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峯森誠司
15話 懐かしの図書館(2)
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テスト週間は、地元の図書館で羽馬と一緒に勉強することにした。古くてこじんまりとした建物だけど、学校の図書館よりは人が少なく静かでいい。
「懐かしーな」
「誠司くん、いつぶり?」
「羽馬や幸太とかとみんなで宿題しにきた以来だな、中一ぶり」
「えー! 久しぶりすぎ」
鉄筋のどっしりした造りの二階建ての図書館は、二階に少しだけ長机やパイプ椅子が置かれている。古すぎて誰も活用しないのか自分たちしかいないので、喋りながら勉強道具を机に並べていく。
「羽馬はここ使ってたのか?」
「うん。もともと本読むの好きなんだ。あと受験勉強しに来てた」
「へー」
意外だった。本を読むイメージがなかったのだ羽馬に。小学校の放課後なんかいつも俺たち男子に混ざってグラウンドでドッジボールやサッカーをしてた印象が強い。まあだから、中学生になって運動部に入らなかったことに少なからず驚いたぐらいだし。
「あ、その顔は、疑ってるー」
「いやいや、そういえば前、駅で会った時、本読んでたなと思って」
「……猫が探偵になった物語でハマって、それから推理小説が好きになって、片っ端から読んでる」
少し恥ずかしそうに視線を伏せて言う羽馬が、なんだかくすぐったい。なんとなくだが、昔、やたら俺のこと猫扱いしてたな、なんてのがフワッと浮かんでしまったのだ。
「じゅ、受験勉強とか、ちゃんとやってたんだな」
なんだかつられて俺まで机に視線を落として、カチャカチャと筆箱のチャックを開けたり閉めたりしてやり過ごす。
「あ、うん。私の頭じゃ、今の高校ギリギリだったから、そりゃもう必死だったよ」
「え? そうなのか?」
「うん。絶対受かりたかったし」
「そっか。私立とか、こっからだと遠いしな」
「誠司くんが行く高校だからだよ」
「え?」
思わず視線を上げれば、耳まで真っ赤な羽馬の顔があった。手元はせわしなく教科書のページをめくっているが、進んだり戻ったりしてどこも開かれようとしてはいない。
なんだか俺も、チャックじゃ物足りなくて、カバンの中のプリントをガサゴソと漁りだす始末。
モゾモゾする。くすぐったすぎて発狂しそうだ。
「おや、見覚えのある顔じゃと思ったら、お嬢ちゃん」
声がかかったほうを向けば、白髪のおじいさんが両手にバケツと雑巾を持って立ち止まっていた。
「あ! こんにちわ! お久しぶりです!」
「ほんとになあ。いつぶりだ? 前はしょっちゅう来てたのに寂しかったぞ」
「へへ、部活が忙しくてなかなか来れなかったです」
「希望の高校受かったんか?」
「はい! おかげさまで!」
羽馬はニコニコと会話を弾ませている。この図書館の管理関係の人なのだろう。
「ワシはなんもしてねーぞ。ほら君が……ん? ありゃよう見たら、あの時の子じゃねーな」
おじいさんが俺の顔を見て小さな目をパシパシさせている。
「ほれ、シュッとした、いつも熱心に勉強教えてくれとったろ? あの子は元気か?」
「あ、先輩も元気にしてますよ! ここに顔出すように連絡しときますね」
うわっ、て心の声がくっきり浮かんだ。ズーンという重石とはまさにこういうやつだろう。俺は漬物のごとく押し潰された、さっきまでのモゾモゾした感覚を。
そうか、円堂先輩とここによく通っていたんだ。勉強と、趣味の本と、ふたりは俺が知らない時にここでたくさんの時間を費やしていたんだ。俺が、しょうもない意地で現実逃避している時に。
羽馬と手を振り合ったおじいさんは、本棚の奥へ消えていった。その背中をいつまでも追っていたのは俺のほうだったらしく。
「ん? 誠司くん? どうしたの?」
不思議そうな羽馬の声で我に返った。
「あ、いや、うん」
一瞬でも先輩のことが話題になって、居心地悪いのはどうやら俺だけのようで、それもなんだか悔しい。
数学に取り掛かることに決めたのか、羽馬は参考書のページを開くクセをつけようと手のひらで押している。
「……あのさ」
「ん?」
「先輩……円堂先輩とは、いつ?」
サイアク。くそー、この名前は永遠に口に出したくなかったのに。
「いつ? あ、勉強教わってたのは三年の時だよ。ここで偶然会って」
受験時期に再会したってことか。てか、それは本当に偶然だったのだろうか?
