時分の花

明石

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時分の花

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時分の花

 つまらない日常だ。うだつの上がらない毎日を過ごしている。
「今日もつまらなかったなー」
口に出して再確認する。教室の窓から外を見ると赤く染まった綺麗な夕焼けが見えた。もうそんな時間か。そう思って席を立つと同時に教室のドアががらりと開いた。
「・・・・・・誰?」
初めて見る顔だ。左目に眼帯に右腕に雑な包帯。スカートから覗く白磁機のような足が妙に印象的だった。
「転校生だよ」
転校生は制服を着ていた。
「こんな時間に何してんの?」
「転校の手続き。それと学校探検」
転校生はそう言ってドアを閉めながら教室内に入って来た。
「貴方はここのクラスの生徒?」
「そうだよ。もしかしてここの教室に転校してくるの?それだったら一年間よろしくね」
「うんよろしく」
転校生はそう言って僕をじっと見つめてきた後ぐるっと教室内を一周し始めた。僕は席に着いて何となしに彼女のひらひら舞うスカートを眺めていた。やがて、転校生は教室内を見終わり廊下へ出て行った。


 「小鳥遊火斑です。火と書いて火垂るの墓のようにほと読み、斑と書いてむらと読みます。初見で読める人は少ないです。一瞬戸惑うかもしれませんが、意外と呼びやすいのでぜひ名前で呼んでください。これから一年間よろしくお願いします」
小鳥遊ほむらはそう言って人懐っこい笑みを浮かべた後お辞儀した。小鳥遊ほむらは前にあった時と同じ状態で来た。左眼帯に雑な右腕包帯。けれど、相変わらずスカートから伸びている白い足が綺麗だった。教室内は少しざわついたが先生の一言ですぐ静かになった。


 「なぁ翔、お前どう思う?」
「うーん、ありかなー?」
「馬鹿、違うって。つーか守備範囲広いなお前、俺はあの傷は無理だわ」
「いじめ、じゃないよね?何にしても痛そう」
光の言葉に桜が反応して返した。
「いじめってあんなに酷くなるのか?」
「交通事故とか?」
「だったら何で転校して来たんだよ。しかもこんな時期に」
「うー、わかんないけど!」
ああ駄目だ、光と桜が幼なじみの二人の世界へ入ってしまった。・・・・・・本当桜は頑張るよなあ。こっそり横を見ると、ほむらさんはぴしっと背筋を伸ばしたまま黒板の方を見て座っていた。
「よし、何かあったら私がヒノちゃんを守ろう」
「・・・・・・桜、ヒノちゃんて?」
「小鳥遊さんのこと。普通ほのかさんって読めないんでしょ?だからヒノちゃん」
「名前間違えてんぞ馬鹿」
桜はそう言って光を無視したままほむらさんの所に突撃して行った。


 「やあ」
放課後、忘れ物をしたから光に先へ帰ってもらって教室に戻ったところ、ほむらさんが席に一人座っていた。
「こんにちは」
「・・・・・・何してんの?」
ほむらさんはにこりと微笑んで返してきてくれた。・・・・・・少しキザだったかな?
「部活を決めています」
ほむらさんの机の上には部活動の用紙が真っ白な状態で置かれてあった。
「・・・・・・部活に入るの?」
「ええ」
ほむらさんはそう言って再び用紙に向き合った。・・・・・・そろそろ流石に一回ぐらい聞いといた方がいいか。
「どうしてそんな怪我をしてるの?」
「色々と事故にあって」
「へー、そうなんだ」
ほむらさんはすらすらと淀みなく答えてくれた。
「何の部活に入んの?」
すると急にほむらさんが顔を上げてきた。
「・・・・・・あぁ、その顔、貴方は昨日私の怪我をつまらなそうに見ていた人じゃないですか」
ほむらさんはそう言って嗤った。
「え。そっ、そういうつもりじゃなかったんだけど」
「でもまるっきり私の怪我に関心を寄せていなかったですよね?」
それは、・・・・・・多分別の物に意識を集中させちゃっていたから。
「・・・・・・ごめん?」
「・・・・・・まぁ良いや」
ほむらさんはそう言って部活動の紙に戻った。
「・・・・・・小鳥遊さん、どうしてそんな怪我をしてんの?」
「哀れみが欲しいから」
えっ?
「同情して欲しいんです。よだかの星のようにあいつは醜く可哀想な奴だと思われたいんです」
ほむらさんはくすりと含み笑いをした。
「ねぇ、丁度良かった。ここにグラウンドを使う部活動を書いてくれない?」
「え」
ほむらさんはそう言って部活動の用紙を上下逆さまにした。
「えっと、野球部、サッカー部、あ、あと陸上部とか色々あるよ?」
「その中で一番人数が多いところは?」
うーんと、野球部は最近減少しているらしいから、
「・・・・・・サッカー部かな?」
「そこ、書いて」
僕はペンを渡され慌ててできるだけ綺麗な字でサッカー部と書いた。
「ありがと」
ほむらさんはそう言って左手で用紙を持ち、笑みを浮かべながら教室を出て行った。


