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第3章 帰らぬ善者が残したものは
34話 拒むもの 国生剛憲
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「アンタらに話すことは何もない」
京都府内のある場所で、老人の怒号が響き渡った。周りに建物も少なく、老人の声量も相まってかなり遠くまでその声は届いた。その勢いは周辺にいた動物たちを慄かせ、それまで聞こえていた鳥たちの声がピタリと止まる。
小さな日本家屋の玄関先で腕を組み、中に入らせまいと立ちはだかる老人の名は国生 剛憲。長く伸びた白髪を頭頂部で雑に結ったジャージ姿のこの男は、国生 蛍司の祖父であり国生流活性闘技継承者である。
裏には小さいが厳かな雰囲気のある小さな山が見え、まるでこの家が山を守る関所のように感じられる。玄関には、特徴的な力強い字で《国生》と書かれた木製の表札が掲げられ、横には短い渡り廊下でつながった離れもあった。
「お孫さんを見つけるためにも、お話を伺いたいだけなんです」
その日、法執行機関の岩端 桃矢・森永 かなえ・辻原 武文の3名は光の柱に関する調査のため、出現場所の山を所有する国生邸を訪れていた。
協会によって光の柱事件に情報統制が行われているのではないか、などという噂が広まりつつある中で、桃矢は自分らの足でもう一度光の柱が発生した場所を調べること選んだ。
この場所も一度、法執行機関の別の部隊で調査が行われ、剛憲の孫である蛍司が山の中に入っていたことは判明している。かなえが丁寧に事情を説明するが、剛憲はその場を動かず彼女らを家の中に入れようとはしない。
「お孫さんが今回の件に関与している可能性があることは法執行機関からの報告でお分かりのはず。知っていることがあれば話してください」
「アンタらも、孫がやったっていうんやな」
「そういうわけではなくて……辻原、聞き方に気をつけなさいよね!」
「どんな小さな可能性であっても、疑ってかからなければならない。それが我々の仕事だ。たとえ被害者の家族であっても、同情は真実を遠ざける」
「言い方ってものがあるでしょうが!」
武文の言い分は法執行機関の理念の一つ。そのやり方を嫌うものも少なくないが、この理念に反した行動によって過去に問題が起こったこともあり、反対の意見は上がっていない。
「剛憲さん……」
後ろで様子を見ていた桃矢は、どこか緊張した様子で言葉を発した。これまで一緒に行動してきたかなえや武文も、そんな桃矢を見たことのない。
「岩端のせがれか」
「ご無沙汰しております」
「いくらお前が来ようと、ワシはアンタらや協会に手を貸す気ぃはない」
「協会でも法執行機関でもなく……私個人にでも……ですか?」
「どういうことや?」
「剛憲さんが協会に対して思っていることがあるのは重々承知しています。ですが、今回の件に関連しては死亡者も出ている。どんな小さな手がかりでも欲しいところなんです」
「……勘違いすんなや」
組まれている剛憲の腕から力が抜け、桃矢は自分らの前に立ちはだかってた壁がわずかに小さくなったように感じる。
「え?」
「確かにお前らのところの訓練に国生流でなく日之宮流が選ばれたんは悔しく思っとる。せやかて、その程度のことで協会の法に背くっちゅうなら、ガキの頃に戦争を止めとったわ」
世界には魔力を用いた武術がいくつか存在する。その中でも国生流と日之宮流は、法執行機関での正式採用の座を争い、最終的に扱いやすさという点で日之宮流が選ばれた。
桃矢はこの選抜に携わっており、その際に剛憲の指導を受けたこともある。自身の誇る流派が選ばれなかったことに彼が最後まで抗議していたことも耳にしていた。
「じゃあどうして」
「朝比奈のことや」
「指名手配中の朝比奈 護のことでしょうか」
「他におらんやろ、嬢ちゃん。あいつを犯人に仕立てようとしてることが、ワシは気にくわん」
