その他 短編集

昆布海胆

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真夜中のタクシー

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「またどうぞ~」

タクシーの自動ドアを閉めて車を発進させる。
時刻は午前を回っており、いつもの駅前で終電を逃した客を拾う列に並ぶ前にコンビニに寄って買い物をする事にした。

「今日のノルマは後1人なんだけどなぁ~」

信号で停まった時に売り上げのチェックをしたら少しだけ金額が足りない事に気が付いて少し落ち込む。
そんな気分を払拭するのも込めて夜食を買いにコンビニに立ち寄った。




タクシーに戻り助手席に買い物をした袋を置いて中から小さいパンを一つ取って口にする。

「手も車も汚れない食べ物ってなるとこういうのしか無いんだよなぁ~」

愚痴を言うが後1人拾わないと今日のノルマが達成できないので仕方なく駅の方へ車を走らせていると彼女は立っていた。
長い髪が前に垂れていて顔は見えない、スタイルが良く蒸し暑いこの季節にピッタリの白いワンピースが似合っていた。
俺は彼女の前にタクシーを停めてドアを開く。

「弐の口沢まで」
「わかりました~」

行き先を伝えられたのでカーナビに入力をする。
するとルートが表示されるのだがそれを見て表情が曇る。

「気味川トンネルを通らないと駄目なのか・・・」

小さく呟いた俺の声は彼女には届いていないのだろう、ミラーに映る彼女は前髪で顔は見えないが身動き一つしていなかった。
気味川トンネル、それは有名な心霊スポットであった。
地獄に通じているだとか、いつまで走っても外に出れないとか色んな噂があるのだがそんな噂が無くても通った人間には分かるのだ。
あそこの中は何故か異様に寒いのだ。

「お客さん、大体25分くらいで到着しますからね」

俺の言葉に前髪で隠れた顔は見れないが頷いたのだけは分かったのでそのまま車を走らせる。
時折ミラーで彼女を事をチラッと見るのだが良いところのお嬢さんなのか座っている姿が凄く綺麗であった。
なんどか軽く話しかけたりもするのだが返事と言う返事が返って来ずいつのまにか無言で車を走らせていた。
そして、やってきた。

「やっぱなんか少し寒い気がするな・・・」

真夏だと言うのに寒気を感じた俺は手に力を入れてそのまま気味川トンネルへと入った。
時刻はまさに丑三つ時と呼ばれる午前2時・・・
フト背後に視線を感じてミラーを確認するが女性があの綺麗な姿勢のままそこに座っているだけである・・・
そして・・・結果は予想通り特にこれといった事も無くそのままトンネルを無事に通過した。
そこからは直ぐに問題も起こらず目的の弐の口沢に到着した。
気付けばハンドルを持つ手に少し汗をかいていたが何も無かったんだと会計操作をする。

「お客さん、5270円ですね・・・」

そこまで口にして俺は顔が青ざめていく・・・
ミラーを見ると後部座席に座っていた筈の女性客の姿が何処にも無かったのだ。
慌てて振り返るがそこには誰も居ない・・・
俺は運転席のドアを開いて外へ飛び出した。
後部座席の窓から見ても座席には誰の姿も無かった・・・
恐る恐る車の後ろへ回り込み助手席側の後部座席のドアを手動で開けるがそこにはやはり誰の姿も無かった。
そして、俺はそれに気付いた・・・

「ぬ・・・濡れてる・・・」

女性が座っていたシートがぐっしょりと濡れていたのだ。
もちろんそこに女性の姿は無くガタガタと震える体で運転席に戻り俺はそのまま会社へと戻るのであった・・・


























「なるほどね、そいつはお前幽霊乗せちまったんだよ」
「ゆ、幽霊?!」

同僚のその話をしたら返答がこれであった。
タクシーのホラー話で良くある話だと苦笑いをされたのだが運転をしていた自分はとても笑える状況ではなかった。
呪われたかもしれない・・・
そう考えると怖くて仕方が無いのだ。

