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始まり3

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「兄さん、これで最後?」

「あぁ!」

今日から僕が姉さんと代わり兄さんを手伝い、一緒にお弁当を詰めて冒険者に手渡す。

「行ってらっしゃい!良い旅を!」

第一陣の最後の一人を見送り、兄さんと僕はダイニングに向かう。僕の代わりに妹が姉さんの手伝いを頑張ってくれた様で、テーブルの上はきちんと朝食の用意が整っていた。甘えん坊な妹もちゃんと成長していると知り、嬉しくなった僕が妹の頭を沢山撫でて上げると、妹は嬉しさと照れから顔を赤くする。
姉さんも、僕が兄さんの手伝いをする事で朝食を作る前に道具屋の開店準備を先に済ます事が出来たのよ♪と嬉しそうに話す。
みんなで揃って朝食を食べた後に僕がテーブルの上を布巾で拭いていると、ダイニングの入り口にミアンスファが顔を覗かせた。

「あれ?おはよう、ミアンスファ。どうしたの?」

「あ!おはよう♪グヴァイ。チリュカを迎えに来たの!」

「あ!ミア!おはよー!今鞄取って来るね!」

洗面所で歯を磨いていた妹は、慌てて口をすすぎ2階へ上がって行った。

「今日からお兄ちゃんとグヴァイがいないでしょ。だから私とサーシャとライルで、下の子達を助けようって話し合って決めたの♪チリュカはいつもグヴァイが一緒だったから、きっと一人で広場まで行くのは寂しいだろうって思ったの。それで、今日から迎えに行くねって昨日約束したのよ♪」

ケルンの妹のミアンスファとライルヤアサは、双子の姉弟。サーシャは防具屋の娘で、三人共秋から最上級生になる。武器屋と防具屋は隣同士、僕達の宿屋は通りを挟んだお向かい同士。みんな幼馴染みで仲良しだ。

「そうだったんだ。ありがとう♪」

僕が笑顔でお礼を言うと、ミアンスファは頬をほんのりと染め「私達もグヴァイとお兄ちゃんに沢山助けて貰ったから……っ」と照れ笑いを浮かべる。

「お待たせ~!…行ってきま~す!」

「「「行ってらっしゃい♪」」」

鞄を手に駆け降りてきた妹は、兄さん、姉さん、僕の順に頬に口付けてミアンスファと手を繋ぎ元気良く出掛けて行った。

「さて、グヴァイはこれから兄さんの手伝いだっけ?」

お皿を食器棚に片付け終えた姉さんが振り返る。

「うん」

「じゃあその前に、ちょっとだけ私に付き合ってくれないかしら?」

「うん、良いよ?」

新聞を読みながらワファー珈琲を飲んでいる兄さんを見れば、姉さんの用が判っているのか僕の方を見て「大丈夫、良いよ」と笑顔で頷いた。

「俺の手伝いって言っても急ぐものじゃない。親父の手伝いをしながら待っているから、終わったら宿屋の厨房へおいで♪」

「うん、わかった!」

「じゃあ、行きましょう♪」

どこかウキウキとしている姉さんの後に付いて、ダイニングから隣のリビングへ入る。

「グヴァイの新しい服を縫ってあげたいから採寸をさせて欲しいの♪」

「僕だけ?」

「えぇ、イルツヴェーグへ持って行く為なの♪」

「…服なら沢山持っているよ?」

「全部、兄さんのお下がりじゃない。あれも良いけど、新品の服も沢山有った方が良いと私は思うのよ。だって、イルツヴェーグに住むんだもの!」

イルツヴェーグには父さんと何度か行った事がある姉さんは、いかに王都がお洒落な世界で凄いかを嬉しそうに話してくれるけど、さすがその手は止まらず器用に僕の身長や腕の長さ、更には首回りの太さや長さ等身体中を細かく測っては手際良く紙に書き込んでいった。

「……ヨシ!終わりよ。お疲れ様、グヴァイ。ありがとうね♪」

「もしかして、昨日沢山布を買ったのはこの為?」

「えぇ、勿論♪」

これからどんどん背が伸びるから、全部今よりも少し大きなサイズでパジャマやシャツやとにかく色々沢山用意してあげるからね!と裁縫が大好きな姉さんは嬉しそうに言う。
僕自身よりも行く事を疑わず、準備を始めていてくれた姉さんの優しさに僕は涙が溢れそうになった。

「……ありがとう、姉さん」

でも、泣いている所を見られるのは何だか恥ずかしかったので、僕は慌てて姉さんに背を向けてリビングを出た。
少しだけ早歩きで廊下を通り抜けて、裏口から中庭に出る。そして服で涙を拭ってから、僕は厨房に通じる貯蔵庫の扉を開けた。すると、貯蔵庫では従業員のカンチェさんが棚に置かれた野菜をカゴに入れていた。

