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不殺のアサシン 〜ドラゴンの咆哮〜
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「リヒト。また依頼を達成できなかったんだって?」
店に入ろうとしたところで、リヒトは後ろから声を掛けられた。リヒトは立ち止まったが、振り向かずに言った。
「女の声。聞こえた位置から身長を推測。百五十五センチ。声の高さと質からみて、年齢は二十五から二十七のあいだ。俺の視界に入っているお前の影を見るに、細身で短髪。つまり、ルラか」
「いや普通に分かれよ。同僚でしょ」
「プロだからな。こうした訓練は怠れん」
「そのプロがまたやらかしたって、ギルドで話題になってたよ」
「言うな。それと俺はいま忙しい。話がそれだけなら、もう行くぞ」
「忙しいって、カラオケに行くんでしょ。そのことも噂になってる」
まさしくリヒトが入ろうとしていた店はカラオケ店だった。
異世界から召喚された勇者が、この世界の娯楽のためにと作った施設だった。
摩訶不思議な技術を使い、「モニター」なるものに「歌詞」を表示させ、「スピーカー」なるものから曲を流す。勇者の故郷ではごくありふれた施設だったようだ。
「べつに俺は娯楽目的でここに来たわけじゃない」
「リヒトが失敗続きのストレス発散でカラオケ通いしてる~って、みんな笑ってるよ」
「馬鹿な。ストレス発散目的などでもない。と言いたいところだが、意外とそういう効果も高いようでな。そう取られても俺は否定せん」
そういうとリヒトは店に踏み入った。
「ちょっとちょっと待ちなって」ルラが慌ててリヒトの袖を掴む。「あんた、ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫、とは?」
「だから……」ルラは口ごもった。「アンタ暗殺者でしょうが。その暗殺者が真っ昼間からカラオケ通いなんて聞いたら……心配するって」
「なんだお前、心配してるのか」
「ばっ、だっ、誰がアンタなんかっ」
「じゃあ誰が心配してるんだ」
「と、とにかく! 悩み事なら聞いてあげるから、一緒に入るわよ!」
「べつに俺は悩んでなんか――」
ルラに背中をぐいぐい押され、二人はなだれ込むように入店した。
「へえ、中はこんな風になってるんだね」
カラオケ初体験のルラは物珍しそうに暗い室内を見渡している。
「この個室には窓がない。出入り口は一箇所。さらにそこから店外へのルートは二箇所のみ。敵襲には用心しとけ」
「見損なってもらっちゃ困る。私だってプロなんだから。店内の状況はすぐに把握したわ」
「ふ。頼もしい同僚だ」
言いながらリヒトは、手元にあった手のひらサイズの装置(以下、リモコン)を慣れた手つきで操作した。
大きな四角い枠(以下、画面)に曲名が表示された。
『馬鹿にすんじゃねえ』
「なによこれ」
「歌うから邪魔するな」
突如、黒い箱(以下、スピーカー)から爆音が鳴り響く。ルラは驚いて腰が浮いた。無数の楽器を同時に吹き鳴らし叩き鳴らし、それぞれの楽器の長所をそれぞれの楽器の短所で覆い隠すような、そんな音。そう、騒音。
ルラが巷の噂から想像していたカラオケとは、かけ離れていた。曲というものはもっと上品で優雅なもの。静かに流れる演奏の中で、紅茶を楽しみながら談笑したり、時には目を閉じて演奏に聴き入ったり。その旋律は、大自然の中の鳥のさえずりや、草木の間を走り抜ける風の音と同じなのだ。決してこんな騒音のことなどではない。
こんな不快な音に包まれて、一体何を始めるのか。もしかしてカラオケという設備が故障したのではと思い、ルラはリヒトに目を移した。
しかしリヒトに動じた様子はなく、手には変な棒状の物(以下、マイク)を持ち、それを口に近づけた。
そして、歌った(?)