「しかし、宮崎で光の柱が出現した場所に朝比奈 護が行ったことは確認が取れています。彼が関与したと思われるメモも発見されています。重要人物として考えるのは当然のことかと」
「メガネの。お前さんは関守んところにも行ったんか?」
「メガネっ……はい。清さんはお亡くなりになってしまい、お話を聞くことはできませんでしたが」
「嬢ちゃん、孫の才賀には会えたんか?」
「お会いすることはできましたけど……詳しい話を聞くことは……」
「そうか……まあ……そうやろな」
そういって剛憲は空を見上げる。悲しみの浮かぶ表情で、桃矢には彼が誰か語りかけているかのように思えた。
「岩端の。ワシのところの話は協会からどう聞いとる?」
「剛憲さんの管理されている山でも光の柱が発生して、同時刻に山の中に入られたお孫さんが行方不明と」
「失礼します」
桃矢の耳に入る聞き慣れた声と、3人分の足音。振り向けばそこにいたのは、朝比奈 護について捜査をしているはずの西海 進と彼の部下2人の姿があった。彼の隊が現れたことにかなえは首を傾げ、武文はメガネの位置を直しながら横目に彼らを観察する。
「西海、どうしてここに?」
「岩端さんこそ。どうと言われましても、重要参考人として国生剛憲氏を連行する指示が出たもので」
「どうして剛憲さんが」
「そうきよったか」
西海の発言を聞いた剛憲の口元が歪む。桃矢たちがこの場に来た時以上の拒絶と嫌悪を、その場にいた誰もが感じ取っていた。
「情報源は息子とその嫁なんやろ?」
「その通りですが」
西海も部下の2人も剛憲の口から出た言葉に驚きを隠せない。ただ1人、武文だけはその状況を冷静に分析していた。
(剛憲氏のご子息については、お孫さんを連れてここに来ていたことはすでに情報としてある。だが、警察からの聴取でも剛憲氏に関する発言はなかったはず。それに)
「だったら余計に協力なんぞできんな」
「逮捕とかそういうことではなく、あくまでご意見を伺うためにご同行いただくだけですし、それにこれは、協会から正式に出された指示ですので従っていただかないと」
「西海いうたな。それは無理やといっとるんや」
剛憲から発せられる明確な殺気。そして、わざと分からせるかのように広がる、明らかに魔力量の多い拡張探知の膜。彼の体に力が入っている様子はない。しかし、その場にいる誰もが知っている。国生流活性闘技の真の恐ろしさは、この脱力状態から一瞬にして最高速度の攻撃を仕掛けられることだと。法執行機関の捜査員として訓練を積んでいる全員が、自然と身構えた。
「剛憲さん!?」
「ねっ、協会の指示に従えないということでよろしいんですか?」
「西海いうたな。ワシは協会の言っとること全てに従えないんとちゃう。魔法について何も知らない息子たちからの情報なんぞを出してきたお前さんたちのいうことが聞けんいうとるんや」
「なら仕方ないですね。力づくで」
「待て」
上着の内ポケットから何かを取り出そうとする部下たちだったが、彼らの前を西海の広げた両手が塞いだ。
「西海隊長、この男のしていることは完全に私たちに対する妨害行為ですよ」
「いや……そうとも限らない」
西海の額から一筋の雫がスーッと顎先に向かって流れていく。これまで幾度か魔法犯罪者と対峙してきた彼だったが、これまでの人生の中で最も危険な状況と彼の脳は理解した。
しかし、異常なほど大きく見える剛憲を前にしながらも、彼は震える右足を前に出す。かつて指導してくれた教官の言った言葉が彼の背中を押す。
(どんな状況でも動かせ。頭を、手を、足を。そうすれば道は一つじゃなくなる)
今となっては西海の行動理念の一つにもなっているその言葉通り、彼は剛憲に近づく。どんなに足が重くとも、近づきたくないという気持ちが脳を侵食しようとも。
「国生さん……一つお聞きしたいことがあります」
「何や?」
「……むっ……息子さんやその奥さん……そしてお孫さんは……魔法について何もご存知ないんですね?」
声を震わせながらも、西海は恐怖で絞まる喉を必死に開き質問を投げかける。彼の意思が伝わったのか、剛憲から出ていた殺気が徐々に緩んでいく。
