僕が殺す理由をあなたは否定できない

高ノ宮 数麻

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怪物

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 今日、僕は殺した。今もハッキリと僕の手に残るのは、命が少しづつ消えていく、あの感覚だ。

 僕が殺したのは今日が初めてじゃない。これまでも、何度も、何度も、殺し続けてきた。

 「心が痛まないか」だって? 

 なら聞くが、これまでお前は殺さずに何をどう得てきたというのだ? 

 この世に生きる者はすべて、他の生きる者を殺すことでしか自分が生きていくための「糧」を得られないことぐらい、お前だってよく知っているはずだ。


scene1「殺し、喰らうということ」

 午前3時、急に風が強くなってきた。冬の冷たい北風は僕の体力を急激に奪っていく。

 さっき殺した獲物の血が舗道にしたたり落ちる。もったいないが、今はすぐ家に帰って一刻も早く食事を始めなければ、こっちの命が危なくなる。

 倉庫街の一角にある朽ちる寸前のビル。錆だらけになった金属製の扉を開け、暗く湿った地下への階段を下ると、10メートル四方くらいの空間が現れる。これが僕の自宅だ。

 獲物を床に無造作に放り投げ、返り血で汚れないように衣服のすべてを脱ぎ捨てると、僕は獲物にむしゃぶりついた。口の中に鉄の味が広がる。これが僕の生きる糧だ。

 僕はいわゆるバンパイア化け物である。獲物を狩り、その血肉を糧にしなければ僕は死ぬ。それも48時間に一度は獲物の血肉を口にしなければ僕は「死」を迎えるのだ。つまり、僕は死を迎えないために二日に一度は確実に殺さなければならないのである。僕に心を痛めている暇などあるはずがない。

 今日、獲物の血肉をたらふく喰らった僕は、このまま明後日の夜まで眠る。僕にとっての眠る時間はとても長いのだ。

 目が覚めるたび、口の中が生臭い。殺すことには十分に慣れたが、起きる度に感じる口の生臭さにはどうしても慣れない。昔観たバンパイア映画で、バンパイアが目覚めると必ず林檎をかじるというシーンがあったが、僕も目覚めると口の中をさっぱりさせるために必ず林檎をかじる。バンパイアが林檎好きだと知っているなんて、あの映画を撮った監督もバンパイアなのかもしれない。

 自宅を出ると、舗道にはうっすらと雪が積もっていた。気温が低い日は急いで獲物探しをしなければ体力がもたない。今日もいつもの狩り場へ足早に向かう。

 僕の狩り場は自宅近くの動物園だ。バンパイアにとって必要な血肉は、別に人間である必要はない。一定量の血肉を得られるなら人間でも動物でも構わないのだ。

「ならば動物の肉を買えばいいだろう」だって? 

 それで済むならとっくにそうしている。お前ら人間は死肉を好んで食べているが、バンパイアは死肉を食べない。バンパイアが死肉を食べない理由は、お前ら人間が自分で狩りをせず、生きた肉を食べない理由と同じだ。

 僕の好みは小型の草食動物だ。鳥類も美味いが、たくさん捕まえなくてはならないので面倒くさい。前に一度、肉食動物も試したが、とても獣臭くて食える代物ではなかった。

 もちろん人間もたくさん狩ったし、たくさん喰らった。人間はすこぶる美味いが、現代の日本で人間を安定して狩るのは難しく、効率が悪い。その点、動物園なら安定した狩りが可能だ。動物が定期的にいなくなると、さすがに動物園の警備も厳しくなるが、日本には150か所以上の動物園があるから、狩りが難しくなればまた別の動物園の近くに自宅を移せばいい。

 いつもどおり、入口の高いフェンスを飛び越え動物園の中へ入る。僕は真夜中の動物園がとても好きだ。広い空間、夜の静寂、夜行性動物たちの賑やかさ、そのすべてが僕の「狩る本能」を強く刺激する。

 園内を歩いていると小型のシカが展示されているオリを見つけた。シカは昼行性のはずだが、一頭だけオリの中をうろついていた。

 「今日はこいつにしよう」

 僕は5メートルほどの鉄柵を軽々と飛び越え、シカのオリに入った。僕の姿を見たシカはすでにパニック状態となっている。逃げ惑うシカに手をかけようとした瞬間、眩い閃光と大きな異音が園内に響き渡った。

 僕はすぐに理解した。この動物園で狩りをするのは3回目だが、今回はいつもより園の対応が早かった様だ。

 「待ち伏せか…」

 「動くな! もう逃げられないぞ!」 拡声器から聞こえる声はおそらく警察のものだろう。暗闇のなか、待ち伏せしていた警官たちから向けられた照明が僕の全身を照らし出す。

