小さな公園。幼少期からなんら変わっていない。とはいえ、ここに来ることなんてないのだけれど。
足を踏み入れて真っ先に思い浮かんだのが、お父さんとの記憶だった。私はまだ現実逃避しているのだろう。ため息しか出なかった。
あんな感じだ……
視線の先には、父親に支えられ、自転車にまたがる女の子がいた。
よろよろとおぼつかない足取りで、ゆっくりとペダルを漕ぎ始める。三、四才くらいかな? そんなことを考えながら私はうつろな目でながめていた。
自転車。視線の横には鉄棒。さらにブランコにジャングルジムのてっぺん。
私の初めてには、いつもお父さんがいた——
一体どこに行ったんだ。
あー何か腹が立ってきた。こんなときにどこで何してる。どうして私だけ——
心の中が、燃えるような怒りではなく、燠火のように燻っていた。このままでは本当に全てを破滅してしまいそうだった。
全体が見渡せる木陰のベンチにそろりと座る。
側から見ればお化けか——
そもそも私はなぜここへやってきたのだろうか。きた理由も定かではなかった。
こんな状況で、お父さんを思い出してしまう自分にも腹立たしかった。何もなくむなしい。虚無ってこんな感じなのだと思う。
ああ、このまま消えてしまいたい。一人にさせてくれ。
目の前の砂場で遊んでいる小さな男の子にすら、邪な感情を抱いていた。
大してすごくもないのに、すごーいすごーい、とはしゃぐ母親にも。早くどっか行ってくれ。
くそが、と心底自分の性格の悪さに反吐が出た。
遠くの雲が呑気に流れて行くのを途方に暮れて眺めてやるけど、今朝、目にした光景とは全く別のものだった。想念がこうも違うものなのか。
今はただただ、煩わしいだけだった。
ふと目の前の母親と視線が合った。
「ゆうくんーそろそろ帰ろー」
男の子は、やだーと駄々をこねて、蟻の大群を踏んづけている。
「だめよー蟻さんかわいそうでしょー」
意識高い系かよ。辟易した。
母親はバツが悪いのか、わざとらしく子供を抱きかかえ、砂場セットを手にして公園をあとにした。
私は無残に踏みつぶされた蟻たちをしばらく眺めた。生憎かわいそうなんて感情は一切湧いてこなかった。
これが人間の本来の姿。人は自分勝手に正当化して生命を奪い続ける生き物だ。
エスディージーズ? 誰が決めたのか知らんけど、蟻たち側の正義を思えば、人間が存在しない世界の方が平和なはずだ。
はたして人類は正しい方向へと向かっているのだろうか。まあ、どのみち私には関係ないのだけれど。
人間VS蟻。
案外、人工知能を駆使した蟻とかだったら、蟻に軍配が上がる気がした。
あ。
気がつくと辺りには誰もいない。もうじき日も暮れる。やっと一人になれる。
深く息を吐いて肩を落として上を向いた。首の後ろが気持ち良くて、あああ、と声が漏れた。
そのとき、葉桜が揺れる。
ざわついて、額が濡れた。
雨。
秒で茫然自失となる。
どうして私ばっか。
こんなに頑張ってるのに。どうして……
くそ。
徐々に雨足が強くなってきた。みるみるうちに足下のスカートの袖までびしょ濡れになった。
それでも一歩も動く気力はなかった。
強雨に打たれながら、さっきいた母親を思い返した。なだあいつ、と反射的に舌打ちをした。
冷たく尖った視線。まるで不審者扱いだった。目が合っただけで帰るとか。まだお化けのほうがましだ。
私は一人になりたかっただけだなのに……
かろうじて理性で感情を保ってみたけど、泣きそうになってまた上を見上げた。
羞恥と屈辱にも似た気持ちが混合し、重なり合って喧嘩する枝葉の隙間から覗く空に色なんてない。
そして思う。
終わってる……
ここまで被害妄想が勃発するなんて完全に終わってる。救いようが無い。いっそこの雨がこのまま降り続けて日本が沈没すれば勉強なんぞしなくてもいいのに。などと物騒なことも考えはじめている。
今日は……
勉強するのやめよ。
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