「婆さんと二人で決めたんや。あの子らは魔法とは関係ない自由な世界で生きてもらおうってな。嫁さんも魔法使いの家系やないことは調べがついとる」
「そうですか……」
「どうするつもりだ、西海?」
「一旦戻ります。もう一度、剛憲さんの息子さん夫婦に会う必要がありそうですので」
「何いってるんですか、隊長。上にはどう報告するつもりなんです!?」
「馬鹿なことを言ってるのはお前だ。魔法について知らないはずの人達が、どうやって僕らに接触してきた?」
「それはそうですが……他の誰かから聞いていた可能性も……」
「ああ。だから、そこをハッキリさせる必要がある」
この時代はまだ魔法使い予備軍登録制度は存在せず、魔法について知っているかどうかは魔法使い登録の有無で判断されていた。
剛憲の息子やその妻、そして孫の蛍司は登録されておらず、法執行機関が彼らに接触して情報提供を求めるようなことはしていない。
(ご子息が我々に接触し情報提供してきたとなれば、我々のことを知っていたということだろう。だが剛憲氏の発言通りとなれば状況は大きく異なる。西海捜査員もそのことを理解したようだな)
親などから魔法の存在を知らされているケースもあり、登録がなくとも法執行機関に連絡し情報提供してくる関係者というのは多かった。しかし、それならどうして剛憲の息子たちは今まで黙っていたのか。武文の懸念事項はまさにそこであった。
「剛憲さん、大変申し訳ないのですが、後日改めてお話を伺いに参ります。少し調べなえればならないことができましたので」
「ああ」
深く頭を下げると、西海は部下の腕を引っ張ってその場を後にした。部下たちの顔には対応への不満がハッキリと現れていたが、それでも西海は引き返すのをやめなかった。彼らの姿が見えなくなる直前、かなえは部下たちの表情がひどく歪み西海の手を引き離そうとしているのが見えた。
「隊長……わからなくなってきましたね」
「ああ」
「何から考えたらいいのか、あたし頭パンクしそうなんですけど」
「空でも飛んでスッキリしてきたらどうだ?」
「辻原、あんた喧嘩売ってんの?」
「言われた意味がわかる程度には、頭は働くようだな」
「やめろお前ら」
「随分騒がしい1日やな。3人とも中に入れ。茶ぁくらいは出したる」
発していた殺気が完全に消え去ると、剛憲は3人のやり取りに呆れながら玄関の戸を開いた。
***************
「西海という男、思ったより頭が働きますのね」
「朝比奈 茉陽も、教え子の奴がいけば隙を見せるかと思ったけど失敗したしなぁ。人選ミスだったっすかねぇ」
「いえいえ、どちらも優秀な人材だったという話。組織にそういう方々がいるのはとても良いことです。それに国生家の件は、こちらの下調べ不足でしょう」
「しかし、困りましてよ。関守家の方はあの男が上手くやりましたけど」
「どうするんです? 流石にこのまま朝比奈と島津の2人のせいにし続けるっていうのは無理があると思いますよ?」
「確かに。向こうが順調に進んでいるのに、こちらが怪しまれたら計画がダメになってしまいますねぇ」
「あの夫婦を調べられるのもまずいのでは?」
「あ~、彼ならいいところまで踏み込んできそうですねぇ。調査機関へ転属してもらったら実にいい仕事をしてくれそうです。惜しい人材ですが、計画の妨げになるなら仕方ありませんね」
「弱らせてこっち側にさせられないもの?」
「あんまり期待しない方がいいっしょ」
「そうですねぇ。こちらの味方になってもらえないにしても、計画には役立ってもらいたいですねぇ。ところで今後のスケジュールに関してですが……」
神奈川県内某所。機械に囲まれた部屋の小さなテーブルで、白衣を纏った2人の男と1人の女はバインダーに挟まっている紙に視線を移す。フォウセやグランセイズなど、そこにいる者たちが決して知るはずない単語が並んでいる。
「しっかし、この二つだけどうも違和感がなぁ」
「そうですか? わかりやすいと思ったんですがねぇ」
「仕方ないじゃない、適切な単語が見つかってないんだもの」
「映画や小説見てる気分にならねぇ?」