努力をしても報われない。失敗ばかり。仲間からは後ろ指をさされる。馬鹿にすんじゃねえ。俺がいけないのか。違う。仕事が悪い。仲間が悪い。上司が悪い。社会が悪い。世界が悪い。いつか見返す。笑ってられるのも今のうち。いつかは俺が笑う側。おーいえー。
要約するとそんな内容だ。
リヒトの声はマイクを通じ、スピーカーから何倍もの音量に増幅されて飛び出していた。目の前の四角(以下、モニター)に歌詞が表示されていたからルラには内容が分かったが、正直、がなり立てるようなリヒトの歌声は言葉として認識できなかった。
しかし、騒音のような演奏に、ある意味で調和のとれた歌唱だったとも言える。
歌い終わったリヒトの額には汗が浮かんでいた。
「もしかしてギルドのみんなに言われてること、気にしてるの?」
え、なんで? みたいなキョトンとした表情でリヒトはルラを見返した。それから質問の意味が分からないという風に首を傾げて、リモコンを手に取った。続けて歌うつもりらしい。
さっきの歌とリヒトの想いは別物なのだろうか。ルラは困惑しながらも、自分にとっての本題に入ることにした。
「今回の失敗ってさ、けっこうヤバかったの?」
リヒトはリモコンを操作する手を止めた。
「ヤバいわけではない。が、暗殺者としては真逆のことをやった」
「どういうこと?」
「暗殺対象の命を助けた」
「どういうこと?」
「なんなら共闘した」
「だからどういうこと?」
「暗殺対象は馬車で移動中の商団の中にいたんだ」
「まあ良くあるパターンだね」
「その商団が道中、ゴブリンどもに襲撃された」
「ラッキーじゃん。どさくさに紛れて暗殺対象をヤれるじゃん」
「……それってさ、プロとしてどうなんだろうな」
「どういうこと?」
「ほっとけば商団の中に犠牲者が出るだろう。そうなれば暗殺対象が巻き添えで死ぬ可能性も高くなる」
「だからそれがラッキーじゃん。誰も見てないんだから。自分の手柄にして適当に報告しとけばいいんだよ」
「それってさ、暗殺なのか?」
「どういうこと?」
「そんな結果オーライなやり方で、胸張って暗殺しましたって言えるのかな」
「胸張って言うことじゃねーし。てか、え、もしかしてそれで助けに入っちゃったわけ?」
「そうだ。あの暗殺対象はあくまでも俺の手で仕留めるのが筋だからな。どさくさで死なれてはいけない。ましてや、どさくさで死なれたと仲間に思われるのはもっと良くない」
「まあ……あんたらしいわ。とにかく綺麗な任務遂行にゴブリンどもが邪魔だったってことでしょ。ただ、百歩譲って暗殺対象と共闘するのはいいよ。でもなんでそのあとで暗殺しなかったのよ」
リヒトは遠い目をした。
「短い間だったが、あいつはさ、命を賭けた戦いの中で、背中を預けあった戦友なんだ」
「……」
「それを、ヤれって?」
「ヤれよ」
「いや、だけど作戦変更はしなくてはならないだろう。無計画に襲うのは俺のポリシーに反する」
「……」
「だから次の日にヤることにしたんだ。これは本当だ。本当だって。しかしどういうわけか状況が依頼主に筒抜けで、その日のうちに依頼キャンセルの通知を鳥が運んできたんだ」
「普通に任務失敗だね」
「失敗はしていない。作戦が一日延びて、それを依頼主が良しとしなかっただけだ」
「はぁ、そのケースだと報酬は当然貰えなかったでしょ。前金の依頼料だって大した額ではないでしょうし」
「金なら貰った。商団から」
「えー、うそっ、まさか謝礼?」
「暗殺対象はもちろん、他の誰も死なせなかったからな。全員無傷だ」
「商団ってことは……、結構貰えたんじゃない?」
「本来の報酬の十倍貰った」
「マジでーっ!? やったじゃん! 奢ってよ!」
リヒトは大きくため息をつくと、途中で止めていたリモコン操作を無言で再開した。画面に曲名が表示される。
