アノンの涙

maruko

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 アノンには、ハイザード王国に来た時から、外出時には必ず護衛が付いている。
 平民の分際で護衛など、と一度抗議をしたことがあったが、あっさりアイジェットに論破されてしまった。
 外交を担う者の家族は、それだけで誘拐などの危険が付き纏うのだと言われた。外交とはイコール国同士の交渉でもあるのだそうだ。
 特に、その時アノンを養女にしてくれた、リジッド・サージスはハイザード王国を拠点に、あちらこちらの国を飛び回っていたこともあり、スカイナにとってもハイザードにとっても、重要人物であるし、ましてや養女にした娘は元孤児(ということになっている)だ。簡単に拐かされてしまう。
 アイジェット曰く用心に越したことはない、と言われればアノンに反論の余地はなかった。
 だけど、どうしても気になってしまうから、せめて隠れて密かに護衛してもらえないだろうかと、我儘を言って見た。
 それからは、影のようにアノンを守ってくれている。
 だから、内勤のジュノンの養女に変更になった時、もう一度護衛を断ろうとしたのだが、今度の理由は、優秀な補佐官ジュノンの娘のアノンは、格好の標的だと言われてもう反論する気力も持てなかった。

 それでも再度、できれば目に入らない位置でお願いしたいとまたもや我儘を言ってそれは了承された。

 常から付く護衛を、アノンは気の毒に思っていた。平民に付かなければならない護衛の方が、絶対にアノンより身分が上に思えたからだ。だからアノンは外出時は、なるべく彼等を振り回さないように、目的地以外には行かないように心がけていた。

 だが今日は違った。
 アノンはとっても浮かれていた。
 嬉しくて楽しくてしょうがなかった。
 原因は隣にいるルートに間違いない。

 彼は馬車を拒み、二人で歩きながらの散策を希望した。

 アノン自体が、この国に住んで6年は経過しているが、目的地以外の外出を控えていた為、王都だとしてもあまり詳しくはない。大使館から道なりに、賑やかそうな所を目指して歩き始めた二人。
 ルートに対しては、巻き戻り前も今度の人生でも、アノンには寡黙なイメージがあったのだが、彼はよく喋った。
 文通をしていた時、よく題材として送ってきていた、家族の話を只管話してくれた。
 手紙の時も思ったが、アノンには兄弟がいない為、ルートの書く兄妹とのやり取りが、アノンには新鮮でそして楽しいものだった。
 今も、ルートは「兄上が」「妹が」とアートとルティアの話をしてくれる。主に彼らの失敗談やルートへの困った要望などだったが、アノンはずっと笑っていた。

 (私も弟妹がいたら、もっと違っていたのかしら?)

 そう思った時、アノンの脳裏にマチルダの顔が浮かんでしまった。

『お義姉様と呼んでもいいかしら?』
『どうして呼ぶのを快く了承してあげないの?』

 序に浮かんだ、ミネリタの非難の声とともに、マチルダとの初めての対面での会話まで思い出し、思わずアノンは楽しい気分が霧散した。

「どうした?アノン」

 今まで笑顔で相槌を打っていたアノンが、急にその顔から笑顔が抜け落ち、眉間に皺まで寄せている。ルートは驚いて何か不快な話をしてしまったかと慌てる。

「何か嫌な話をしてしまったか?」

 ルートの言葉に慌ててアノンは首をブンブンと左右に振った。

「違うわ!ルートの話はとっても楽しいわ。ただ私が嫌な事を思い出しちゃっただけなの。ごめんなさい」

 必死に否定しているアノンの頭をルートは優しく撫でた。

「そんな嫌なは捨ててしまえ。楽しい話で上書きするんだ!俺の話は楽しいか?」

 ルートの言葉にアノンが笑顔で頷く。その笑顔もまだ少し引きつっているようだが、ルートは構わず「じゃあ続きだ!」そう言って、今度はハウケン伯爵と夫人の失敗談を話し始めた。

 アノンは、脳裏に出てきたマチルダとミネリタを、もう一度首を振って「消えてしまえ!」と願う。それからルートの話に耳を傾けながら、家族の話を面白おかしく話すルートの声に釘付けになっていった。


 ルートは、自分が兄妹の話をしたせいで、アノンがマチルダを思い出したことに気付いていた。アノンがルートの事を呼び捨てにしたことで気付いたのだ。先程まで、アノンはルート様と呼んでいたからだ。
 マチルダあの女は、自称アノンの妹だと銘打って、自分もルートの幼馴染だと茶会の席で吹聴していた。母メリーヌも交えて、断然抗議を繰り返し、茶会で否定しまくったが、今思い出しても腹が立つ。
 そんな対応が不味かったと知ったのは、アノンが飛び級制度を利用しようと思うと、ルートに打ち明けたときだった。

 マチルダが茶会の吹聴していた件で、令嬢達に嫌われまくってしまって、学園に居場所が無くなって、アノンに付き纏っていると聞く。

 あの時、もっと上手くやればよかったと後悔した。

 そんな事を思い出したルートもまた、マチルダの顔がチラつき、眉間に皺が寄っていた。

 今度の人生では、二人とも、一度も会っていないはずのマチルダに、今もまだ記憶の中で苛まれてしまっていた。

 そんな二人を、馬車から見ている人物がいた。

 第二王子が新王太子になり、王妃の実家の公爵家を継ぐことが決まっているセドリックは、今日はドバジール公爵家へ領地経営の教育を施される日だった。

 公爵家からの帰り道、たまたまそこを通った時に、馬車の中から、以前会った平民が、楽しそうな笑顔でセドリックと同じくらいの少年と連れ立って歩いていた。
そしてその後ろから何故か護衛が隠れるように二人を見守っている。

 その光景も不思議なことではあるけれど、何かセドリックには、それで二人が気になったのではないと思えてしょうがなかった。

 そして、そんな顔をあの対面でされた覚えはないのに、彼女のその笑顔を、セドリックは知っていると思えてならなかった。




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