 「なぁ聞いたか?」
「何を?」
「噂」
休み時間中に机に寝そべっていると光がこっそりと話しかけてきた。
「噂って?」
「どうしたのー?」
桜が気になったのか聞きつけて来た。
「・・・・・・」
「え、なになに黙っちゃって」
「・・・・・・あー、あの転校生、いじめられているらしいんだ」
光が投げ捨てるように言った。
「「え」っ?」
桜と僕の声がかぶった。
「どうやらその様子だと噂の方は知らねぇみたいだな」
初耳だ。
「そ、それ本当?」
「あー、うん」
桜の言葉に光はまた投げ捨てるように言った。
「そ、そんな訳ないじゃない!?」
「うるせぇ、俺に言うなよ」
二人が言い合っている中ちらりとほむらさんの方を見てみると、男子生徒達がカラスのようにほむらさんに集っていた。


 「やっと行ったか桜の奴」
放課後、桜が部活動に行ってからもう一度光が話しかけてきた。
「どうしたの?」
「いや、あの転校生の噂なんだが」
「いじめの事?」
「どうやらやってるらしい」
やってるらしい
「・・・・・・人殺しってこと?」
「ん、いや、そっちじゃなくてこっちの方」
光はそう言って指で丸をつくった。
「援交っつーのか?取り敢えずサッカー部とかとにかく色んなやつとやってるらしい」
「・・・・・・そうなんだ」
驚いた。
「女って恐ろしいよな」
「うん」
「病気とか気をつけねぇとな」
「うん」
その後、何を話して帰ったか覚えていない。ただ、何で光はこんな話をしたんだろうと考えていたような気がする。


 「小鳥遊さん」
夕暮れの下校時刻、また光に先に帰ってもらってこそこそと教室に戻ったところ、ほむらさんが机に突っ伏していた。
「・・・・・・大丈夫?」
「・・・・・・」
「・・・・・・小鳥遊さん?」
「あ、あぁ」
ほむらさんは気づいたように顔を上げた。
「疲れたから少し休んでいただけだよ」
「・・・・・・今日は暑いね?」
「今日は涼しい方だよ」
「換気した方がいいよ」
ほむらさんは汗をかいていた。僕は閉め切っていた窓を全開にした。
「・・・・・・ありがと」
「小鳥遊さん、援交してるの?」
「してないよ」
ほむらさんはくすっと笑って身体を起こした。
「お金は貰ってないからね。ただ、別の物は貰っているけど」
「同情?」
「・・・・・・そう」
ほむらさんは悲しそうに答えた。
「でも同情じゃなくて哀れみって言って。そっちの方が好き」
「・・・・・・やめたら?」
「止められないよ」
「好きなの?」
「好きだよ」
「やる事は?」
「それは嫌い」
ほむらさんは首を振った。
「じゃあやめればいいじゃん」
「だから止められないよ。やめられない。私は哀が欲しいもの。・・・・・・それとも」
「え?」
ほむらさんが僕に近づいて来た。
「貴方が何でもしてくれるの?」
キス、ができそうな距離だ。ほむらさんは右腕が動かないんだから簡単に押さえ込む事ができるだろう。
「・・・・・・なんて、無理だよね」
無理じゃない。
「君は全く私に興味を示さないもの」
違う。僕は単に人より感情の処理が遅いだけだ。今だって現状に戸惑ってどうしたらいいのかわからないんだ。
「・・・・・・もう次の時間だ。行かなくちゃ」
「・・・・・・」
「じゃあね」
ほむらさんはそう言って僕の胸から離れ教室を出て行った。
「・・・・・・うん、じゃあね」
きっと聞こえなかっただろう。