「現実にはないものという意味では適していると思うわよ」
「そう言っていただけると、名付けた甲斐がありますねぇ」
不満げな男の目には《エルフ》、そして《ゴブリン》という文字が並んでいた。
京都府内のある場所で、老人の怒号が響き渡った。周りに建物も少なく、老人の声量も相まってかなり遠くまでその声は届いた。その勢いは周辺にいた動物たちを慄かせ、それまで聞こえていた鳥たちの声がピタリと止まる。
小さな日本家屋の玄関先で腕を組み、中に入らせまいと立ちはだかる老人の名は国生 剛憲。長く伸びた白髪を頭頂部で雑に結ったジャージ姿のこの男は、国生 蛍司の祖父であり国生流活性闘技継承者である。
裏には小さいが厳かな雰囲気のある小さな山が見え、まるでこの家が山を守る関所のように感じられる。玄関には、特徴的な力強い字で《国生》と書かれた木製の表札が掲げられ、横には短い渡り廊下でつながった離れもあった。
「お孫さんを見つけるためにも、お話を伺いたいだけなんです」
その日、法執行機関の岩端 桃矢・森永 かなえ・辻原 武文の3名は光の柱に関する調査のため、出現場所の山を所有する国生邸を訪れていた。
協会によって光の柱事件に情報統制が行われているのではないか、などという噂が広まりつつある中で、桃矢は自分らの足でもう一度光の柱が発生した場所を調べること選んだ。
この場所も一度、法執行機関の別の部隊で調査が行われ、剛憲の孫である蛍司が山の中に入っていたことは判明している。かなえが丁寧に事情を説明するが、剛憲はその場を動かず彼女らを家の中に入れようとはしない。
「お孫さんが今回の件に関与している可能性があることは法執行機関からの報告でお分かりのはず。知っていることがあれば話してください」
「アンタらも、孫がやったっていうんやな」
「そういうわけではなくて……辻原、聞き方に気をつけなさいよね!」
「どんな小さな可能性であっても、疑ってかからなければならない。それが我々の仕事だ。たとえ被害者の家族であっても、同情は真実を遠ざける」
「言い方ってものがあるでしょうが!」
武文の言い分は法執行機関の理念の一つ。そのやり方を嫌うものも少なくないが、この理念に反した行動によって過去に問題が起こったこともあり、反対の意見は上がっていない。
「剛憲さん……」
後ろで様子を見ていた桃矢は、どこか緊張した様子で言葉を発した。これまで一緒に行動してきたかなえや武文も、そんな桃矢を見たことのない。
「岩端のせがれか」
「ご無沙汰しております」
「いくらお前が来ようと、ワシはアンタらや協会に手を貸す気ぃはない」
「協会でも法執行機関でもなく……私個人にでも……ですか?」
「どういうことや?」
「剛憲さんが協会に対して思っていることがあるのは重々承知しています。ですが、今回の件に関連しては死亡者も出ている。どんな小さな手がかりでも欲しいところなんです」
「……勘違いすんなや」
組まれている剛憲の腕から力が抜け、桃矢は自分らの前に立ちはだかってた壁がわずかに小さくなったように感じる。
「え?」
「確かにお前らのところの訓練に国生流でなく日之宮流が選ばれたんは悔しく思っとる。せやかて、その程度のことで協会の法に背くっちゅうなら、ガキの頃に戦争を止めとったわ」
世界には魔力を用いた武術がいくつか存在する。その中でも国生流と日之宮流は、法執行機関での正式採用の座を争い、最終的に扱いやすさという点で日之宮流が選ばれた。
桃矢はこの選抜に携わっており、その際に剛憲の指導を受けたこともある。自身の誇る流派が選ばれなかったことに彼が最後まで抗議していたことも耳にしていた。
「じゃあどうして」
「朝比奈のことや」
「指名手配中の朝比奈 護のことでしょうか」
「他におらんやろ、嬢ちゃん。あいつを犯人に仕立てようとしてることが、ワシは気にくわん」
「しかし、宮崎で光の柱が出現した場所に朝比奈 護が行ったことは確認が取れています。彼が関与したと思われるメモも発見されています。重要人物として考えるのは当然のことかと」
「メガネの。お前さんは関守んところにも行ったんか?」
