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ファオフィス7

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一つ前のファオフィス6の内容と少し時系列にかぶりがあるので、順に並べ直して載せ直した方が良いのでは?と思うのですが、どの様に並べ直したら良いのか上手く思い付かず結局1話更新と言う形で載せてしまいました。
読み難いかも知れません。本当にごめんなさい。


――――――――――――――――――――――――



「グヴァイ!」

「あっ!セユンさん!」

ヤフク付きの侍従に連れられ暁天の間に着くと、入って直ぐの所で他の騎士達と話しているセユンさんが僕に気付き、手を振りながらこちらへと歩いてくる。

「元気だったか?」

「はい!!セユンさんもお元気でしたか?……あ、すみません。先に預けてきちゃいますね」

「あぁ」

なんと、この大広間は王宮内に数有る広間の中で土足は勿論の事室内履きでの入室も禁止されていて、素足又は靴下履きでしか駄目と決まっているのだった。
よって、全員入り口で履き物を脱ぎ専用の袋に入れて入り口に控えている王宮の侍従に預ける。
僕も袋を侍従に預けて入室。ちょっと緊張しながらそっと毛皮の上に足を乗せれば、真冬仕様の厚手の靴下越しでもその柔らかさと温かさを感じる上質の感触がする。

『うわぁ!なんて柔らかくて気持ちが良いんだろう♪』

感触を楽しみつつ改めてセユンさんの目の前に立ち「お待たせ致しました♪」と軽く頭を下げると、僕を見てセユンさんは少しだけ驚いた表情となった。

「?」

「……2ヶ月振りぐらいかな?」

「それ位かも知れないですね。……どうしたんですか?」

セユンさんの呟きに近い質問に、首を傾げながら僕はそう返事をする。

「うん、見ない間に背が伸びたなぁって思ってさ♪」

にこにこと笑顔を浮かべ、セユンさんは僕の頭を優しくぐりぐりと撫でた。
確かにこの前お会いした時の僕は、セユンさんの太股の付け根辺りが目の高さだった。けれど、言われてみて今は丁度おへそに目線が届いている事に気が付く。

「本当ですね!……ふふっ。嬉しいなぁ」

ヤフクを含め、周りの同級生達との身長差は殆んど無いのでそんなに自分自身の身長を気に止めてはいなかった。
一体何シムcm伸びたのだろう?と思い、新学期の始めに行われる身体測定が楽しみになり、頬が揺るみついつい笑顔となる。
すると、何故かセユンさんの周りにいた騎士達が突如ざわめき出した。

「………っ!? おい!セユンっ!この子、本当に男の子なのか!?」

「えぇ。正真正銘男の子ですよ。以前、全身を拭いてあげた事がありますしこの目でも見ていますから間違い有りませんよ」

「この肌の白さに華奢で可愛いらしい見た目だけでも充分ヤバい気になりそうなのに……。マジで男なのが勿体無ぇ………。ってか、お前。全裸見てるのか…………ゴクッ」

「俺、この子なら男とでも有りって思いそうになる……」

「俺も……」

「言っておきますが、この子はまだ8才の子供ですし私の弟の様な存在ですから。変な気を起こしたら、……消しますよ?」

「「「!? ………肝に命じておくからっ!その笑顔と掌の術式を止めろっ!!」」」

全員大変背が高い方々の為に、僕より遥か頭上で何やらセユンさんと騎士達が小声でやりとりをしている。けれど、今いる入り口付近のざわめきも交じり全く聞き取れないでいた。
すると突然、セユンさんから一瞬どす黒い気配が漂い魔術式の発動を感じた途端、そばの騎士達全員が小さく息を飲んで何やら叫び深く何度も頷いている。

「?」

頭上の変な光景に僕はただ首を傾げるしかない。

「ごめん。気にしなくて良いよ。さあ、何時までもこんな所に立っていたら身体が冷えて風邪を引いてしまう。向こうへ行こうか」

そんな様子の僕に、ふと下を見て気付いたセユンさんは、とても良い笑顔を見せながら僕の背を優しく押して広間の奥へと歩き出す。

「? はい……」

一体何だったのだろう?と思いながらそっと振り返れば、何故か青ざめて固くぎこちない表情と動きで他の騎士達も後へと続く。

「???」

訳が解らず一層謎が深まってしまった……。

毛足が長くフカフカな茶色と白色の色合いの毛皮が床一面に敷き詰められている中をセユンさんに連れられてどんどん奥へと進む。
ふわりと優しく暖められた室内に、暖かい色合いの壁紙も相まってとても居心地の良さそうな雰囲気に包まれ、堅苦しい王宮の広間と言うよりちょっとだけ広大な民家の居間の様だった。
でも、僕の知る民家の居間ともやはり違う訳で、広間のあちこちにはかなり高さの低いテーブルや沢山の大きなクッションと綺麗に畳まれた毛布が置かれているだけでソファも椅子も一切存在しない。
窓も天井まで伸びる巨大な物が東側にのみ付けられていて、なんとも不思議な空間である。