 「日直」
「きりーつ、礼」
ありがとうございましたー。先生が授業終了の合図を言い、昼休み開始のチャイムが鳴った。
「もー!光の奴どこ行ったのよ!!」
桜が僕の机の上にどんと弁当を置いてきた。
「何か聞いてない?」
「ううん何も」
「うー、何あいつさっきの授業サボっちゃってんのよ」
光は先程の授業をサボった。それまでは普通に出席していたから僕も不思議だ。
「ははは、桜って光のことが好きだよね」
「えっ、なに急に。・・・・・・わかる?」
桜は頬に手を添えた。
「うんとても」
桜は顔を手で隠した。
「って今更?今、それ、・・・・・・聞く?」
「確かに」
僕は自分の弁当を持って席を立った。
「ごめん。僕今から保健室に行ってくるから一緒に食べられないや」
「具合悪いの?保健室って」
「いや、そうじゃなくて」
「そういえば小鳥遊さんも授業の途中で保健室に向かって行ったね」
桜はちらりとほむらさんの椅子を見た。
「・・・・・・うん、ついでに様子を見てくるよ」
僕はそう言って桜に猜疑の目を向けられながらもそそくさと教室のドアに移動した。
「・・・・・・ねぇ葵蘭木」
「何?」
「・・・・・・うんぃや、なんでもない」


 「来てないわよ」
「えっ?」
「そんな子なら、来てないと思うけど」
ほむらさんは保健室にいなかった。先生が利用者の名簿を確認していたけど小鳥遊ほむらの名前は何処にも書かれていなかった。
「じゃあ何処に行ったんだろう?」
僕は適当に校舎の中を歩き回ってみた。体育館の裏側、校庭の横陰。
「ぁ」
そんな声が聞こえた。
「・・・・・・何の音?」
・・・・・・もしかしてお楽しみ中なのだろうか。それだったら悪い事をした。僕はその場を離れようとしてふと光の話を思い出した。
「・・・・・・」
僕は恐る恐るそのドアの端に手をかけた。
「・・・・・・何だお前か」
目の前に光が仁王立ちして立っていた。
「・・・・・・光」
「わざわざ探しに来たのかよ。もう一本、この一本吸ったら行くから先に」
奥の方にはぼろぼろになったほむらさんが見えた。
「・・・・・・おい、何だよ」
気がついたら僕は光の首元を両手で掴み上げていた。
「離せよ」
・・・・・・無理だ。光の方が僕より喧嘩が強いし身長だって高いんだ。
「・・・・・・お前、あの女が好きなのか?」
違う、いや、わかんない?
「ちっ」
光は舌打ちして僕の両手を振り払い、ゆっくりと部屋から出て行った。
「親友として一つ忠告しといてやるが、あの女は辞めとけ」
そう言ってきっと教室へと向かって行った。・・・・・・僕はふらふらと炎に誘われる蛾のようにほむらさんの前に立った。
「・・・・・・誰ですか?」
ほむらさんはあられもない姿をしていた。眼帯は捲れて目元から外れていたし、包帯は乱雑に散らばっていた。綺麗な足だって、砂か埃か、よくわからないものがまとわりついていた。
「嫌なところを見られましたね」
「・・・・・・」
「でも助かりました。お礼をさせてください」
ほむらさんは眼帯の下にあった色を映さなくなった方の白い目で僕を見た。
「気持ち悪いんです。あいつらのが今も私の中に、ぐるぐる回って」
「・・・・・・」
「だから「小鳥遊さん、僕だよ」・・・・・・え?」
ほむらさんの焦点の合わなかった目が僕を捉えた。
「・・・・・・大丈「嫌ぁ!」」
差し伸べた手がばしんと叩かれた。ほむらさんは嫌、嫌と子供のように駄々を捏ねて頭を抑えた。
「・・・・・・小鳥遊さん」
「見ないで、見ないでぇぇェ!!」
小鳥遊さんは近くにあった三足の靴を僕に投げつけてきた。ああ、こんな気分になったのは小学二年生以来だろうか。久しぶりに吐きそうだ。僕は踵を返して、その場から逃げ出した。


