星とぼくの出会いのきずな

Y.Itoda

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2章

***

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 ……そして、ここは。

 二人が約束を交わした場所——

 私は目の前の二人に意識を戻した。

 このあと、お父さんたちはとんでもない誓いを立てるのだ。途方もない十字架を背負って。
 そんなことを口にしたら、きっと常識のある大人たちは高らかに笑って、勉強しろとバカにしたことだろう。ましてや時代は平成だ。
 自らのエゴで形成した固定概念を振りかざす大人たちは山ほど居たはずだ。
 己がバカなのだということを棚に上げてね、と私は思って自分の過去と重ねた。

 ——お父さんたちが手にしているブレスレットとネックレス微かに光を帯びている。

 二人は何かを確信したように視線を合わせ石を近づける。

 それは一瞬だった。

 二人が手に持った物を近づけると、石は、ぱっと光を放ち始め、信じられないほどの光量まで膨れ上がった。

 私は目を疑った。

 以前、私と神沢が経験したもとは別次元だった。眩しくて、ちゃんと目を開けていられない。
 淡い水色と緑色が合わさり、清涼感あふれる光は、それは神秘的に、まるで互いの意思と意識が共鳴しているようにキラキラと瞬いて、辺り一面の領域を凌駕りょうがしていた。
 まっすぐと目を逸らすことができずに、私はさっきから同じ場所でずっと浮かんでいる。
 純粋で穏やかな優しい光の中、思わず深呼吸をしてしまいそうなほどの、その二人の無垢な思いによって創造された奇跡に。

 空から、すぅーっと、星の涙が一つ流れた——

 すると場面がぱっと切り替わったように空の星たちは消え、辺りは静まり返ったように薄暗くなった。

 また最初の夢に戻ったのだ。

 私は、浮いていたちゅうから丘の上の地面にそっと足をつけ、御神木の前まで足を運び、太い幹に向かって手を伸ばしてから目をつむった。

 お父さんもここに——

 手のひらで幹に触れると感触と温度を感じた。生命の鼓動が全身に伝わってくる。耳からは揺れる葉の音が心を鎮め、大きく息を吸えば私の好きな匂いがする。
 雨がりのような独特な香り。
 土の中にやんちゃな微生物たちが混ざり合ったような。
 そして揺らめいて落ちてきた葉は、私の唇を微かにかすめ味覚を刺激し、目をゆっくり開けると、そこはかつての御神木が立っていた。

 この木の前で最初に神沢と会った日の……

 青空が広がり、辺りの木々は細やかに騒めき、御神木に色が灯ると、木をたたえるかのように小鳥や虫たちがさえずり始める。

 この木はいったい何年もの間、この威厳いげんを保っていたのだろうか?

 木の根っこの奥にあるお社に太陽の陽が差し込み、今にも崩れ落ちそうな土色の屋根を支えている柱の朱色しゅいろがきらりと瞬いた。
 ここにきて、なぜ躊躇ためらいみたいな気持ちが心の中で芽を出したのかは、自分でもわからなかった。

 とくん、とくん、と何か幻想的な足音が聞こえくると思えば自分の心臓の鼓動だった。

 常識という価値観が私の後ろ髪を引っぱる。
 すると視界はまどろみ、夢に何度も現れる黒猫の幻が見える。
 無愛想に、ミャオと鳴く。

 そうやって、おまえはまた嫌なことを言うのだろ?

 私はもう気づいていた。
 この猫と、さっき見たお父さんの記憶と結びつける。
 猫は一時期、星宮家の庭に住み着いていた。お父さんが保護したのだ。冷たい雨が降る中、木の陰で怯えるように子供を抱え込んでいたところを。
 私は一歳だったから覚えてないけど。
 しかしながら星宮家のジャイヤントキングに見つかってしまい、数日で猫は御用となった。その後は星崎神社で預かってもらうこととなったが、放浪者のおまえは子供を神社に残し、各家々を転々としているときに車の事故に巻き込まれ命を落とした。
 残された子猫は今も星崎町の家々を転々している。

 そう、それが魔女の猫。

 私は、ぼんやりとした白い霧の中で見つめる黒猫に、ありがとう、と声をかけた。
 おまえの腹の内はわからないけど、おまえのおかげで私は己の嫌な部分と向き合うことができたのだと思う。
 自分はたくさんのかけがえのない人たちに支えられて、これまで生きてきたのだと気づけた。

 そして、これからも生きていく。

 心の中で、ありがとう、ともう一度念じると猫が眩しく光って吸い込まれるように霧は晴れていった。

「さてと」

 私は一息入れ、お社の前で目を閉じ手を合わせながら直感を走らせた。

 おそらく……
 ここから先は相当な覚悟が必要だ。
 踏み込んでしまったら、もう後へは引けないだろう。
 半端な私で大丈夫だろうか。
 今ならまだ間に合う、今日は部屋に引き返した方がいいのではないだろうか。

「……お父さん」

 目を開けてそっとささやくように言葉を漏らし、待っててっ、と、力強くドアを開くように頭の中で考えた。

 おかしかった。
 何故だか、すみばあちゃんが大切に保管していた、テストの答案用紙が、今、思い浮かんできた。
 前に快晴が聞かせてくれた、小学一年生のお父さんのおもしろ話だ。
 思わず笑みが溢れてしまい、ごちゃごちゃ考えていた自分がバカらしく感じる。

 思うがままに……

 私はプールの中に飛び込むみたいに、お社に向かってダイブした。
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