「メガネっ……はい。清さんはお亡くなりになってしまい、お話を聞くことはできませんでしたが」
「嬢ちゃん、孫の才賀には会えたんか?」
「お会いすることはできましたけど……詳しい話を聞くことは……」
「そうか……まあ……そうやろな」
そういって剛憲は空を見上げる。悲しみの浮かぶ表情で、桃矢には彼が誰か語りかけているかのように思えた。
「岩端の。ワシのところの話は協会からどう聞いとる?」
「剛憲さんの管理されている山でも光の柱が発生して、同時刻に山の中に入られたお孫さんが行方不明と」
「失礼します」
桃矢の耳に入る聞き慣れた声と、3人分の足音。振り向けばそこにいたのは、朝比奈 護について捜査をしているはずの西海 進と彼の部下2人の姿があった。彼の隊が現れたことにかなえは首を傾げ、武文はメガネの位置を直しながら横目に彼らを観察する。
「西海、どうしてここに?」
「岩端さんこそ。どうと言われましても、重要参考人として国生剛憲氏を連行する指示が出たもので」
「どうして剛憲さんが」
「そうきよったか」
西海の発言を聞いた剛憲の口元が歪む。桃矢たちがこの場に来た時以上の拒絶と嫌悪を、その場にいた誰もが感じ取っていた。
「情報源は息子とその嫁なんやろ?」
「その通りですが」
西海も部下の2人も剛憲の口から出た言葉に驚きを隠せない。ただ1人、武文だけはその状況を冷静に分析していた。
(剛憲氏のご子息については、お孫さんを連れてここに来ていたことはすでに情報としてある。だが、警察からの聴取でも剛憲氏に関する発言はなかったはず。それに)
「だったら余計に協力なんぞできんな」
「逮捕とかそういうことではなく、あくまでご意見を伺うためにご同行いただくだけですし、それにこれは、協会から正式に出された指示ですので従っていただかないと」
「西海いうたな。それは無理やといっとるんや」
剛憲から発せられる明確な殺気。そして、わざと分からせるかのように広がる、明らかに魔力量の多い拡張探知の膜。彼の体に力が入っている様子はない。しかし、その場にいる誰もが知っている。国生流活性闘技の真の恐ろしさは、この脱力状態から一瞬にして最高速度の攻撃を仕掛けられることだと。法執行機関の捜査員として訓練を積んでいる全員が、自然と身構えた。
「剛憲さん!?」
「ねっ、協会の指示に従えないということでよろしいんですか?」
「西海いうたな。ワシは協会の言っとること全てに従えないんとちゃう。魔法について何も知らない息子たちからの情報なんぞを出してきたお前さんたちのいうことが聞けんいうとるんや」
「なら仕方ないですね。力づくで」
「待て」
上着の内ポケットから何かを取り出そうとする部下たちだったが、彼らの前を西海の広げた両手が塞いだ。
「西海隊長、この男のしていることは完全に私たちに対する妨害行為ですよ」
「いや……そうとも限らない」
西海の額から一筋の雫がスーッと顎先に向かって流れていく。これまで幾度か魔法犯罪者と対峙してきた彼だったが、これまでの人生の中で最も危険な状況と彼の脳は理解した。
しかし、異常なほど大きく見える剛憲を前にしながらも、彼は震える右足を前に出す。かつて指導してくれた教官の言った言葉が彼の背中を押す。
(どんな状況でも動かせ。頭を、手を、足を。そうすれば道は一つじゃなくなる)
今となっては西海の行動理念の一つにもなっているその言葉通り、彼は剛憲に近づく。どんなに足が重くとも、近づきたくないという気持ちが脳を侵食しようとも。
「国生さん……一つお聞きしたいことがあります」
「何や?」
「……むっ……息子さんやその奥さん……そしてお孫さんは……魔法について何もご存知ないんですね?」
声を震わせながらも、西海は恐怖で絞まる喉を必死に開き質問を投げかける。彼の意思が伝わったのか、剛憲から出ていた殺気が徐々に緩んでいく。
「婆さんと二人で決めたんや。あの子らは魔法とは関係ない自由な世界で生きてもらおうってな。嫁さんも魔法使いの家系やないことは調べがついとる」
「そうですか……」
「どうするつもりだ、西海?」
