95 / 104
第3章 帰らぬ善者が残したものは
29話 思い巡らすものたち
しおりを挟む
「さて、みなさん。ここからは二手に分かれての行動ですよ!」
大きなバックパックを背負い、男は目を光らせる。その姿はまるで、宝探しに向かう子供のようだ。
「あんまりはしゃぎすぎちゃダメなんじゃなぁい?」
「私は至って冷静ですよ。しかし、作戦もいよいよ大詰めですからね。期待に胸が膨らむというものですよ!」
そういって男は大きな地図を広げる。セルキール大陸、そしてオスゲア大陸も載ったヴィルデムの全体図。男は二つの大陸の間、海の中心にある小さな島に人差し指を乗せる。
「最終確認です。私とイサオ、レオナの3人はここを目指して動きます」
「そこで間違いないんでしょうか?」
「ええ。”始まりの地”……この世界でそう呼ばれているここに、我々が求めていたものがあります」
「じゃあ残りのアタシたちは、ここにあるもう一つのものを……ってことね?」
女性のような口調で話すブロンドの男が指したのは、セルキール大陸の東側、グランセイズの位置。
「多分、サムもそこにいるだろ。こっちの世界じゃ有名みたいだしよ」
「あっ、朝比奈 護もそこにいる可能性があるんじゃないでしょうか?」
「だから、イサオはヴィクトルたちと一緒なのよ。アレを開くところ見られてるんだからぁ、見つかったら騒がれちゃうでしょ?」
「そう……ですね」
「キリアン、彼を責めないであげてください。むしろ、イサオが彼をこちらに連れてきたおかげで、あちらは随分と迷走しているようですし」
「いやー、楽しくなってきましたね」
「トモキ、あんまりやりすぎちゃダメよ?」
「この状況を一番楽しんでる奴だぜ? 言っても無駄無駄」
「サイード、私とて目的は忘れてませんよ」
「よくいうぜ。まっ、気持ちはわからなくねぇけどな」
「彼とも、うまくやってくださいね」
************************
「日本人……だけど?」
「ワタシ、マーク・アレキサンダー。スコシ、ニホンゴワカリマス」
『英語ならもっとわかりますか?』
片言の日本語に困っていた灯真に助け舟を出したのは誠一だった。
『はい! 助かります!』
二人はその後も英語で話を続けるが、それが出来ない灯真と蛍司は困り果てていた。
「困ったなぁ……英語で話される全くわからん。ヒデミーは?」
「聞き取ることは何とか。でも話すとなるとあそこまでは」
「あっ……」
灯真が腰につけていた小さなポーチから皮紐に繋がれた魔道具を取り出す。魔力を注ぎ込み紐に繋がった石が光ると、灯真は指先から出した糸を光秀と蛍司、そしてマークへと伸ばした。
『じゃあ、マークは元々オーストラリアに』
『うん。お父さんの仕事の都合で』
「おお、言ってることがわかる!」
「それ、ヒュートさんたちが持ってたものと同じかな」
「ここに来たら聞いたことない言葉もあるだろうって、お世話になってる人から貸してもらってるんだ」
「てっきりこっちの言葉がわかるようにするもんかと思っとったわ。英語でも使えるんやな」
『すごい、日本語なのに意味がわかる!』
マークの頭の中でも、蛍司の話す言葉が理解できた。日本の漫画が好きで、幼いながらもいつか日本に行くためにと独学で日本語を学んでいた彼だったが、まだ聞き取りはそこまで得意ではなく、特に蛍司の関西弁は難しく思っていた。
「話を戻すけど、マーク君は途中からほとんどが記憶ないんですか」
『うん。外が暗くなってきてたことは覚えてるんだけど』
「オーストラリアってことは、時差は1時間くらいだったかな」
「ヒデミー、よく知っとんな。そういえば、俺も夕方くらいやったな。父ちゃんと母ちゃんが入っちゃあかんって言われとる爺ちゃんの山に入ってな。怒られるから連れ戻そう思って追っかけたんやけど、奥にちっさな神社みたいのがあってな。声かけたら突然父ちゃんに神社みたいなもんに向かって投げ飛ばされて、ピカーって周りが光った思ったら、よくわからんところで宙に浮いとって、そのままどっかに流されてってまたピカーって光ったと思ったら洞窟の中におったんや。この街の近くの山ん中のな」