「あ、おはようございます、カンチェさん!」

「やあ、グヴァイ。おはよう♪……あぁ、そうだ!卒業おめでとう♪聞いたよ、推薦状を貰ったんだってね!さすがギドゥカの弟だ!」

「ありがとうございます♪」

カンチェさんは、焦げ茶色のモフモフの毛に覆われた二足歩行のオコジョ(♂)。年は今年で26才、絶賛お嫁さんを募集中。背は一族の中では長身らしく165ミルcm(平均が160前後なんだって)。チャームポイントは丸い耳とピンと真っ直ぐに伸びた黒い髭と言っていた。性格は明るくて陽気、歌って踊れる料理人さん。(この前食堂に用が有って入ったら、本当に歌って踊りながら料理を作っていた!)モフモフの丸い手で器用に魚を捌く姿は鮮やかなんだけど、いつ見てもどうやって包丁を握っているのか不思議でならない。握っている手を見せてってお願いしても「極秘!」って言って絶対に見せてくれない。
陸上に生きる一部の哺乳類の中には、同じ種で獣型と人型が存在する。彼等が言うには似て非なる種族で、頭部と尻尾だけが獣で他は人型を獣人族と呼び、生まれた時から獣の姿だけど、二足歩行をし言葉を交わす者達を獣族と呼ぶのだそうだ。ただ世間一般では、全て獣人族と一括りに言われている。だけど、野山にいる野生の兎や鹿、食用のバウトゥーバには獣人族も獣族も存在しないのが何故だろう?と学舎で習った時に僕は思った。けど、まあ、もしいたら食用としては存在もしないだろうとも思う。

「中でギドゥカが待っていたよ」

「うん、今日から兄さんを手伝うんだ♪」

「そっか~、グヴァイは良い子だね♪」

カゴを持たない空いている手でカンチェさんは僕の頭を撫でてくれた。僕は誉められた事に照れ笑い首を竦める。
「中庭のハーブを摘んでくるね」と言うカンチェさんと別れ、貯蔵庫から厨房に入ると兄さんが大きな魚を捌いていた。

「お待たせ、兄さん」

「あぁ、これ捌き終えるまでちょっと待っててくれ」

「わかった~」

カウンター横の跳ね板の下をくぐり食堂側に出て、僕はカウンターの椅子に腰掛け兄さんの包丁捌きを見つめた。

「……そう言えば父さんは?」

いつもなら父さんが夕食の仕込みをしているのに、カンチェさんと兄さんがやっているなんて珍しい。

「あぁ、さっき村長に呼ばれて出掛けて行った」

「そうなんだ」

父さんやカンチェさん程早くは無いけど、兄さんも魚を捌くのが上手い。その手際に僕が釘付けになっていると、兄さんが笑った。

「そんなに見つめていると目玉が落ちるぞ?」

「え~?だって、僕も兄さんみたいに捌ける様になりたいんだもん!」

「グヴァイは本当にギドゥカが好きだよねぇ」

中庭で野菜を洗い終えたカンチェさんが笑いながら戻ってきた。

「うん!」

兄さんが捌いた魚をカンチェさんが更に切り分けてバットに入れて行く。…やっぱりどうやって包丁を持っているのか何故か良く見えなくて判らない。

「お待たせ、グヴァイ」

手を洗い、エプロンを片付け兄さんがカウンターから食堂へ出てきた。

「じゃあ、行こうか♪」

「え?」

宿屋のリネンの交換や掃除を手伝うのかと思っていたら、兄さんは僕を連れてそのまま外へ出た。

「兄さん?」

「釣りに行こう、グヴァイ!」

「釣り!? え?でも…、掃除とかは良いの?」

「あぁ、昼ご飯の後から始めてちょうど良いんだ。だから、夕ご飯のおかずを釣りに行こう♪」

今はまだ朝の8時半過ぎ。他のお店はこれから開店準備をする時間帯。だけど、うちの宿のお客さんは殆んどが冒険者の為、みんな遅くても8時ぐらいには出発して次の目的地へ向かったりうちを基点に1日中ギルドをこなしたりする。
特にまだ春が終わりきらない今の時期は、寒い山に薬草は殆んど生えてきていないし魔物や魔獣もあまり出ない。この地方のギルド依頼が少ない為に宿泊客も当然少ない。
僕は、一番忙しい夏と冬の長期休暇の時にしか宿のお手伝いをした事が無かったので、暇な時期がある事を知って驚いた。
兄さんは、宿の裏手にある物置小屋から釣竿を2本と網とバケツを取り出した。