『お金よりも大切なこと』
「だから何なのよこの歌」
リヒトは熱唱した。
リヒトが歌い終わったのを確認して、ルラは両耳から指を抜いた。
「まあなんとなく、あんたの暗殺にかける思いは理解してるつもりよ」
リヒトは昔からそうだった。暗殺業に対して妙な憧れを抱いているのだ。「暗殺とは芸術だ」と養成所時代に食堂で熱く語っていたものだ。
しかしその凝り固まった美学が足枷となり、リヒトは今まで一度たりとも暗殺に成功したことがなかった。
暗殺成功率ゼロパーセントの男。ギルド内では「不殺のアサシン」と揶揄されている。
そのリヒトがなぜギルドから除名されないのか、そしてなぜ依頼を受注できるのか。これらは盗賊ギルド七不思議の内の二つとされている。
このようにリヒトはギルド内で異質な存在だったが、最近はカラオケ通いという奇行に走り出してさらに注目を集めていた。暗殺を生業にして悩む奴は意外と多い。しかし暗殺できずに悩んでカラオケに通う奴は世界で初めてなのだ。さすがに心配になってルラが様子を見に来たのだが――。
「ストレス発散はできてるみたいだし、まだまだ現役続行ってところかしら?」
「そんなのは当たり前だ」
ルラは小さくほっとした。
「暗殺から足を洗って歌手を目指すのかと思ってたよ」
「そんなものは目指さない。ここに来てるのも仕事が目的だ」
「へ?」
「言わなかったか? 娯楽目的ではないし、ストレス発散が主な目的でもない。あくまで仕事としてここに来ている。だから俺は今忙しい」
言いながらリヒトはまたリモコンを操作した。
『俺の居場所がどこにも無い』
「あんた悩みを溜め込むタイプでしょ」
リヒトは熱唱した。
「仕事ってことはあんたに依頼があったってことよね。ほんと七不思議」
「七不思議?」
「分かった、当ててあげる。ここの店主が暗殺対象ね」
「違う。そもそも依頼内容を教えることなどできん。お前それでもプロか」
「あんたに言われるとヘコむわ」
「とにかく俺は忙しいんだ。これ以上は邪魔だから帰ってくれ」
リヒトはリモコンを操作した。
『独りは寂しい』
「なんなのよあんたは」
リヒトは熱唱した。
「じゃあ仕事の邪魔しちゃ悪いし、帰るわ」
「そうか」
立ち上がったルラは扉に手をかけたところで動きを止めた。それから少し言葉を選ぶように肩越しに言った。
「上手くいくと、いいね」
「当然だ。今までは全て逆にいってしまっていたが、次は必ず成功させる」
「うん。そしたら、そのときは、私が奢ったげる」
ルラが出て行ったあともリヒトは歌い続けた。順調に仕上がっている。計画は完璧だ。
「俺は、勝つ」
勇者がこの世界に持ち込んだカラオケ文化は、特に王侯貴族に大ウケだった。国王は各地でカラオケ選抜を実施させると、決勝トーナメントは王城で行うとした。
かくしてカラオケ猛者たちが王城に集い、その歌声を王侯貴族を前に披露していった。
事件はその時起きた。
ドラゴンの咆哮(以下、デスボイス)部門代表、リヒト・エアレースの歌唱中、その音量に耐えられずスピーカーが落下。ちょうどその下にいた男に直撃したのだ。
男は重傷を負ったが命に別状はない。しかし、その手には毒が塗られた短剣が握られていた。すぐさま近衛兵らに男は捕えられたが、一瞬の隙をつかれて自害を許してしまった。
状況から、男は国王を狙った暗殺者だと断定された。計画の規模から単独犯とは考えられなかったが、男以外の容疑者が見つかることはなく、カラオケ大会は永久停止というかたちで幕を閉じた。
一方、リヒト・エアレースは間接的とはいえ歌で国王の命を救ったとされ、多額の報奨金を受け取ることになった。
そのときの曲は『国王、テメェをぶっとばす』で会場は騒然としていたが、国王は「よいよい無礼講じゃフォッフォッフォ」と終始ご満悦だったという。