その後、蛍司はロドが開いたことを調査しにきたビヌイゴらに保護され現在に至る。当初は国への侵略などを疑われたりもしたが、祖父がロドのあった山を出入りを禁じていたことなどの話から、彼やその親族がかつての盟約を守っていたこと、そして別のものが企んだことに巻き込まれたのだろうと結論付けられた。最後まで疑い続けていた宰相のオーチェも、フォウセの長から友好の証として王に贈られたノガルダの角が、悪意はないと証明したことで渋々納得した様子だった。
蛍司が今思い出しても、その時の両親の行動は不可解だった。あまり仲が良いとは言えない祖父の様子を突然見にいくと言い出し、無理やり連れていかれ、入ったら祖父に怒られると蛍司に教えていた山へと入った。蛍司の服の襟元を掴み強引に投げ飛ばした時の力も異常で、最後に見た父と母の表情は虚としか表現できない。
「僕も、もう空が赤かったからそれくらいの時間……だったと思う。山の中で護さんが知らない男の人と話してるのを見つけて、そしたら足元が光って、眩しくて目を瞑ってて、目を開けたら知らない森の中だった」
「何や、とっちん。登山でもしとったんか?」
「そういうわけじゃなくて、たまたま近所の山を登ってて」
蛍司の問いに、灯真はそれ以上のことを言えなかった。嘘は言っていない。たまたまその山を選んだことは間違い無いのだから。幸いなことに、灯真の答えに誰も追求してこなかった。
「僕も兄さんと実家の道場で掃除をしてた時ですから、お二人と同じくらいの時間ですね。道場の床板の隙間から強い光が漏れて出て、周りが真っ白になったかと思ったら、国生さんと同じで、よくわからない場所に浮いてどこかに向かって流されてるような感じで、トンネルの出口みたいな真っ白い穴に吸い込まれたと思ったら、海辺にいて」
誠一がいたのは実家の敷地内にある日之宮流の道場。訓練の時間を終え、他の門下生が帰った後なので、その場にいたのは誠一と心一のみ。道場の地下にはご先祖様のものがしまってある物置があるので、そこで何かがあったのだろうということだけは察しがついていた。
「セチは海の方やったん?」
「はい。南のキフカウシという国にある小島でした。すごく海が綺麗なところでしたよ」
蛍司と同様、誠一たちもキフカウシの王命を受けた兵士たちによって拘束された。心一が暴れ回ったことので大変ではあったが、誠一が状況を説明し今に至る。
キフカウシという国にもノガルダの角に似たものが存在する。それは悪意あるものにだけ作用する悪臭を放つ植物の花弁。その性質ゆえに、手に入れることが非常に難しい天然魔道具である。尋問を受けた際に喧嘩腰だった心一はその匂いに耐えきれず意識を失ったが、誠一には全く効かず兵士たちからの信用を得ることが出来た。
「そういえば、僕も夕方頃でしたね。忘れ物を取りに遊んでた場所へ戻ってる途中で、目に痛みが走って何も見えなくなってたので状況がよくわかりませんけど」
『如月さんや稲葉さんのいたところには、その、国生さんのいたところにあった神社のようなもの? というのはあったんですか?』
マークの言葉に二人は自分たちの見ていた景色を思い返す。
「男の人の後ろに小さな社があったような……」
「神楽塚の祠なら、ちょうど走ってたロータリーの真ん中に」
「それのせいとちゃうか? この世界に来たんは」
『ケージ、どこや!?』
彼らの話をかき消すほどの大声。扉が勢いよく開くと、見えたのは炎を連想させる赤い髪、捲られた袖から覗く筋肉質の色白な左腕、そして右腕は鎧のようなものを身に纏ったつなぎ姿の男。年は蛍司たちとそう変わらないように見える。
ヴィルデムの言葉だったが、灯真がその意味を理解出来たからだろう。彼の使った魔道具によって蛍司のことを呼んでいるのはすぐにわかった。
「あれ、兄貴。何でここに?」
蛍司が尋ねると、男は左手の指先を彼に向ける。身につけていた腕輪が微かに光ると細い糸が蛍司の頭に向かって飛んでいった。
『そろそろ作業の時間じゃろが』