「タリーウ川の春ナフクを釣りに行こうか」

「え!?遠くない?お昼に戻って来れないよ?」

「飛んで行くから直ぐだよ♪」

昨日卒業したからグヴァイももう飛行して大丈夫なんだぞ?と笑われた。
例え学舎を卒業済みでも、15才以下の子供の単独飛行は禁じられている。けど、16才の兄さんが一緒なら僕も飛行して大丈夫だった事を思い出し、少し赤面しつつ僕も一緒に笑う。
歩いて行くと軽く二時間以上掛かる所を、子供の飛行力でも一時間程で着けるので、やはり飛べる事がいかに楽で凄いかしみじみと感じた。
今日は風も柔らかく、良い天気のおかげでとても飛びやすかった。それでも僕にとって久々の長距離飛行なので、兄さんが途中休憩を挟んでくれて休みながら飛んで約一時間半程で目的地に到着した。

「疲れていないか?」

「全く問題無いよ♪」

釣り道具は兄さんが全部持ってくれて、僕は自分の水筒と釣り餌が入った鞄だけだったので、とても楽に飛ぶ事が出来た。

「タリーウ川なんて一体何年ぶりだろう?」

妹が生まれて直ぐの頃に行われた宿屋の改装工事で、1ヶ月程宿屋がお休みだった時にみんなで馬車でピクニックに来て以来かな?と釣りの用意をしていた兄さんに聞くと、兄さんは笑顔で頷いた。

「お前まだ小さかったのに良く覚えていたな」

「家族みんなで出掛けた事が殆んど無いから覚えていただけだよ」

兄さんから釣竿を受け取り、僕達は並んで岩の上に腰掛けた。

「ナフク釣れたら母さんにフライにしてもらいたいね♪」

ナフクは小型と中型の間位の大きさの魚で、初夏に産卵をする。だから今メスは子持ちだ。そしてオスも脂が乗っていて、今の時期は塩焼きでもフライでも大変美味しい。

「そうだな、沢山釣ろうな♪」

「うん♪」

今日は本当に良い日の様だ。釣糸を垂らせば直ぐに浮きが下がり、意図も簡単にナフクがどんどん釣れた。まだ一時間位しか経っていないのに、バケツの中はいっぱいになったのだった。

「凄いね~!今夜いっぱい食べられるね!」

「本当だな♪」

兄さんは持ってきていたノーム族特製のバヌレムの箱にナフクを移し、新しい川の水を入れて保冷の魔術式を展開した。

「さて、帰るのにも良い時間だな♪行こうか?」

「うん!」

兄さんと手を繋ぎ、また一時間半かけてのんびりと村へ戻った。

「ただいま~!」

家に着くと、母さんが台所でお昼の用意をしていた。

「おかえり♪いっぱい釣れた?」

「うん!ほら見て、母さん!」

バヌレムの箱いっぱいのナフクに、母さんも驚きの声を上げた。

「凄いわね!みんなで食べきれるかしら?」

「たぶん無理だろうから少し宿の方で使ってよ」

兄さんの提案に母さんは手を叩いて喜んだ。

「あら、それ良いわね♪じゃあ、小さいのを選り分けて宿用に頂戴な♪」

宿の食堂は、夜だけ村の飲み屋としても営業をしていてナフクの様なおつまみに最適の食材はとても重宝される。きっとそれが解っていたから、兄さんは目一杯釣ったのだろう。
兄さんと僕で家族用に大きめのナフクを選り分けて母さんに渡し、兄さんは姉さんを呼びに隣の道具屋へ行き、僕は残りのナフクを持って宿屋の厨房へ向かう。
厨房では、仕込みを終えたカンチェさんがのんびりとお昼を食べていた。

「お帰り、ナフクはいっぱい釣れたかい?」

兄さんからタリーウ川に行く事を聞いていたのだろう。

「うん!ほら見て!僕達家族だけじゃ食べきれないからこっちで使って!」

「こりゃ凄い!そっち用を引いてもこんなに!?いっぱい連れたんだね~♪」

「うん!……あ、母さんがこれはカンチェさんにって♪昨日、父さんの代わりに夜食堂を切り盛りしてくれたお礼だって!」

僕は宿屋用にバットに入れたナフクは冷蔵庫に入れて、保冷の魔術式を掛けた袋に入れたナフクをカンチェさんに手渡した。家用に大きめを選り分けてた中で、丸々と太ったナフクを魚が大好物のカンチェさん用に母さんが袋に入れたのだ。

「うわ~!良いの!?しかもこんなに沢山!?…嬉しいなぁ!俺、春ナフク大好きなんだよね~!今夜の楽しみが出来たよ♪ありがとう!」

父さんと交代で帰るカンチェさんは、袋を鞄に仕舞いながらどう調理して食べようかな~♪と言いながら満面の笑顔のままお昼を食べていた。
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