「あぁ、良い所が空いている♪」

そう言うセユンさんに付いて大窓に近い壁際の所まで来ると、やおら彼は毛皮の上に直接腰を降ろしたのだった。

『え!?絨毯の上にそのまま!?……え?良いの??』

王宮に滞在するにあたってヤームさんから教わった作法では、謁見や特別な意味合いがある時等は別として本来床に直接座る事はとても行儀が悪いとされている。
でも、一緒に居る騎士達も皆同じ様に座って寛ぎ始めて行く。
かなり驚いたし戸惑う気持ちが強いけれど、セユンさんの様子からここではそう言うものなんだと思い直す。
だから、僕もみんなに習いセユンさんの隣に腰を降ろした。

『うわぁ!なんてフカフカなの♪』

長い毛足の触り心地はふわふわフカフカ。壁際に沢山置かれたクッションに寄りかかり包まれる様に座れば、毛皮の暖かさから身体がふんわりと温まって来て更に気持ちが良い。
まだ日が暮れたばかりで夕食も食べていないのに、今日は明日の為に夕方まで忙しかったから、その気持ち良さから気を抜いたらそのまま寝てしまいそうだ。

「両陛下並びにヤフグリッド様がいらっしゃるまでまだ時間が有るから、グヴァイは俺達と一緒に待っていような」

「はい。有難うございます」

出そうになるあくびを噛み殺しつつ、僕はセユンさんと他の騎士達へ「ご一緒させて下さり有難うございます」と軽く頭を下げた。
そんな僕に皆、優しい笑顔を見せながら微笑む。

『良かった。先程までの変な空気は無くなった様だ』

和やかな雰囲気にホッとしつつふと周りを見渡せば、やはり子供は僕だけの様子。
離れた所に同じ寮や他寮の先輩方が何人か居るけれど、顔は知っていても話した事が無い方達ばかりだ。
それもそのはずで、ここに集まっているのは今日と明日に勤務が入っている近衛騎士達と王宮及び王都警備の騎士達、それに騎士専攻で来年の卒業後はそのまま直ぐに騎士隊へ入る事が決まっている一部の先輩方だけ。
ナウンとザイクは騎士専攻だけど、入隊はしないと聞いているからこの場には居ない訳だ。

『ってか、セユンさんまだ彼女いないんだ……』

ついちらっと横目で騎士達と談笑しているセユンさんを見てしまう。
その理由は、今夜の勤務者達(ソイルヴェイユの先輩達は除く)はほぼ全員独身の男性のみと決まっている。とヤフクが言っていたからだ。(同じ様に独身の女性騎士達はまた違う広間で女性のみで集まっているそうだ)
何故なら、新年は家族や恋人と共に迎え1日を過ごす事が当たり前となっているので、かなり寂しい独身者か事情が有る者が今夜と明日の勤務にあたる事と決まっているのだった。
……では、何故その者達が警備にあたらず広間に集まっているかと言うと、そこにはかけがえの無い1人の命のおかげだからである。

『リータンリャシャ様、トゥーリャファシャ様、今僕がこの世に生きていて沢山学べているのは、全て貴方様方のおかげです。明日は絶対にこの想いがお2人に届く様に舞います。どうか届きます様に……』




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「ヤフク……」

どうにも今の感情のままでは舞いきる自信が持てなくて、僕は舞の途中だったけれど足を止め双剣を鞘に収めた。

「どうした?」

僕の様子に軽く首を傾げながらヤフクも舞を止め剣を収める。

「僕さ、舞ってこの風舞しか知らないけどさ」

「うん」

「型は複雑だけど、その動作の一つひとつが美しくて凄く感激するんだ。なのに、最近は舞っている内にどうしてか段々と悲しい気持ちになってきちゃう。僕、感性が変なのかな?」