「ここに集まれって言われてきたんやけど」
『半人前のくせにサボろうってか?』
「いやいやいや、そうやなくて」
『ん?』
男は突然、誠一と光秀に近づき彼らの匂いを何度も確認した。
『面白い匂いさせとるのぉ』
「兄貴、初対面で失礼とちゃうか?」
『黙っとれ。そっちの包帯しとるやつはオスゲアのか。ちっこいのは……キフカウシじゃな。それと……』
次に灯真の匂いを嗅ぎ始めるが、男は何とも不思議な顔を見せる。
『お前さんのはわからんな。どっから来たんじゃ?』
『えっと……守護者の森から……』
『お前さんはケージと違って喋れるんか!?』
『一応……』
『助かるノォ。ケージはいつまで経っても喋れるようにならんから困るんじゃ』
「勉強なんてさせてくれんやんか」
突如、蛍司の頭に落とされるゲンコツ。右手に付けた鎧はさぞ硬いのだろう。蛍司は言葉も出せず頭を押さえて痛みに耐えている。
『守護者の森っちゅうことは、フォウセの連中が助けたんか。珍しいこともあるもんじゃな。通りで匂いがわからんはずじゃ』
『珍しい……?』
『フォウセは悪い奴らじゃないがな。住んでる場所が場所なもんで、自分ら以外の連中に手ぇ貸すことはないんじゃ。普通は森からすぐに出されてしまうけんど、お前さんは良い奴ってこったな』
「それって、どういうことなんですか?」
尋ねてきた誠一を一瞥し、男はめんどくさそうに嘆息をつきながらもさらに口を開いた。
『このセルキール大陸で、フォウセに勝る警戒能力を持つものはおらんと言われとる。逆を言えば、フォウセに認められとるもんに悪い奴はおらんつーことじゃ』
「兄貴……」
『何じゃい?』
「教えてくれるのはいいんやけど、先に自己紹介くらいしたらどうなん?」
『あー……それもそうじゃな。オイはガートラム・アーザヌ。このグランセイズで鉱夫をしとる』
「鉱夫……この街に鉱山が?」
『何じゃ、何も知らんのか』
頭を押さえる蛍司の首を掴むと、ガートラムは無理やり彼を引きずって扉の方へと歩き出した。何か悪いことを聞いてしまったかと慌てる誠一だったが、蛍司に抵抗する様子はない。それどころか、何もかも諦めたような表情を見せている。
『ケージを連れてくついでじゃ。ついてきぃ!』
大きなバックパックを背負い、男は目を光らせる。その姿はまるで、宝探しに向かう子供のようだ。
「あんまりはしゃぎすぎちゃダメなんじゃなぁい?」
「私は至って冷静ですよ。しかし、作戦もいよいよ大詰めですからね。期待に胸が膨らむというものですよ!」
そういって男は大きな地図を広げる。セルキール大陸、そしてオスゲア大陸も載ったヴィルデムの全体図。男は二つの大陸の間、海の中心にある小さな島に人差し指を乗せる。
「最終確認です。私とイサオ、レオナの3人はここを目指して動きます」
「そこで間違いないんでしょうか?」
「ええ。”始まりの地”……この世界でそう呼ばれているここに、我々が求めていたものがあります」
「じゃあ残りのアタシたちは、ここにあるもう一つのものを……ってことね?」
女性のような口調で話すブロンドの男が指したのは、セルキール大陸の東側、グランセイズの位置。
「多分、サムもそこにいるだろ。こっちの世界じゃ有名みたいだしよ」
「あっ、朝比奈 護もそこにいる可能性があるんじゃないでしょうか?」
「だから、イサオはヴィクトルたちと一緒なのよ。アレを開くところ見られてるんだからぁ、見つかったら騒がれちゃうでしょ?」
「そう……ですね」
「キリアン、彼を責めないであげてください。むしろ、イサオが彼をこちらに連れてきたおかげで、あちらは随分と迷走しているようですし」
「いやー、楽しくなってきましたね」
「トモキ、あんまりやりすぎちゃダメよ?」
「この状況を一番楽しんでる奴だぜ? 言っても無駄無駄」
「サイード、私とて目的は忘れてませんよ」
「よくいうぜ。まっ、気持ちはわからなくねぇけどな」
「彼とも、うまくやってくださいね」
************************
「日本人……だけど?」