 まったく、冗談じゃない。僕は、あと2時間以内に獲物を仕留め、その血肉を口にしないとこの世界から消滅してしまうのだ。こんなところで警察とじゃれている暇などない。

 僕は思いきり唸り声を上げた。もちろん警察を威嚇するためだ。

「ウゥゥゥゥゥゥ! ガァァァァァァァァァァ!」

 僕の咆哮は動物園中に響き渡り、その声に驚いた動物たちがあちらこちらで悲鳴のような鳴き声を上げている。僕を包囲している警察も慌てふためき、たじろいでいるのが手に取るように分かった。

 その期を逃さず、僕は鉄柵を飛び越え、目にも止まらぬスピードで闇の中に逃げ込んだ。

 動物園から逃げ出した僕は、夜の街を彷徨していた。時刻は午前3時ちょう。タイムリミットはあと1時間だ。

 そのとき、点滅する街灯の下、段ボールにくるまり道端で眠る人間を見つけた。辺りを見回し、人の気配がないことを確認する。僕はその人間に近づき声をかけた。

 「今日、お前は僕の糧になる。心から感謝する」

 寝ぼけた顔で、不思議そうに僕を見る人間。次の瞬間、僕はその人間の喉笛を噛み切った。


scene2「怪物の飢えと回顧」

 今日の獲物を自宅に持ち帰り、十分に食した後、僕は考え込んだ。獲物を狩り、血肉を喰らい、眠り、目覚めるとまた獲物を狩る。それを続けなければ僕は命が保てない。

 「なぜこんなことになってしまったのだろう」

 僕が生まれたのは1833年。子どもの頃の記憶に唯一深く刻まれているのは、毎日毎日ずっと「飢え」を感じていたということだ。常に何かを食べたかった。ずっと飢えていた。

 「そういう時代だった」などというのは卑怯で無責任な傍観者の台詞だ。周りの人間が飢えて死んでいくのを目の当たりにすれば、時代のせいなどと知ったような口はきけないだろう。

 食糧だけではなく、人格や感情さえも奪ったり奪われたりしながら、なんとか生き延びてきた僕たち家族だったが、僕が6歳の冬、いよいよ行き詰ってしまった。食糧は尽き果て、牛や馬も、草も木も、助けてくれる人間も、何もなくなったその時、まず母親が亡くなった。

 そのあと、父親が亡くなり、兄弟たちも次々と動かなくなっていった。皮と骨だけの亡骸となった両親と兄弟たちを見て、悲しいという感情よりも「次は僕がああなるんだ」という恐怖と絶望を強く感じた。何か食べなければ、死がすぐそこまで近づいている。 

 這うようにして外に出て、朦朧としながらも食べ物を探し続けていた僕が見つけたのは、やはり飢えて動けなくなった山犬だった。山犬に手を近づけると、その山犬は動けないなりにも牙をむき、僕を威嚇した。両手で山犬の首を力いっぱい絞めると、抵抗する体力の残っていなかった山犬は僕の手の中でゆっくりと死んでいった。

 僕はその山犬を自宅に持ち帰り、むしゃぶり食べた。そして、僕の生きる糧になってくれた山犬に心から感謝した。

 次の日の朝、僕の身体に不思議なことが起こった。身体は一回り大きくなり、筋肉は隆々と不自然に盛り上がっている。その日以降、僕は怪我をしても痛みはなく、傷もすぐに治った。身体だけではなく、気力も充実し心身ともに力が漲っていた。

 僕の身体の変化が「異常なもの」であることはすぐに理解できた。それまでは三日くらいは食事にありつけなくても何とか我慢していられた。正確にいうなら我慢するしかなかったのだが、今は二日間何も食べなければ耐え難い空腹感に襲われる。それは、あの山犬を食べる直前まで感じていた「死に直結する」ような極限の飢えだ。

 その日から僕は飢えを満たすために人間を襲った。世の中すべてが飢餓状態のとき、自然界の動物は極端に少なくなる。あのとき、最も身近で、最も数が多く、最も狩りやすい命はたまたま人間だったのだ。

 飢えを満たすと、僕の身体はますます大きくなり、年も取らず、気力も増していった。ただ、だんだんと昼間の明るい時間が苦手になり、睡眠時間が44時間になった。44時間眠り、4時間で狩りをして血肉を喰らい、また眠る。

 すでに僕は、もう人間が食糧にしか見えなくなっていた。このとき僕は、自分が怪物になったことを自覚した。
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