その他 短編集

昆布海胆

文字の大きさ
上 下
8 / 59

偽者の本物勇者と本物の偽者勇者

しおりを挟む
「お前が巷を騒がせている勇者だな!」
「違う!それは俺じゃない!」

俺の名前は勇者、勘違いされると困るので言っておくと名前が『勇者』と書いて『まさる』と読むのだ。
そして、俺は今商店街の大人たちに囲まれていた。
原因は俺の偽者が商店街の人達に様々な迷惑をかけていると言う話なのだが俺は一切関与していない。

「しらばっくれるな!同じ髪の色じゃないか!」
「それを言ったらおじさんも同じ色じゃ・・・あっ髪無いや・・・」

コントかっ!っと突込みが入りそうだがお店に被害を受けている方々にとっては死活問題だ。
八百屋さんでは野菜のコーナーにスイカが移動させられていたり、肉屋さんでは『外国産』と言う表記が『オージービーフ』に変えられていたりしたらしい。
そして、俺は無実を晴らす為に一つアイデアが浮かんだ。

「分かりました。俺じゃないって事の証拠が見当たらないのでその人物の特徴をもっと詳しく教えて下さい」

そう言って勇者はその偽勇者にそっくりの服装に着替えて色々な店でボランティアで働く事とした。
それはそれは真面目に働く勇者に商店街の人々も徐々に勇者への疑いを無くしていった。
そして、勇者は言った。

「俺は勇者じゃありません!偽勇者です!」

その言葉は商店街に浸透し勇者は悪戯をする悪いやつ、偽勇者はとてもいい子だと一気に評判は広がっていった・・・
そんなある日・・・

「そ、そんな馬鹿な!勇者の偽者をやっていた俺の偽者が慈善活動をやっていて俺の評判が上がっているだと!?」

噂を聞きつけた偽勇者がボランティアで働いている勇者の元へ突撃するのは直ぐの事であった。

「おい!お前が噂の勇者だな!俺、偽勇者の名前を語って随分と好き勝手やってるみたいじゃないか!」

その偽勇者の登場に商店街の人々は驚きに包まれた。
しかし、そこで勇者は言った!

「皆さん、騙されないで下さい!俺が本物の偽勇者です!」
「なっ!?お前待てよ!皆違うんだ!こいつは本物の勇者だ!本物の勇者が偽勇者の偽勇者をやっているんだ!」
「違います!偽勇者は僕です!」
「違う!俺が本物の偽勇者だ!こいつは偽者の偽勇者です!」
「違います!僕が本物です!」
「違う!俺が偽者だ!」

2人の言い争いに商店街の方々は訳が分からなくなり頭を抱えて苦しみだした。
知恵熱・・・人は普段使わない思考で悩みすぎると熱が上がってくる現象のことである。
こうして、商店街の外れに在った閑古鳥が鳴いていた診療所は一気に患者で溢れかえるのであった。

「くくく・・・やったな偽勇者」
「あぁ、これでウチの診療所もやっていけそうだよ勇者」

先程まで言い争っていた2人は並んで行列の出来る診療所に暖かい視線を送る。
彼らは知らない・・・
診療所内では偽勇者の両親が急に忙しくなりすぎて過労で倒れる寸前と言うことを・・・



しおりを挟む

処理中です...