「もしさ本当に幽霊だったらどうする?」
「いや、どうするって言われても・・・」

そこまで言われて思いついた事があった。
そう、ドライブレコーダーである!
タクシーに限らず車を運転する業種には必須とも言えるカメラが勿論タクシーにも搭載されているのだ。
幸いな事に従業員が車内で喫煙等していないか確認する為や防犯の為に車内カメラまでうちの会社は設置していたのだ。

「ドライブレコーダー・・・見てみるか」
「ははっもしかしたら誰も居ないのにドア開けて客乗せた風に走らせているお前の姿が映っているかもな」

そう言われてしまえば見るのが怖くなってきた・・・
だが真実はいつも過酷であるとある人が言っていた。
例え今が怖くても分からないと言う事の方が後々響くと考えた俺は映像を見る事を決意する・・・
そして、パソコンに映し出されたその時の映像を同僚と共に見て驚愕するのであった・・・





「居るな・・・」
「あぁ、この女だ。間違いない・・・」

そこには女性がタクシーに向かって手を上げて呼ぶ外のカメラ映像、車内に乗り込んで座る映像が残されていた。
声もしっかり録音されており行き先も間違い無く告げているその様子に2人は身震いする・・・
運転手の話通りであればどこかの時点でその姿が忽然と消失する筈である。
それから映像は身動き一つせずに座り続ける前髪で顔が見えない女性の姿が映し続けられる・・・

「この女・・・バックも何も持ってないな・・・」

同僚のその言葉にハッと気付く。
元々そこに気付いていれば支払いが出来るかを乗せる時に聞く事も出来たのだ。
そして、2人は驚くべき瞬間を目撃するのであった。

「こっこいつ?!」
「そっそんな?!」

その瞬間は気味川トンネルに入る少し前やってきた。
女性が突然動いたのだ!
真っ直ぐに座っていた状態から手で前髪を開いて運転席と助手席の間から覗きだしたのだ。
そう、そこに映っていた顔を見て2人は驚愕するしかなかった。
なんと・・・男だったのである!?
そして、女装した男は助手席に置かれたコンビニの袋から見えているパンに釘付けとなっていた。
その口からダラダラと涎が滝の様に流れ始めているが運転手は気付かない。

『やっぱなんか少し寒い気がするな・・・』

運転手のその言葉が映像にも録音されておりその声に驚いて女装男は慌てて後部座席に戻って姿勢を正した。
そこで運転手がミラーを見る。
その後、車を走らせている間ずっと男の顔からダラダラと涎が垂れ続け白いワンピースは直ぐにビショビショになっていった。
そして、目的地に到着する少し前にそいつは動いたのだ!

「なっ?!運転席後ろの足元に?!」
「うそだろ・・・」

そいつは体を折りたたむように運転席の後ろの足元に隠れたのだ。
細い体だからといってまるでエスパーな伊藤さんの様な動きに唖然とする2人・・・
当然ミラーにも運転席から見た後部座席にもそいつの姿は見えなくなっている。
慌てて運転手がドアを開けて外へ飛び出す。
車の後ろへ回り込むように動いている間、そいつは這うように車内を防犯ガラスの隙間を通って助手席のコンビニ袋を掴んで空いたままの運転席から出て行った・・・
その時に運転手が後部座席を開けて驚いていたのだ。

「無賃乗車な上に泥棒だったのか・・・」
「まぁなんにしても幽霊じゃなくて良かったな」

驚くべき事であったが真実が分かりホッとした俺はその日、帰宅した。
そして、翌日同じ様に仕事に出ようとしてタクシーに乗ったのだが・・・

「えっ?」

彼はその事実にすぐに気が付いた。
後部座席の足元に隠れる事は無理やりだが可能であろう・・・
だが運転席と助手席の間に置かれた防犯ガラスにはとても人が通れるような隙間は無かったのである・・・




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