「ワタシ、マーク・アレキサンダー。スコシ、ニホンゴワカリマス」
『英語ならもっとわかりますか?』
片言の日本語に困っていた灯真に助け舟を出したのは誠一だった。
『はい! 助かります!』
二人はその後も英語で話を続けるが、それが出来ない灯真と蛍司は困り果てていた。
「困ったなぁ……英語で話される全くわからん。ヒデミーは?」
「聞き取ることは何とか。でも話すとなるとあそこまでは」
「あっ……」
灯真が腰につけていた小さなポーチから皮紐に繋がれた魔道具を取り出す。魔力を注ぎ込み紐に繋がった石が光ると、灯真は指先から出した糸を光秀と蛍司、そしてマークへと伸ばした。
『じゃあ、マークは元々オーストラリアに』
『うん。お父さんの仕事の都合で』
「おお、言ってることがわかる!」
「それ、ヒュートさんたちが持ってたものと同じかな」
「ここに来たら聞いたことない言葉もあるだろうって、お世話になってる人から貸してもらってるんだ」
「てっきりこっちの言葉がわかるようにするもんかと思っとったわ。英語でも使えるんやな」
『すごい、日本語なのに意味がわかる!』
マークの頭の中でも、蛍司の話す言葉が理解できた。日本の漫画が好きで、幼いながらもいつか日本に行くためにと独学で日本語を学んでいた彼だったが、まだ聞き取りはそこまで得意ではなく、特に蛍司の関西弁は難しく思っていた。
「話を戻すけど、マーク君は途中からほとんどが記憶ないんですか」
『うん。外が暗くなってきてたことは覚えてるんだけど』
「オーストラリアってことは、時差は1時間くらいだったかな」
「ヒデミー、よく知っとんな。そういえば、俺も夕方くらいやったな。父ちゃんと母ちゃんが入っちゃあかんって言われとる爺ちゃんの山に入ってな。怒られるから連れ戻そう思って追っかけたんやけど、奥にちっさな神社みたいのがあってな。声かけたら突然父ちゃんに神社みたいなもんに向かって投げ飛ばされて、ピカーって周りが光った思ったら、よくわからんところで宙に浮いとって、そのままどっかに流されてってまたピカーって光ったと思ったら洞窟の中におったんや。この街の近くの山ん中のな」
その後、蛍司はロドが開いたことを調査しにきたビヌイゴらに保護され現在に至る。当初は国への侵略などを疑われたりもしたが、祖父がロドのあった山を出入りを禁じていたことなどの話から、彼やその親族がかつての盟約を守っていたこと、そして別のものが企んだことに巻き込まれたのだろうと結論付けられた。最後まで疑い続けていた宰相のオーチェも、フォウセの長から友好の証として王に贈られたノガルダの角が、悪意はないと証明したことで渋々納得した様子だった。
蛍司が今思い出しても、その時の両親の行動は不可解だった。あまり仲が良いとは言えない祖父の様子を突然見にいくと言い出し、無理やり連れていかれ、入ったら祖父に怒られると蛍司に教えていた山へと入った。蛍司の服の襟元を掴み強引に投げ飛ばした時の力も異常で、最後に見た父と母の表情は虚としか表現できない。
「僕も、もう空が赤かったからそれくらいの時間……だったと思う。山の中で護さんが知らない男の人と話してるのを見つけて、そしたら足元が光って、眩しくて目を瞑ってて、目を開けたら知らない森の中だった」
「何や、とっちん。登山でもしとったんか?」
「そういうわけじゃなくて、たまたま近所の山を登ってて」
蛍司の問いに、灯真はそれ以上のことを言えなかった。嘘は言っていない。たまたまその山を選んだことは間違い無いのだから。幸いなことに、灯真の答えに誰も追求してこなかった。
「僕も兄さんと実家の道場で掃除をしてた時ですから、お二人と同じくらいの時間ですね。道場の床板の隙間から強い光が漏れて出て、周りが真っ白になったかと思ったら、国生さんと同じで、よくわからない場所に浮いてどこかに向かって流されてるような感じで、トンネルの出口みたいな真っ白い穴に吸い込まれたと思ったら、海辺にいて」