ルラは号外を読み終えると、小さく畳んで鞄にしまった。
「そりゃあリヒトだけじゃ不安で、もう一人用意するよね」
ルラはリヒトが籠っているであろうカラオケ店に向かった。奢ってもらうために。
店に入ろうとしたところで、リヒトは後ろから声を掛けられた。リヒトは立ち止まったが、振り向かずに言った。
「女の声。聞こえた位置から身長を推測。百五十五センチ。声の高さと質からみて、年齢は二十五から二十七のあいだ。俺の視界に入っているお前の影を見るに、細身で短髪。つまり、ルラか」
「いや普通に分かれよ。同僚でしょ」
「プロだからな。こうした訓練は怠れん」
「そのプロがまたやらかしたって、ギルドで話題になってたよ」
「言うな。それと俺はいま忙しい。話がそれだけなら、もう行くぞ」
「忙しいって、カラオケに行くんでしょ。そのことも噂になってる」
まさしくリヒトが入ろうとしていた店はカラオケ店だった。
異世界から召喚された勇者が、この世界の娯楽のためにと作った施設だった。
摩訶不思議な技術を使い、「モニター」なるものに「歌詞」を表示させ、「スピーカー」なるものから曲を流す。勇者の故郷ではごくありふれた施設だったようだ。
「べつに俺は娯楽目的でここに来たわけじゃない」
「リヒトが失敗続きのストレス発散でカラオケ通いしてる~って、みんな笑ってるよ」
「馬鹿な。ストレス発散目的などでもない。と言いたいところだが、意外とそういう効果も高いようでな。そう取られても俺は否定せん」
そういうとリヒトは店に踏み入った。
「ちょっとちょっと待ちなって」ルラが慌ててリヒトの袖を掴む。「あんた、ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫、とは?」
「だから……」ルラは口ごもった。「アンタ暗殺者でしょうが。その暗殺者が真っ昼間からカラオケ通いなんて聞いたら……心配するって」
「なんだお前、心配してるのか」
「ばっ、だっ、誰がアンタなんかっ」
「じゃあ誰が心配してるんだ」
「と、とにかく! 悩み事なら聞いてあげるから、一緒に入るわよ!」
「べつに俺は悩んでなんか――」
ルラに背中をぐいぐい押され、二人はなだれ込むように入店した。
「へえ、中はこんな風になってるんだね」
カラオケ初体験のルラは物珍しそうに暗い室内を見渡している。
「この個室には窓がない。出入り口は一箇所。さらにそこから店外へのルートは二箇所のみ。敵襲には用心しとけ」
「見損なってもらっちゃ困る。私だってプロなんだから。店内の状況はすぐに把握したわ」
「ふ。頼もしい同僚だ」
言いながらリヒトは、手元にあった手のひらサイズの装置(以下、リモコン)を慣れた手つきで操作した。
大きな四角い枠(以下、画面)に曲名が表示された。
『馬鹿にすんじゃねえ』
「なによこれ」
「歌うから邪魔するな」
突如、黒い箱(以下、スピーカー)から爆音が鳴り響く。ルラは驚いて腰が浮いた。無数の楽器を同時に吹き鳴らし叩き鳴らし、それぞれの楽器の長所をそれぞれの楽器の短所で覆い隠すような、そんな音。そう、騒音。
ルラが巷の噂から想像していたカラオケとは、かけ離れていた。曲というものはもっと上品で優雅なもの。静かに流れる演奏の中で、紅茶を楽しみながら談笑したり、時には目を閉じて演奏に聴き入ったり。その旋律は、大自然の中の鳥のさえずりや、草木の間を走り抜ける風の音と同じなのだ。決してこんな騒音のことなどではない。
こんな不快な音に包まれて、一体何を始めるのか。もしかしてカラオケという設備が故障したのではと思い、ルラはリヒトに目を移した。
しかしリヒトに動じた様子はなく、手には変な棒状の物(以下、マイク)を持ち、それを口に近づけた。
そして、歌った(?)