 走って、走って、走ってゲロを吐いた。まるで夢を見ているかのような気分だ。
「おや?鋭い欲望の匂いがするねえ」
「・・・・・・誰?」
いつの間にか目の前には子供のピエロが立っていた。大きくて赤いまあるい鼻に車が通ったかのような白い縦線。口は赤く、目の周りの黒い縁どりは鉛筆のように尖っていた。
「誰?と聞かれたら私達には答えるしかないか。私はリフレインナンバーフォー。見ての通りピエロだよ」
「・・・・・・何の用?」
僕はツッコミもせずに話を続けた。
「欲望が封じ込められている香りがしたから解放にし来てあげたんだよ」
何だそれ。・・・・・・いや、そんな事はどうでもいい。それよりさっきから妙にムカムカするしイライラするんだ。
「ふししし、気分はどう?」
・・・・・・うるさい。僕は殴った。
「いた。・・・・・・なるほど、君の欲望は暴力か。誰か殴り殺したい相手でもいるのかな?」
・・・・・・うるさい。僕はもう一度殴った。
「いっ。ふししし、その様子なら大丈夫だね。さあ君の欲望を思いっきり解放してくるんだ!」
ああうるさいうるさい。
「え?」
さっきから君の声が耳障りでしょうがないんだ。僕はピエロの頭を掴んだ。
「ひっ!?ちょ、待って」
そしてそのまま地面に叩きつけた。
「いっだあああぁぁ!!」
叫ばないでくれよ。頭が痛むし叫ばれるととても嫌な事を思い出すんだ。
「いや!?相手は私じゃ」
僕は蹴った。蹴り始めた。
「いっ!ち、違うって」
蹴る。蹴れ。蹴りまくれ。
「っぐ!や、やめて」
蹴る蹴れ蹴よ、蹴る蹴れ蹴よ、蹴蹴蹴、蹴蹴蹴
蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴。・・・・・・あれ?僕ってこんなに暴力的だったっけ?
「・・・・・・」
僕は息が切れかかっているピエロの顔を覗き込んでみた。あ、赤い鼻は風船だったんだ!
「っふ!はは、はははは!!」
ピエロは急に笑い出した。
「最悪だ!!酷く!最悪だ。こんな凄い欲望を、君は隠し持っていたのか」
うるさい。僕は足を上げた。
「ひっ!ま、待って!!」
話さないで。
「わ、私の力を君の欲望に貸してあげるからあ!!」
喋るな。
「な、何でもさせてあげるよ!?君のその欲望を、私が叶えてあげる」
僕は足を振り下ろした。
「だっ、だから、蹴らないで」
「・・・・・・それ、本当?」
危なかった。僕はぎりぎりで足を顔面から逸らすことに成功した。
「ぇあ、う、うん!!」
ピエロはこくこくと頷いた。そっか。
「勿論!君の欲望の手助けは何でもしよう!!」
僕はピエロの口を手で塞いだ。歯が刺さって痛い。
「ありがとう。でも君の声はとても不快なんだ。できれば黙っていて欲しい」
僕が真っ直ぐお願いするとピエロは目を丸くしながらゆっくり頷いた。
「・・・・・・良かった。あと一応勘違いしないで欲しいんだけど、僕は君には感謝してるんだ。これは君のおかげなんだろ?」
ピエロがこくりと頷いた。
「うん、ありがとう。それじゃあこれからよろしくね」
僕はピエロの口から手を取った。
「・・・・・・よろ」
僕は蹴った。
「・・・・・・ふしししししし、マスタァ。誓うよぉ。今日から貴方が私のマスターだ」
ピエロはドロリと地面に這いつくばかりながらも僕を睨んできた。
「地獄に落ちる時も一緒だよ」
別に、そんな事はどうでもいい。僕は折り曲げていた足をしっかり伸ばしうーんと背伸びした。ああ、凄くいい気分だ。きっと今ならちゃんと、小鳥遊さんに好きと伝える事ができるだろう。


