神の業(わざ)を背負うもの

ノイカ・G

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第3章 帰らぬ善者が残したものは

29話 思い巡らすものたち

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「さて、みなさん。ここからは二手に分かれての行動ですよ!」

 大きなバックパックを背負い、男は目を光らせる。その姿はまるで、宝探しに向かう子供のようだ。

「あんまりはしゃぎすぎちゃダメなんじゃなぁい?」
「私は至って冷静ですよ。しかし、作戦もいよいよ大詰めですからね。期待に胸が膨らむというものですよ!」

 そういって男は大きな地図を広げる。セルキール大陸、そしてオスゲア大陸も載ったヴィルデムの全体図。男は二つの大陸の間、海の中心にある小さな島に人差し指を乗せる。

「最終確認です。私とイサオ、レオナの3人はここを目指して動きます」
「そこで間違いないんでしょうか?」
「ええ。”始まりの地”……この世界でそう呼ばれているここに、我々が求めていたものがあります」
「じゃあ残りのアタシたちは、ここにあるもう一つのものを……ってことね?」

 女性のような口調で話すブロンドの男が指したのは、セルキール大陸の東側、グランセイズの位置。

「多分、サムもそこにいるだろ。こっちの世界じゃ有名みたいだしよ」
「あっ、朝比奈 護もそこにいる可能性があるんじゃないでしょうか?」
「だから、イサオはヴィクトルたちと一緒なのよ。アレを開くところ見られてるんだからぁ、見つかったら騒がれちゃうでしょ?」
「そう……ですね」
「キリアン、彼を責めないであげてください。むしろ、イサオが彼をこちらに連れてきたおかげで、あちらは随分と迷走しているようですし」
「いやー、楽しくなってきましたね」
「トモキ、あんまりやりすぎちゃダメよ?」
「この状況を一番楽しんでる奴だぜ? 言っても無駄無駄」
「サイード、私とて目的は忘れてませんよ」
「よくいうぜ。まっ、気持ちはわからなくねぇけどな」
とも、うまくやってくださいね」


************************


「日本人……だけど?」
「ワタシ、マーク・アレキサンダー。スコシ、ニホンゴワカリマス」
『英語ならもっとわかりますか?』

 片言の日本語に困っていた灯真に助け舟を出したのは誠一だった。

『はい! 助かります!』

 二人はその後も英語で話を続けるが、それが出来ない灯真と蛍司は困り果てていた。

「困ったなぁ……英語で話される全くわからん。ヒデミーは?」
「聞き取ることは何とか。でも話すとなるとあそこまでは」
「あっ……」

 灯真が腰につけていた小さなポーチから皮紐に繋がれた魔道具マイトを取り出す。魔力を注ぎ込み紐に繋がった石が光ると、灯真は指先から出した糸を光秀と蛍司、そしてマークへと伸ばした。

『じゃあ、マークは元々オーストラリアに』
『うん。お父さんの仕事の都合で』
「おお、言ってることがわかる!」
「それ、ヒュートさんたちが持ってたものと同じかな」
「ここに来たら聞いたことない言葉もあるだろうって、お世話になってる人から貸してもらってるんだ」
「てっきりこっちの言葉がわかるようにするもんかと思っとったわ。英語でも使えるんやな」
『すごい、日本語なのに意味がわかる!』

 マークの頭の中でも、蛍司の話す言葉が理解できた。日本の漫画が好きで、幼いながらもいつか日本に行くためにと独学で日本語を学んでいた彼だったが、まだ聞き取りはそこまで得意ではなく、特に蛍司の関西弁は難しく思っていた。

「話を戻すけど、マーク君は途中からほとんどが記憶ないんですか」
『うん。外が暗くなってきてたことは覚えてるんだけど』
「オーストラリアってことは、時差は1時間くらいだったかな」
「ヒデミー、よく知っとんな。そういえば、俺も夕方くらいやったな。父ちゃんと母ちゃんが入っちゃあかんって言われとる爺ちゃんの山に入ってな。怒られるから連れ戻そう思って追っかけたんやけど、奥にちっさな神社みたいのがあってな。声かけたら突然父ちゃんに神社みたいなもんに向かって投げ飛ばされて、ピカーって周りが光った思ったら、よくわからんところで宙に浮いとって、そのままどっかに流されてってまたピカーって光ったと思ったら洞窟の中におったんや。この街の近くの山ん中のな」

 その後、蛍司はロドが開いたことを調査しにきたビヌイゴらに保護され現在に至る。当初は国への侵略などを疑われたりもしたが、祖父がロドのあった山を出入りを禁じていたことなどの話から、彼やその親族がかつての盟約を守っていたこと、そして別のものが企んだことに巻き込まれたのだろうと結論付けられた。最後まで疑い続けていた宰相のオーチェも、フォウセの長から友好の証として王に贈られたノガルダの角が、悪意はないと証明したことで渋々納得した様子だった。

 蛍司が今思い出しても、その時の両親の行動は不可解だった。あまり仲が良いとは言えない祖父の様子を突然見にいくと言い出し、無理やり連れていかれ、入ったら祖父に怒られると蛍司に教えていた山へと入った。蛍司の服の襟元を掴み強引に投げ飛ばした時の力も異常で、最後に見た父と母の表情は虚としか表現できない。
 
「僕も、もう空が赤かったからそれくらいの時間……だったと思う。山の中で護さんが知らない男の人と話してるのを見つけて、そしたら足元が光って、眩しくて目を瞑ってて、目を開けたら知らない森の中だった」
「何や、とっちん。登山でもしとったんか?」
「そういうわけじゃなくて、たまたま近所の山を登ってて」