努力をしても報われない。失敗ばかり。仲間からは後ろ指をさされる。馬鹿にすんじゃねえ。俺がいけないのか。違う。仕事が悪い。仲間が悪い。上司が悪い。社会が悪い。世界が悪い。いつか見返す。笑ってられるのも今のうち。いつかは俺が笑う側。おーいえー。
要約するとそんな内容だ。
リヒトの声はマイクを通じ、スピーカーから何倍もの音量に増幅されて飛び出していた。目の前の四角(以下、モニター)に歌詞が表示されていたからルラには内容が分かったが、正直、がなり立てるようなリヒトの歌声は言葉として認識できなかった。
しかし、騒音のような演奏に、ある意味で調和のとれた歌唱だったとも言える。
歌い終わったリヒトの額には汗が浮かんでいた。
「もしかしてギルドのみんなに言われてること、気にしてるの?」
え、なんで? みたいなキョトンとした表情でリヒトはルラを見返した。それから質問の意味が分からないという風に首を傾げて、リモコンを手に取った。続けて歌うつもりらしい。
さっきの歌とリヒトの想いは別物なのだろうか。ルラは困惑しながらも、自分にとっての本題に入ることにした。
「今回の失敗ってさ、けっこうヤバかったの?」
リヒトはリモコンを操作する手を止めた。
「ヤバいわけではない。が、暗殺者としては真逆のことをやった」
「どういうこと?」
「暗殺対象の命を助けた」
「どういうこと?」
「なんなら共闘した」
「だからどういうこと?」
「暗殺対象は馬車で移動中の商団の中にいたんだ」
「まあ良くあるパターンだね」
「その商団が道中、ゴブリンどもに襲撃された」
「ラッキーじゃん。どさくさに紛れて暗殺対象をヤれるじゃん」
「……それってさ、プロとしてどうなんだろうな」
「どういうこと?」
「ほっとけば商団の中に犠牲者が出るだろう。そうなれば暗殺対象が巻き添えで死ぬ可能性も高くなる」
「だからそれがラッキーじゃん。誰も見てないんだから。自分の手柄にして適当に報告しとけばいいんだよ」
「それってさ、暗殺なのか?」
「どういうこと?」
「そんな結果オーライなやり方で、胸張って暗殺しましたって言えるのかな」
「胸張って言うことじゃねーし。てか、え、もしかしてそれで助けに入っちゃったわけ?」
「そうだ。あの暗殺対象はあくまでも俺の手で仕留めるのが筋だからな。どさくさで死なれてはいけない。ましてや、どさくさで死なれたと仲間に思われるのはもっと良くない」
「まあ……あんたらしいわ。とにかく綺麗な任務遂行にゴブリンどもが邪魔だったってことでしょ。ただ、百歩譲って暗殺対象と共闘するのはいいよ。でもなんでそのあとで暗殺しなかったのよ」
リヒトは遠い目をした。
「短い間だったが、あいつはさ、命を賭けた戦いの中で、背中を預けあった戦友なんだ」
「……」
「それを、ヤれって?」
「ヤれよ」
「いや、だけど作戦変更はしなくてはならないだろう。無計画に襲うのは俺のポリシーに反する」
「……」
「だから次の日にヤることにしたんだ。これは本当だ。本当だって。しかしどういうわけか状況が依頼主に筒抜けで、その日のうちに依頼キャンセルの通知を鳥が運んできたんだ」
「普通に任務失敗だね」
「失敗はしていない。作戦が一日延びて、それを依頼主が良しとしなかっただけだ」
「はぁ、そのケースだと報酬は当然貰えなかったでしょ。前金の依頼料だって大した額ではないでしょうし」
「金なら貰った。商団から」
「えー、うそっ、まさか謝礼?」
「暗殺対象はもちろん、他の誰も死なせなかったからな。全員無傷だ」
「商団ってことは……、結構貰えたんじゃない?」
「本来の報酬の十倍貰った」
「マジでーっ!? やったじゃん! 奢ってよ!」
リヒトは大きくため息をつくと、途中で止めていたリモコン操作を無言で再開した。画面に曲名が表示される。
『お金よりも大切なこと』
「だから何なのよこの歌」
リヒトは熱唱した。