 「人は空を飛んでみたいのかな?」
僕は屋上の端に足をかけながら眼下に広がる小さな街並みを眺めてみた。
「・・・・・・」
「答えろよ」
「・・・・・・マスター、私達は機械だ。いきなりそんな人間的な感傷を聞かれても、困る。答えられないよ」
・・・・・・使えないな。
「何でそんな事を聞くんだい?」
「人間は何故屋上から飛び降りるのか考えてたから。どうして飛び降りるのにビルの中間でもなく建物の四分の三でもなくできるだけ自分の力の及ぶ高い所を選ぶんだろう?」
「・・・・・・マスター、それは単純な錯覚だと思うよ。君達人間は高い所、ピラミッドの頂点を君主の至福だと捉える。最後にその視点を見て満足して、そして馬鹿みたいに勘違いして落ちて行くんだ」
・・・・・・つまんないなあ。
「もういいよ。それよりそろそろ小鳥遊さんが来る頃だと思うから隠れといてよ」
せっかくの逢い引きなのに他人がいたら小鳥遊さんも白けちゃうだろう?ピエロは顔に似合わず汚物を見るような目をした後貯水タンクの裏に隠れた。
「・・・・・・小鳥遊さん」
その時ちょうど小鳥遊さんが扉をきぃっと開けて姿を現した。小鳥遊さんは体操服姿だった。
「こんな所に呼び出して一体何の用?」
うちの学校は屋上は立ち入り禁止だ。前に先輩達が柵を壊してしまって以来許可されていない。
「災難だったね。桜に水をかけられるなんて」
小鳥遊さんが体操服姿なのも、桜が正面から水をぶっかけたんだ。桜の奴も馬鹿だ。あんな堂々と、真正面からバケツの水を掛けるんだから。
「・・・・・・大丈夫?」
「・・・・・・それだけ?」
「えっ?」
小鳥遊さんはくすりと笑って僕に近づき、街の方を見ながら僕の隣に立った。
「何を見てたの?ここで」
「・・・・・・人が空を飛べるかどうか」
「何それ」
小鳥遊さんは綺麗に笑った。ああ、やっぱり大好きだ。
「・・・・・・小鳥遊さんは?小鳥遊さんは何を、考えるの」
「自殺」
小鳥遊さんは答えた。
「知ってる?セネカ、自殺は人間だけの特権なんだって」
「・・・・・・」
「私も何度も死のうとしたけど一人じゃ怖くてできなかった」
・・・・・・そうなんだ。
「でも、誰かが一緒なら、きっと跳べると思うの」
小鳥遊さんはそう言って手を差し出してきた。
「もし死のうと思っているなら一緒に跳んでみる?」
「・・・・・・小鳥遊さん」
何で僕が一緒に死ななきゃいけないんだ。
「うっ!?」
僕は小鳥遊さんの首を掴み、屋上から押し出すように身体を押した。小鳥遊さんは両手で僕の首にかけている手を握りぎりぎりの所で屋上に足をかけた。
「小鳥遊さん、それは僕じゃなくてもいいよね?」
僕はその事がどうしても悔しかった。
「っあ」
「小鳥遊さんにとってそれは僕じゃなくて誰でもいい事なんだよね?」
きりきりと小鳥遊さんの美しい首を絞める手に力が入った。
「かっ」
「・・・・・・ねえ小鳥遊さん、僕と付き合ってよ」
僕は告白した。
「ぁ?」
「守ってあげる。僕が小鳥遊さんを全てから守るよ」
「・・・・・・ゃ」
「愛が欲しいなら、僕が確立させてあげるよ」
「ぃや」
「誰かにいて欲しいのなら、僕がずっと傍にいるよ!!」
「いや!」
段々右手にかかる体重が増えてきた。多分もう体力の限界なんだろう。
「だから、僕に従って」
小鳥遊さんは首を半分横に振ってちらりと下を覗き、僕の手をぎゅっと掴んだ。
「・・・・・・はい」
僕は小鳥遊さんをこちら側に引っ張り倒した。
危なかった、もう少しで小鳥遊さんは死んでいただろう。
「ゲホッ、ケホッ、うぅ、うえっ」
小鳥遊さんは泣いていた。その場に座り込んで泣きじゃくっていた。
「・・・・・・マスター、私達は私達の機能故に気味が悪くおぞましいと思う事は少ないけど、今回の事は間違いなく吐き気がしたよ」
・・・・・・うるさいやつだ。せっかく人が晴れ晴れしている所に邪魔して話してくるのだから。
「・・・・・・これからどうするんだい?」
「・・・・・・そうだなあ」
まずはこの学校の些細な用事を終わらせないと。その後は、
「旅行にでも行くよ。ヘリとか飛行機とかに乗ってさ」








 土田幾蔵は廃墟となった学校を眺めながらポケットから一枚の写真を取り出した。
「・・・・・・」
写真には人良さそうな青年が写っている。もう一枚取り出すと、隠し撮りされたかのようにぶれながら三人の人物が写っていた。
「・・・・・・何だってこりゃ」
土田幾蔵はやるせない思いを抱きながら日本中を震撼させた殺人事件があった現場を後にした。
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