「一旦戻ります。もう一度、剛憲さんの息子さん夫婦に会う必要がありそうですので」
「何いってるんですか、隊長。上にはどう報告するつもりなんです!?」
「馬鹿なことを言ってるのはお前だ。魔法について知らないはずの人達が、どうやって僕らに接触してきた?」
「それはそうですが……他の誰かから聞いていた可能性も……」
「ああ。だから、そこをハッキリさせる必要がある」
この時代はまだ魔法使い予備軍登録制度は存在せず、魔法について知っているかどうかは魔法使い登録の有無で判断されていた。
剛憲の息子やその妻、そして孫の蛍司は登録されておらず、法執行機関が彼らに接触して情報提供を求めるようなことはしていない。
(ご子息が我々に接触し情報提供してきたとなれば、我々のことを知っていたということだろう。だが剛憲氏の発言通りとなれば状況は大きく異なる。西海捜査員もそのことを理解したようだな)
親などから魔法の存在を知らされているケースもあり、登録がなくとも法執行機関に連絡し情報提供してくる関係者というのは多かった。しかし、それならどうして剛憲の息子たちは今まで黙っていたのか。武文の懸念事項はまさにそこであった。
「剛憲さん、大変申し訳ないのですが、後日改めてお話を伺いに参ります。少し調べなえればならないことができましたので」
「ああ」
深く頭を下げると、西海は部下の腕を引っ張ってその場を後にした。部下たちの顔には対応への不満がハッキリと現れていたが、それでも西海は引き返すのをやめなかった。彼らの姿が見えなくなる直前、かなえは部下たちの表情がひどく歪み西海の手を引き離そうとしているのが見えた。
「隊長……わからなくなってきましたね」
「ああ」
「何から考えたらいいのか、あたし頭パンクしそうなんですけど」
「空でも飛んでスッキリしてきたらどうだ?」
「辻原、あんた喧嘩売ってんの?」
「言われた意味がわかる程度には、頭は働くようだな」
「やめろお前ら」
「随分騒がしい1日やな。3人とも中に入れ。茶ぁくらいは出したる」
発していた殺気が完全に消え去ると、剛憲は3人のやり取りに呆れながら玄関の戸を開いた。
***************
「西海という男、思ったより頭が働きますのね」
「朝比奈 茉陽も、教え子の奴がいけば隙を見せるかと思ったけど失敗したしなぁ。人選ミスだったっすかねぇ」
「いえいえ、どちらも優秀な人材だったという話。組織にそういう方々がいるのはとても良いことです。それに国生家の件は、こちらの下調べ不足でしょう」
「しかし、困りましてよ。関守家の方はあの男が上手くやりましたけど」
「どうするんです? 流石にこのまま朝比奈と島津の2人のせいにし続けるっていうのは無理があると思いますよ?」
「確かに。向こうが順調に進んでいるのに、こちらが怪しまれたら計画がダメになってしまいますねぇ」
「あの夫婦を調べられるのもまずいのでは?」
「あ~、彼ならいいところまで踏み込んできそうですねぇ。調査機関へ転属してもらったら実にいい仕事をしてくれそうです。惜しい人材ですが、計画の妨げになるなら仕方ありませんね」
「弱らせてこっち側にさせられないもの?」
「あんまり期待しない方がいいっしょ」
「そうですねぇ。こちらの味方になってもらえないにしても、計画には役立ってもらいたいですねぇ。ところで今後のスケジュールに関してですが……」
神奈川県内某所。機械に囲まれた部屋の小さなテーブルで、白衣を纏った2人の男と1人の女はバインダーに挟まっている紙に視線を移す。フォウセやグランセイズなど、そこにいる者たちが決して知るはずない単語が並んでいる。
「しっかし、この二つだけどうも違和感がなぁ」
「そうですか? わかりやすいと思ったんですがねぇ」
「仕方ないじゃない、適切な単語が見つかってないんだもの」
「映画や小説見てる気分にならねぇ?」
「現実にはないものという意味では適していると思うわよ」
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