誠一がいたのは実家の敷地内にある日之宮流の道場。訓練の時間を終え、他の門下生が帰った後なので、その場にいたのは誠一と心一のみ。道場の地下にはご先祖様のものがしまってある物置があるので、そこで何かがあったのだろうということだけは察しがついていた。
「セチは海の方やったん?」
「はい。南のキフカウシという国にある小島でした。すごく海が綺麗なところでしたよ」
蛍司と同様、誠一たちもキフカウシの王命を受けた兵士たちによって拘束された。心一が暴れ回ったことので大変ではあったが、誠一が状況を説明し今に至る。
キフカウシという国にもノガルダの角に似たものが存在する。それは悪意あるものにだけ作用する悪臭を放つ植物の花弁。その性質ゆえに、手に入れることが非常に難しい天然魔道具である。尋問を受けた際に喧嘩腰だった心一はその匂いに耐えきれず意識を失ったが、誠一には全く効かず兵士たちからの信用を得ることが出来た。
「そういえば、僕も夕方頃でしたね。忘れ物を取りに遊んでた場所へ戻ってる途中で、目に痛みが走って何も見えなくなってたので状況がよくわかりませんけど」
『如月さんや稲葉さんのいたところには、その、国生さんのいたところにあった神社のようなもの? というのはあったんですか?』
マークの言葉に二人は自分たちの見ていた景色を思い返す。
「男の人の後ろに小さな社があったような……」
「神楽塚の祠なら、ちょうど走ってたロータリーの真ん中に」
「それのせいとちゃうか? この世界に来たんは」
『ケージ、どこや!?』
彼らの話をかき消すほどの大声。扉が勢いよく開くと、見えたのは炎を連想させる赤い髪、捲られた袖から覗く筋肉質の色白な左腕、そして右腕は鎧のようなものを身に纏ったつなぎ姿の男。年は蛍司たちとそう変わらないように見える。
ヴィルデムの言葉だったが、灯真がその意味を理解出来たからだろう。彼の使った魔道具によって蛍司のことを呼んでいるのはすぐにわかった。
「あれ、兄貴。何でここに?」
蛍司が尋ねると、男は左手の指先を彼に向ける。身につけていた腕輪が微かに光ると細い糸が蛍司の頭に向かって飛んでいった。
『そろそろ作業の時間じゃろが』
「ここに集まれって言われてきたんやけど」
『半人前のくせにサボろうってか?』
「いやいやいや、そうやなくて」
『ん?』
男は突然、誠一と光秀に近づき彼らの匂いを何度も確認した。
『面白い匂いさせとるのぉ』
「兄貴、初対面で失礼とちゃうか?」
『黙っとれ。そっちの包帯しとるやつはオスゲアのか。ちっこいのは……キフカウシじゃな。それと……』
次に灯真の匂いを嗅ぎ始めるが、男は何とも不思議な顔を見せる。
『お前さんのはわからんな。どっから来たんじゃ?』
『えっと……守護者の森から……』
『お前さんはケージと違って喋れるんか!?』
『一応……』
『助かるノォ。ケージはいつまで経っても喋れるようにならんから困るんじゃ』
「勉強なんてさせてくれんやんか」
突如、蛍司の頭に落とされるゲンコツ。右手に付けた鎧はさぞ硬いのだろう。蛍司は言葉も出せず頭を押さえて痛みに耐えている。
『守護者の森っちゅうことは、フォウセの連中が助けたんか。珍しいこともあるもんじゃな。通りで匂いがわからんはずじゃ』
『珍しい……?』
『フォウセは悪い奴らじゃないがな。住んでる場所が場所なもんで、自分ら以外の連中に手ぇ貸すことはないんじゃ。普通は森からすぐに出されてしまうけんど、お前さんは良い奴ってこったな』
「それって、どういうことなんですか?」
尋ねてきた誠一を一瞥し、男はめんどくさそうに嘆息をつきながらもさらに口を開いた。
『このセルキール大陸で、フォウセに勝る警戒能力を持つものはおらんと言われとる。逆を言えば、フォウセに認められとるもんに悪い奴はおらんつーことじゃ』
「兄貴……」
『何じゃい?』
「教えてくれるのはいいんやけど、先に自己紹介くらいしたらどうなん?」
『あー……それもそうじゃな。オイはガートラム・アーザヌ。このグランセイズで鉱夫をしとる』
「鉱夫……この街に鉱山が?」
『何じゃ、何も知らんのか』