 蛍司の問いに、灯真はそれ以上のことを言えなかった。嘘は言っていない。たまたまことは間違い無いのだから。幸いなことに、灯真の答えに誰も追求してこなかった。

「僕も兄さんと実家の道場で掃除をしてた時ですから、お二人と同じくらいの時間ですね。道場の床板の隙間から強い光が漏れて出て、周りが真っ白になったかと思ったら、国生さんと同じで、よくわからない場所に浮いてどこかに向かって流されてるような感じで、トンネルの出口みたいな真っ白い穴に吸い込まれたと思ったら、海辺にいて」

 誠一がいたのは実家の敷地内にある日之宮流の道場。訓練の時間を終え、他の門下生が帰った後なので、その場にいたのは誠一と心一のみ。道場の地下にはご先祖様のものがしまってある物置があるので、そこで何かがあったのだろうということだけは察しがついていた。

「セチは海の方やったん?」
「はい。南のキフカウシという国にある小島でした。すごく海が綺麗なところでしたよ」

 蛍司と同様、誠一たちもキフカウシの王命を受けた兵士たちによって拘束された。心一が暴れ回ったことので大変ではあったが、誠一が状況を説明し今に至る。
 キフカウシという国にもノガルダの角に似たものが存在する。それは悪意あるものにだけ作用する悪臭を放つ植物の花弁。その性質ゆえに、手に入れることが非常に難しい天然魔道具ラルタンマイトである。尋問を受けた際に喧嘩腰だった心一はその匂いに耐えきれず意識を失ったが、誠一には全く効かず兵士たちからの信用を得ることが出来た。

「そういえば、僕も夕方頃でしたね。忘れ物を取りに遊んでた場所へ戻ってる途中で、目に痛みが走って何も見えなくなってたので状況がよくわかりませんけど」
『如月さんや稲葉さんのいたところには、その、国生さんのいたところにあった神社のようなもの? というのはあったんですか?』

 マークの言葉に二人は自分たちの見ていた景色を思い返す。

「男の人の後ろに小さな社があったような……」
「神楽塚の祠なら、ちょうど走ってたロータリーの真ん中に」
「それのせいとちゃうか? この世界に来たんは」
『ケージ、どこや!?』

 彼らの話をかき消すほどの大声。扉が勢いよく開くと、見えたのは炎を連想させる赤い髪、捲られた袖から覗く筋肉質の色白な左腕、そして右腕は鎧のようなものを身に纏ったつなぎ姿の男。年は蛍司たちとそう変わらないように見える。
 ヴィルデムの言葉だったが、灯真がその意味を理解出来たからだろう。彼の使った魔道具マイトによって蛍司のことを呼んでいるのはすぐにわかった。

「あれ、兄貴。何でここに?」

 蛍司が尋ねると、男は左手の指先を彼に向ける。身につけていた腕輪が微かに光ると細い糸が蛍司の頭に向かって飛んでいった。

『そろそろ作業の時間じゃろが』
「ここに集まれって言われてきたんやけど」
『半人前のくせにサボろうってか?』
「いやいやいや、そうやなくて」
『ん?』

 男は突然、誠一と光秀に近づき彼らの匂いを何度も確認した。

『面白い匂いさせとるのぉ』
「兄貴、初対面で失礼とちゃうか?」
『黙っとれ。そっちの包帯しとるやつはオスゲアのか。ちっこいのは……キフカウシじゃな。それと……』

 次に灯真の匂いを嗅ぎ始めるが、男は何とも不思議な顔を見せる。

『お前さんのはわからんな。どっから来たんじゃ?』
『えっと……守護者の森から……』
『お前さんはケージと違って喋れるんか!?』
『一応……』
『助かるノォ。ケージはいつまで経っても喋れるようにならんから困るんじゃ』
「勉強なんてさせてくれんやんか」

 突如、蛍司の頭に落とされるゲンコツ。右手に付けた鎧はさぞ硬いのだろう。蛍司は言葉も出せず頭を押さえて痛みに耐えている。 

『守護者の森っちゅうことは、フォウセの連中が助けたんか。珍しいこともあるもんじゃな。通りで匂いがわからんはずじゃ』
『珍しい……?』
『フォウセは悪い奴らじゃないがな。住んでる場所が場所なもんで、自分ら以外の連中に手ぇ貸すことはないんじゃ。普通は森からすぐに出されてしまうけんど、お前さんは良い奴ってこったな』
「それって、どういうことなんですか?」

 尋ねてきた誠一を一瞥し、男はめんどくさそうに嘆息をつきながらもさらに口を開いた。

『このセルキール大陸で、フォウセに勝る警戒能力を持つものはおらんと言われとる。逆を言えば、フォウセに認められとるもんに悪い奴はおらんつーことじゃ』
「兄貴……」
『何じゃい?』
「教えてくれるのはいいんやけど、先に自己紹介くらいしたらどうなん?」
『あー……それもそうじゃな。オイはガートラム・アーザヌ。このグランセイズで鉱夫レニムをしとる』
「鉱夫……この街に鉱山が?」
『何じゃ、何も知らんのか』

 頭を押さえる蛍司の首を掴むと、ガートラムは無理やり彼を引きずって扉の方へと歩き出した。何か悪いことを聞いてしまったかと慌てる誠一だったが、蛍司に抵抗する様子はない。それどころか、何もかも諦めたような表情を見せている。 

『ケージを連れてくついでじゃ。ついてきぃ!』
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