「て、え? なんで円堂先輩が教えてくれてたって、知ってるの?」
「だって、駅で、会ったろ?」
「あ、そっか」
そう言ったものの表情は不思議そうにしている。まあ普通はそうだろう。俺たちの中学校時代の先輩なんて、たくさんいる。しかも全員の名前と顔を覚えているわけもない。部活が違えばなおさら関係値などなく、どこかですれ違ってもお互い同じ学校の先輩後輩だと気付く確率なんてとても低い。あの先輩が特別目立つ人だからというのは差し引いても、テニス部の中学一年生が、美術部の三年生男子を認知していることのほうがイレギュラーだ。
つまり、そういうことだ。
「俺、すっごい嫌だ。羽馬と、あの先輩が繋がってることが」
意識しすぎる相手だからだ。とてつもなく、目の上のたんこぶで、どこまでも追いつけない飛び越せない障害物だからだ。
「懐かしーな」
「誠司くん、いつぶり?」
「羽馬や幸太とかとみんなで宿題しにきた以来だな、中一ぶり」
「えー! 久しぶりすぎ」
鉄筋のどっしりした造りの二階建ての図書館は、二階に少しだけ長机やパイプ椅子が置かれている。古すぎて誰も活用しないのか自分たちしかいないので、喋りながら勉強道具を机に並べていく。
「羽馬はここ使ってたのか?」
「うん。もともと本読むの好きなんだ。あと受験勉強しに来てた」
「へー」
意外だった。本を読むイメージがなかったのだ羽馬に。小学校の放課後なんかいつも俺たち男子に混ざってグラウンドでドッジボールやサッカーをしてた印象が強い。まあだから、中学生になって運動部に入らなかったことに少なからず驚いたぐらいだし。
「あ、その顔は、疑ってるー」
「いやいや、そういえば前、駅で会った時、本読んでたなと思って」
「……猫が探偵になった物語でハマって、それから推理小説が好きになって、片っ端から読んでる」
少し恥ずかしそうに視線を伏せて言う羽馬が、なんだかくすぐったい。なんとなくだが、昔、やたら俺のこと猫扱いしてたな、なんてのがフワッと浮かんでしまったのだ。
「じゅ、受験勉強とか、ちゃんとやってたんだな」
なんだかつられて俺まで机に視線を落として、カチャカチャと筆箱のチャックを開けたり閉めたりしてやり過ごす。
「あ、うん。私の頭じゃ、今の高校ギリギリだったから、そりゃもう必死だったよ」
「え? そうなのか?」
「うん。絶対受かりたかったし」
「そっか。私立とか、こっからだと遠いしな」
「誠司くんが行く高校だからだよ」
「え?」
思わず視線を上げれば、耳まで真っ赤な羽馬の顔があった。手元はせわしなく教科書のページをめくっているが、進んだり戻ったりしてどこも開かれようとしてはいない。
なんだか俺も、チャックじゃ物足りなくて、カバンの中のプリントをガサゴソと漁りだす始末。
モゾモゾする。くすぐったすぎて発狂しそうだ。
「おや、見覚えのある顔じゃと思ったら、お嬢ちゃん」
声がかかったほうを向けば、白髪のおじいさんが両手にバケツと雑巾を持って立ち止まっていた。
「あ! こんにちわ! お久しぶりです!」
「ほんとになあ。いつぶりだ? 前はしょっちゅう来てたのに寂しかったぞ」
「へへ、部活が忙しくてなかなか来れなかったです」
「希望の高校受かったんか?」
「はい! おかげさまで!」
羽馬はニコニコと会話を弾ませている。この図書館の管理関係の人なのだろう。
「ワシはなんもしてねーぞ。ほら君が……ん? ありゃよう見たら、あの時の子じゃねーな」
おじいさんが俺の顔を見て小さな目をパシパシさせている。
「ほれ、シュッとした、いつも熱心に勉強教えてくれとったろ? あの子は元気か?」
「あ、先輩も元気にしてますよ! ここに顔出すように連絡しときますね」
うわっ、て心の声がくっきり浮かんだ。ズーンという重石とはまさにこういうやつだろう。俺は漬物のごとく押し潰された、さっきまでのモゾモゾした感覚を。
そうか、円堂先輩とここによく通っていたんだ。勉強と、趣味の本と、ふたりは俺が知らない時にここでたくさんの時間を費やしていたんだ。俺が、しょうもない意地で現実逃避している時に。
羽馬と手を振り合ったおじいさんは、本棚の奥へ消えていった。その背中をいつまでも追っていたのは俺のほうだったらしく。
「ん? 誠司くん? どうしたの?」
不思議そうな羽馬の声で我に返った。
「あ、いや、うん」
一瞬でも先輩のことが話題になって、居心地悪いのはどうやら俺だけのようで、それもなんだか悔しい。
数学に取り掛かることに決めたのか、羽馬は参考書のページを開くクセをつけようと手のひらで押している。
「……あのさ」
「ん?」
「先輩……円堂先輩とは、いつ?」
サイアク。くそー、この名前は永遠に口に出したくなかったのに。
「いつ? あ、勉強教わってたのは三年の時だよ。ここで偶然会って」
受験時期に再会したってことか。てか、それは本当に偶然だったのだろうか?
「て、え? なんで円堂先輩が教えてくれてたって、知ってるの?」
「だって、駅で、会ったろ?」
「あ、そっか」
そう言ったものの表情は不思議そうにしている。まあ普通はそうだろう。俺たちの中学校時代の先輩なんて、たくさんいる。しかも全員の名前と顔を覚えているわけもない。部活が違えばなおさら関係値などなく、どこかですれ違ってもお互い同じ学校の先輩後輩だと気付く確率なんてとても低い。あの先輩が特別目立つ人だからというのは差し引いても、テニス部の中学一年生が、美術部の三年生男子を認知していることのほうがイレギュラーだ。
つまり、そういうことだ。
「俺、すっごい嫌だ。羽馬と、あの先輩が繋がってることが」
意識しすぎる相手だからだ。とてつもなく、目の上のたんこぶで、どこまでも追いつけない飛び越せない障害物だからだ。
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