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第1幕 囚われた偽りの巫女

命の恩人だからってなんなの?

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「はいはい、わかったって」

男はダリアンからあっさりと離れた。
男の喉元へピタリと小刀を突きつけているのは、ダリアンの従者である、スラオシャだった。
ダリアンはすぐに男から離れると、スラオシャの後ろに隠れた。

「どこに行っていたのよ!もう、肝心なときにいないんだからっ!早く、こいつをぶっ飛ばして!今すぐ!」

ダリアンは男を指差し、きっと睨んだ。

「殺してやります」

そこまでは言ってないわよ、ダリアンは驚いてスラオシャの横顔を見た。彼の目にその本気度があらわれている。

「えっ!ええ、もちろん。そうしないとダメだけど、でも今は人も見ているし、後も面倒そうだから、特別に許します!」
「しかし、こんな無礼者は、死に値するかと」

いつのまにか辺りには人だかりが出来ていた。
ここで変な騒ぎは起こしたくない。

「いいわっ、そのまま、静かにそれをおさめて。あなたも変な真似はしないで」

ダリアンはスラオシャの腕を押さえ、男に念を押した。

「しかし、ダリアン様」
「見てないかもだけど、この人は一応命の恩人なの」
「まさか」
「本当に、本当」
「やっとわかったか」

男は刃物を当てられながニヤニヤ笑っている。
何て嫌なやつ!
ダリアンはむっとしながらも頷いた。

「ああ、礼ならまた今度でいいぞ」

(何が礼よ、このならず者が。二度と会うもんですか!)
「きっと、また会うことになるさ」
「はっ?」

ダリアンは心の中の悪態が聞こえたのかと思いギクリとした。

「さあて、飲み直すとするか」

男は野次馬を掻き分け悠々と去っていった。

「何よあいつ」
「ダリアン様、お怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫よ」

ダリアンは気づいた。
そう言われれば、確かにかすり傷ひとつない。
まったくの無傷だった。

男は完璧にダリアンを救ってみせたのだ。
その事が、無性に悔しくてしょうがない。
少しでも傷がついていたら、まるまる恩を着せられる筋のものでもない。

「スィオ!」
「はい」
「あなたは、どこに行ってたの!」
「申し訳ありません」

完全な八つ当たりだった。が、いつものことなのでスラオシャもただ頭を下げる。

「それで、ジュースは?」
「はい、あそこに……」

スラオシャの視線の先に半身のメロンが砂だらけで転がっていた。

「何やってんのよ!」
「申し訳ありません」

周りにいた野次馬はすっかり消え去り、商人たちの声が飛び交う、いつもの活気あるバザールへと戻っていた。

「ところで、先程の男が……」
「さっきの奴が何よ」
「こんなものを落として行きました」
「こんなものって?」





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