一人でさらっている時には特に感じ無いのに、ヤフクと共に練習を始めて4日目。
何故か辛く悲しい思いになってきて舞終わりの頃には気を抜くと締め付けられた胸が苦しくて涙が零れ落ちてしまいそうになる。
でも、終わって剣を仕舞った途端に悲しみは霧散して普通に明るい気持ちに戻る。
だけどヤフクと舞出せば、何故か同じ感情にまた捕らわれる……。
やっと段々と揃う様になってきたのに、原因が判らなくてただただ辛い。

「……そうか。グヴァイはまだ王史第1節は習っていなかったな」

「王史第1節?」

サーヴラー国の歴史なら初等学舎で簡単に習っているけれど、ヤフクの言葉の音色からそれとは違うようだ。

「あぁ。王家の歴史書で、第1節は始まりが書かれている」

「始まり……」

「恐らく、ソイルヴェイユでは来年とかには教われるのじゃないかな」

ヤフク達王族は5才の誕生日に風舞を習い出す際に風舞の由来として王史を一緒に教わるのだそうだ。
王史は隠す事では無いので、僕達一般人も高等学舎で習ったり本屋や図書館へ行けば書かれた本を手にする事が可能。と言う。

「舞を始める前に、最初に教えておけば良かったな。休憩がてら話すよ」

王史第1節を教えてもらう事で悲しくなる原因が判るものなの?と内心不思議に思ったけれど、確証有っての発言なのだろうから僕は黙ってヤームさんの所へ歩き出すヤフクの隣を歩く。
ヤームさんは離れているから会話なんて聞こえていなかったにも関わらず、お茶の支度を整え終えた状態で待っていた。
ヤフクとは対面に座り、僕は香りの良いシーフル緑茶を一口飲み先程から続く悲しみと寂しさに似た感情を落ち着かせる。
そんな僕を見ながらヤフクも一口飲み、傍らに置いた風樹を優しく撫で話し出した。

「サーヴラー国はな……」

今でこそこの国の領土は北に細長く南は大海へと開けた国土を有し、隣国の他種族と良い関係を築いている。
しかし、初代王の時代には強い魔物や魔獣。そして魔人族に大型の他種族に追われ国はおろか故郷すら持てない放浪の民だったのだ。

「そもそも今から2000年以上前のあの時代は国を持つ種族は少なく、魔力が強く長命な種族が魔力が弱くて短命な種族を蹂躙し支配し使役するのが当たり前とされていた。風の精霊の力を持つサーヴラー人は短命だが魔力は弱くはなかった。だが、数が圧倒的に少ない上この背の羽の美しさを狙われ、追われる側の種族だったのだ」

身を寄せ合い隠れながら放浪する中で、漸く得た新たな居場所現王都となる巨木に辿り着き、その巨木に住み着いていた古竜からの助けも有って国を興すも他種族から狙われる事は減らず、ずっと戦乱が絶えぬ落ち着かない日々が続いた。
それを憂い悲しんだ双子の初代王の1人・リータンリャシャ様は「新たなる棲みかを得て間もなく新年を迎える!だが、我等に心安らぐ時は少ない。年が巡り新年を迎えるはどの種族にとっても平等に起きるもの。ならば、せめて新年より2日間だけでも心に安寧ある一時を国民が過ごせる様に私は心より切に願う!!」と己の命を贄として差し出し、その力を持って6種全ての聖霊王と命約を交わし巨木に強大な結界を張ったのだった。
この命約により、新年を迎える前日の夜半から明けての2日間だけは如何なる力を持つ種族であっても巨木に住まうサーヴラー人に害を成す事は絶対に出来なくなったのであった。
その後も続いた他種族間との戦乱中も、そして時を経て秩序有る世になっても命約は今も尚守られ続けている。

「……いくら、リータンリャシャ様自身が不治の病に侵され幾ばくも無い命と解り、自身の意思で命と引き替えに望んだ願いであっても、……残されたもう一人の王、トゥーリャファシャ様の心は計り知れない程の深い悲しみに包まれたのだそうだ」

住み慣れた故郷を追われ、放浪の途中で両親を含め多くの命を失っても風の精霊に愛されし双子であった為に悲しみを心の奥底に封じ、残る仲間を新しき地へ導き幸せと平安を築き上げなければならなかった。
独りでは決して耐える事も乗り越える事も難しい苦難の道を、双子で在ったから支え合い進む事が出来た。
いくら、近い将来訪れる別離である。と判っていてもまだ直ぐではなくもう暫くは共に歩み必ず看取れるだろうとトゥーリャファシャ様は思っていた。
だから、突然独りにさせられた現実を数年間受け入れられなかったと記録が残されているとヤフクは言う。