リヒトが歌い終わったのを確認して、ルラは両耳から指を抜いた。
「まあなんとなく、あんたの暗殺にかける思いは理解してるつもりよ」
リヒトは昔からそうだった。暗殺業に対して妙な憧れを抱いているのだ。「暗殺とは芸術だ」と養成所時代に食堂で熱く語っていたものだ。
しかしその凝り固まった美学が足枷となり、リヒトは今まで一度たりとも暗殺に成功したことがなかった。
暗殺成功率ゼロパーセントの男。ギルド内では「不殺のアサシン」と揶揄されている。
そのリヒトがなぜギルドから除名されないのか、そしてなぜ依頼を受注できるのか。これらは盗賊ギルド七不思議の内の二つとされている。
このようにリヒトはギルド内で異質な存在だったが、最近はカラオケ通いという奇行に走り出してさらに注目を集めていた。暗殺を生業にして悩む奴は意外と多い。しかし暗殺できずに悩んでカラオケに通う奴は世界で初めてなのだ。さすがに心配になってルラが様子を見に来たのだが――。
「ストレス発散はできてるみたいだし、まだまだ現役続行ってところかしら?」
「そんなのは当たり前だ」
ルラは小さくほっとした。
「暗殺から足を洗って歌手を目指すのかと思ってたよ」
「そんなものは目指さない。ここに来てるのも仕事が目的だ」
「へ?」
「言わなかったか? 娯楽目的ではないし、ストレス発散が主な目的でもない。あくまで仕事としてここに来ている。だから俺は今忙しい」
言いながらリヒトはまたリモコンを操作した。
『俺の居場所がどこにも無い』
「あんた悩みを溜め込むタイプでしょ」
リヒトは熱唱した。
「仕事ってことはあんたに依頼があったってことよね。ほんと七不思議」
「七不思議?」
「分かった、当ててあげる。ここの店主が暗殺対象ね」
「違う。そもそも依頼内容を教えることなどできん。お前それでもプロか」
「あんたに言われるとヘコむわ」
「とにかく俺は忙しいんだ。これ以上は邪魔だから帰ってくれ」
リヒトはリモコンを操作した。
『独りは寂しい』
「なんなのよあんたは」
リヒトは熱唱した。
「じゃあ仕事の邪魔しちゃ悪いし、帰るわ」
「そうか」
立ち上がったルラは扉に手をかけたところで動きを止めた。それから少し言葉を選ぶように肩越しに言った。
「上手くいくと、いいね」
「当然だ。今までは全て逆にいってしまっていたが、次は必ず成功させる」
「うん。そしたら、そのときは、私が奢ったげる」
ルラが出て行ったあともリヒトは歌い続けた。順調に仕上がっている。計画は完璧だ。
「俺は、勝つ」
勇者がこの世界に持ち込んだカラオケ文化は、特に王侯貴族に大ウケだった。国王は各地でカラオケ選抜を実施させると、決勝トーナメントは王城で行うとした。
かくしてカラオケ猛者たちが王城に集い、その歌声を王侯貴族を前に披露していった。
事件はその時起きた。
ドラゴンの咆哮(以下、デスボイス)部門代表、リヒト・エアレースの歌唱中、その音量に耐えられずスピーカーが落下。ちょうどその下にいた男に直撃したのだ。
男は重傷を負ったが命に別状はない。しかし、その手には毒が塗られた短剣が握られていた。すぐさま近衛兵らに男は捕えられたが、一瞬の隙をつかれて自害を許してしまった。
状況から、男は国王を狙った暗殺者だと断定された。計画の規模から単独犯とは考えられなかったが、男以外の容疑者が見つかることはなく、カラオケ大会は永久停止というかたちで幕を閉じた。
一方、リヒト・エアレースは間接的とはいえ歌で国王の命を救ったとされ、多額の報奨金を受け取ることになった。
そのときの曲は『国王、テメェをぶっとばす』で会場は騒然としていたが、国王は「よいよい無礼講じゃフォッフォッフォ」と終始ご満悦だったという。
ルラは号外を読み終えると、小さく畳んで鞄にしまった。
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