頭を押さえる蛍司の首を掴むと、ガートラムは無理やり彼を引きずって扉の方へと歩き出した。何か悪いことを聞いてしまったかと慌てる誠一だったが、蛍司に抵抗する様子はない。それどころか、何もかも諦めたような表情を見せている。
『ケージを連れてくついでじゃ。ついてきぃ!』
0
あなたにおすすめの小説
ダンジョン学園サブカル同好会の日常
くずもち
ファンタジー
ダンジョンを攻略する人材を育成する学校、竜桜学園に入学した主人公綿貫 鐘太郎(ワタヌキ カネタロウ)はサブカル同好会に所属し、気の合う仲間達とまったりと平和な日常を過ごしていた。しかしそんな心地のいい時間は長くは続かなかった。
まったく貢献度のない同好会が部室を持っているのはどうなのか?と生徒会から同好会解散を打診されたのだ。
しかしそれは困るワタヌキ達は部室と同好会を守るため、ある条件を持ちかけた。
一週間以内に学園のため、学園に貢献できる成果を提出することになったワタヌキは秘策として同好会のメンバーに彼の秘密を打ちあけることにした。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
悪役皇子、ざまぁされたので反省する ~ 馬鹿は死ななきゃ治らないって… 一度、死んだからな、同じ轍(てつ)は踏まんよ ~
shiba
ファンタジー
魂だけの存在となり、邯鄲(かんたん)の夢にて
無名の英雄
愛を知らぬ商人
気狂いの賢者など
様々な英霊達の人生を追体験した凡愚な皇子は自身の無能さを痛感する。
それゆえに悪徳貴族の嫡男に生まれ変わった後、謎の強迫観念に背中を押されるまま
幼い頃から努力を積み上げていた彼は、図らずも超越者への道を歩み出す。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中
あ、まん。@田中子樹
ファンタジー
仕事一筋40年。
結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。
定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。
だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。
唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。
化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。
彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。
現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。
これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。
【第一章改稿中】転生したヒロインと、人と魔の物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~
田尾風香
ファンタジー
ある日、リィカの住む村が大量の魔物に襲われた。恐怖から魔力を暴走させそうになったとき前世の記憶が蘇り、奇跡的に暴走を制御する。その後、国立の学園へと入学。王族や貴族と遭遇しつつも無事に一年が過ぎたとき、魔王が誕生した。そして、召喚された勇者が、前世の夫と息子であったことに驚くことになる。
【改稿】2025/10/20、第一章の30話までを大幅改稿しました。
これまで一人称だった第一章を三人称へと改稿。その後の話も徐々に三人称へ改稿していきます。話の展開など色々変わっていますが、大きな話の流れは変更ありません。
・都合により、リィカの前世「凪沙」を「渚沙」へ変更していきます(徐々に変更予定)。
・12から16話までにあったレーナニアの過去編は、第十六章(第二部)へ移動となりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる