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第三章

#39 私のファン~悠貴side~

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「おねーさん! よかった……」

 街に入るなり、声を潤ませながらもほっとした様子のハナの出迎えを受ける。

 謎のルミナス☆リリィに大蛇から助けられた後、彼女に連れられて私は街まで戻ることができた。

 私たちが入った森は、数日前にあの大蛇が棲みついたばかりだったらしく、私を助けてくれたリリィは、たまたまその大蛇の討伐に来ていたらしい。

「ほんとうにごめんなさい……。ユーキおねーさん」

 ハナちゃんがそう頭を下げてきた。今にも泣きそうだ。

「大丈夫です。私はこうして無事だったんですし」

 と、私はハナちゃんがまだ虹の花を持っていることに気づいた。

「あれ? その花、あげていないんですか?」

「おねーさんのことがしんぱいで、ここでまっていたから」

「……そうですか。私は大丈夫だから、早く届けてあげてください」

 私は屈んで、ハナちゃんの頭を撫でる。

「……はい。ありがとうございます、ユーキおねーさん」

 ハナちゃんは途端に表情を明るし、

「おねーさんもユーキおねーさんをたすけてくれてありがとうございました」

 私の隣にいたリリィ姿の少女にもお礼を告げて、その場から走り去って行った。

 そんなハナちゃんを見送った後、私はリリィ姿の少女に恐る恐る声をかける。初対面の人と話すのは緊張するけれど、助けてもらったお礼を言わなくては……。

「えっと……ありがとうございました。助けてくれて。あの……何かお礼を……」

「いえいえ。あたしは魔法少女ですから、当然のことをしたまでです。ですから、お礼なんて……」

 グウウウウウッッッ。

 突然、少女の腹の虫が大きく鳴り響いた。彼女が顔を赤らめる。

「すいません。まだご飯を食べてなくて……」

「それなら、助けてくれたお礼にごちそうします。私が今働いているお店なんですけど……」

「……それじゃあ、お言葉に甘えて」

 私の提案に、少女は少し考える素振りをしてから頷いた。

「っと、この姿のままだと、ちょっと目立ちますよね」

 リリィ姿の少女が変身を解除する。髪型がオレンジのツインテールからブロンドのロングヘアに、リリィの白いジャケットが青色の衣装に変化した。

 その姿には見覚えがあった。アレッタと同じ部屋に眠っていた子だ。

 今この場にこうしているということは、この子はもう怪我から回復したのだろう。

 アレッタと一緒に戦闘に行っているならば、その時のことを少し聞いてみたいところだけれど……。

 話を切り出せずにその場で悶々としていると、少女の方から声をかけてきた。

「あ、そういえば、まだ名乗ってなかったですよね? あたし、倉重香里奈です」

「日本人の名前……ということは、もしかして、転生者、ですか?」

「ええ。 それより、あなたの名前は?」

「あ、桐ヶ谷悠貴です」

 と、私が名乗った瞬間、香里奈さんが目を丸くした。

「……え⁉ 顔立ちが妙に似ているとは思っていましたけど、あなた、ルミナス☆リリィでリリィ役だった、あの桐ヶ谷悠貴さん⁉」

「そうですけど……」

 香里奈さんから目を背けながら、私は肯定する。

 と同時に失敗したと思った。本名を名乗らなければ良かった。

 相手はリリィに変身する力を持った転生者。前の世界の私のことを知っている可能性があるのは、十分考えられたはずなのに……。

「あたし、ルミナス☆リリィの大ファンだったんです! いつか悠貴さんにもお会いしたいと思っていて……! 前の世界では叶わなかったけれど、まさかこんなところで夢が叶うなんて!」

 興奮している香里奈さんを前にして、だんだん胃が痛くなってきた。彼女が会いたかったのは、きっとリリィを演じている私のはずだ。けれど、少しとはいえ素を見られてしまっている。

 そのことがなんだか申し訳なくて、逃げるように私は歩き出す。

「……お腹空いているんですよね? 早く行きましょう」

 それから、私は香里奈さんを連れてくろねこへ戻った。

 道中香里奈さんがルミナス☆リリィの好きなところを熱く語っていたけれど、私は適当に相槌を打つばかりで、ろくに聞かなかった。

 聞かないようにしていた。

「いらっしゃ……ああ、ユウキちゃん。お帰り……っと、今日も誰か連れて来たのか?」

 カウンターの上を拭き掃除しながら、そう私たちを出迎えたサラさんに、香里奈さんが頭を下げた。

「倉重香里奈です。お世話になります」

「クラシゲカリナ……カリナ・クラシゲ……カリナちゃん、もしかして、『白の聖女』?」

「ええ。まあ。ご存じでしたか」

「職業柄、有名な冒険者の名前はよく耳にするからさ。来てくれて光栄だよ……この間の怪我はもう大丈夫なの?」

「はい。あたしは他の皆さんと違って、怪我ではなく魔力を使い切って倒れただけですから……数日眠っていれば大丈夫だったんです」

 俯きがちに、香里奈さんが答えた。

 その様子を見て何かを察したのか、

「そっか。まあ、せっかく来てくれたんだ。ゆっくりしていってね」

 それだけ言って、掃除を再開する。

 香里奈さんを席に案内するタイミングを見計らっていた私は、ここで香里奈さんを適当な席に案内した。

「……すごい人なんですね、香里奈さんって」

「香里奈さん、だなんて……。呼び捨てでいいですよ。というか、普段通りでいいですよ。テレビの取材とかでは、もっとやわらかい感じの喋り方だったじゃないですか。初対面だからって気を遣わなくても」

「あー……」

 前の世界でメディアの前に顔を出すときは、基本的にタメ口で話していた。作中のリリィがそういう言葉遣いだったからだ。

 だからこそ、香里奈さんは私が敬語で喋っているのは、気を遣ってのことだと思ったのだろう。本当はこっちが私の素で、タメ口は苦手なのだけれど……。

 でも、この子はリリィである私のファンのようだし、リリィである私に会いたかったとも言っていた。この様子では、今の固い私は気を遣っているからだと思っているようだし――。

 私は深呼吸して、心の中のリリィモードのスイッチを入れる。

「そういうことなら、お言葉に甘えようかな」

 そう言って、はこの世界に来てから一番出来のいい微笑みを浮かべた。
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