「記録には、リータンリャシャ様の決断と決行をトゥーリャファシャ様は全く存じ上げなかったと書かれていた」

「そんな……。何故?」

「判らない。だが、リータンリャシャ様の物であったこの空樹を使い精霊王へ命を捧げたそうだ。グヴァイの感情が揺さぶられているのはもしかしたらリータンリャシャ様の最期を見ていたこの双剣がお前に何かを伝えたいからなのかも知れないな」

「…………」

ヤフクが教えてくれた内容、それに『何故僕なの!?』と言う思いに正直動揺して、僕は言葉が出なかった。

「恐らく、王族である俺と同じ年で似た背格好、そして風の子として精霊から見守られている所が空樹にはまるでリータンリャシャ様の様だと感じているんじゃないかな」

そう言うヤフクの言葉にハッとして、傍らに置いていた空樹を無意識に撫でていた僕は、改めて双剣を見つめる。

「……そんな、まさか。見た目は全然似ていないのに?」

教科書に載っていた初代王達の絵姿は、金の髪に濃い紫の瞳と褐色の肌だった。

「見た目、では無く恐らくグヴァイの持つ魔力や雰囲気が似ているのかも知れないな。2人揃った時にだけと言う事は、空樹と風樹が呼応し合っているのだろう」

双剣の空樹と風樹が僕等をリータンリャシャ様の様だとそう捉えたのかどうかは判らない。ヤームさんは僕の様な感情に捕らわれた事は無いと言う。だけれど、僕がヤフクと共に舞うと起きるのだからヤフクの言う通りなのかも知れない。
風舞がサーヴラー国を支え続けた風の精霊への感謝の舞だけでなく、リータンリャシャ様とトゥーリャファシャ様の鎮魂の意味も含まれている。って事は解った。
僕が習った歴史は、初代王は双子でその2人の王が国を造り民を安寧へと導き今の形が有るとあった。
その内の1人がまさか造り上がる前に己の命を捧げて国民と王都を守っていただなんて……。

「教えて貰えて助かったよ……」

そう呟き、両手をぐっと握りしめる。
僕は、今日までサーヴラー国を守って下さっている風の精霊へ感謝を込めて練習を行っていた。
でも、今からはサーヴラー国を想い国民を守って下さっている初代王達への感謝を今まで以上に心を込めて練習し本番に望みたいと強く決意する。

「ヤフク。もう一回始めから舞直したい。付き合ってくれないかな?」

「おう、良いぜ♪」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「グヴァイ?……どうした?眠くなったか?」

「え!?」

いつ来たのか、隣にはヤフクが座り僕を心配気に見つめていた。
明日の事を考えている内にぼうっとしていた様だ。

「ごめん。ちょっと考え事してた。いつの間に来たの?」

「今しがただ。声を掛けても隣に座って手を振ってみても反応しないから、目を開けたまま寝ている魚みたいな奴だなと思っていたぞ」

「魚って……」

にやりと意地悪な笑い方をして僕をからかうヤフクは、先程まで両陛下と共に居たのが判る豪奢な出で立ちだった。

「もう、僕と居て大丈夫なの?」

「あぁ。用は済んだ。さあ、夕食にしよう!」

ぼんやりしていたのとヤフクに驚いていたので、目の前のテーブルの上に所狭しと料理が置かれていた事に今更ながら気付く。
恐らく、両陛下とヤフクが来室されたタイミングで料理が運ばれて来ていたのだろう。
今夜は無礼講との事で、セユンさんや他の騎士達はもう先に飲み食いし始め笑い合っている。
並べられている料理は、月宮で出されていたコース料理ではなく大衆食堂で並ぶ様なおかずばかりでしかも大皿にドンっと盛られている。
それ等の中から好きな物を皿によそって好きに食べて良いなんて、なんて楽しいのだろう♪

「これ食べ終わったら、俺達は隣室で少し寝るぞ。そして夜明け前に起きて一緒に初日の出を見ような♪」

「わかった♪」

サーヴラー国内で人が住める場所として一番高い王宮から初日の出を見れるだなんて……。
ソイルヴェイユで寝起きし始めた時と同じくらい僕の胸は高まっていった。
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