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10 願い
王宮から馬車を20分ほど走らせた場所に王立学園は建立されている。
入学式の今日だけはリヒトールと同じ馬車でイシュエルは学園に向かっていた。
明日からはそれぞれの馬車を使うようにと言われている。それに不満があるのかリヒトールが未だに愚痴を言っていた。
「どうして別々なんだ!一緒でいいじゃないか!婚約者だからと迎えを強請るなんておかしくないか!?」
明日以降リヒトールは自身の婚約者である、マリエンナと一緒に通う為、ドモンヌ侯爵家に寄る必要があった。
二人が学園に通う為に用意された馬車は4人乗りで、王族用であるから通常よりは広めな車内ではあるけれど6人が乗るには無理がある。
皆それぞれの侍女や侍従を同伴させる為、王妃が已む無く引かせたのはイシュエルだった。だがそれは何もおかしな事ではない。
それなのに、それが決定してからというものリヒトールはそればかりを愚痴っている。
あまりにも執拗いリヒトールをイシュエルは諌めた。それはおそらく数カ月いや1年ぶりくらいに聞くイシュエルの声だった。
「お兄様、マリエンナ・ドモンヌ侯爵令嬢を哀しませないで」
イシュエルはマリエンナが婚約者であるリヒトールを好きな事を知っている。彼女は王子妃教育に城に訪れる度に物陰からリヒトールを見つめていた。ソフィアの様に図々しくも王族の居住する宮の敷地に入る事もなく、ただ声をかけてもらうまで待っているのだ。
その姿が健気でイシュエルは同じ年の彼女に過去の自分を重ねて同情していた。
リヒトールと侯爵令嬢であるマリエンナ・ドモンヌが婚約したのは、イシュエルとカイラスクの王太子との婚約が決まったほぼ同時期だった。
まだこの国では、王太子の選定はされていない。
通常通り行くならば二人の兄カリムトロに決定するはずだった。
だが未だ決まらないのは過去の禍根が原因だ。幼いカリムトロに毒を盛ったのが、隣国カイラスクの王家であると、実しやかに噂が流れた事でカイラスク国王が怒りを表した。その後何とか怒りの矛を収めてもらったが未だにその時の事は燻っている。いつ国交断絶の事態に陥るかわからないまま月日が流れた。
流れ弾ではあるが原因となったカリムトロの立太子にカイラスク王家は難色を示した。
イシュエルとカイラスクの王太子ラムヒルドとの婚約はその事が背景にある。
2国間の禍根を二人の婚姻で払拭しようとブレイド王国から持ちかけたのだ。
今はカリムトロの立太子に隣国から横槍の入らぬ様に慎重に事を進めている最中であった。
だからリヒトールの婚約者は慎重に選定された。
カリムトロが無事に王太子となり子を設けるまではリヒトールは王族に留め置かれる。その時の国の情勢によっては王族のままでいるのか臣籍降下するかも決まっていない。
そんな状態での婚約者選定であるから下手な野心を持ち合わせる貴族ではいけない。
王党派であり忠臣であっても子がそうとは限らない。ソフィアがいい例だった。
ラゼオート公爵は国王が幼少の時から信頼していた臣であったのに、子供のソフィアは自分本意な令嬢である。王子妃教育にも熱心に取り組んでいて国王夫妻もその点は評価しているが、常に自分を一番に見せようと、今は敬う対象である王女のイシュエルにまで張り合うのは些か分不相応である。
そんな令嬢をリヒトールの婚約者には出来ない。選定に選定を重ね、選ばれたのがドモンヌ侯爵家の長女マリエンナだった。
イシュエルは顔には出さないものの二人の婚約を喜んだ。
無表情の氷の王女にも媚びへつらうのではなく自然に声をかけられるマリエンナ。その姿を王妃は評価したのだ。
それなのに当のリヒトールがこの調子だった。
イシュエルはそれが過去の兄に少しだけ重なり、悲しくなる。
あからさまに避けられはしなかったが、兄は自分が守らなければならないと決めた女性が現れると妹の溺愛を解くのだ。
さんざん甘やかせて蜜を与えておいてある日突然突き放したように線引きする。
それを無意識にやってしまうのがイシュエルの輪廻の過去の兄たちだった。
それは兄が妹に対する態度であるなら普通の行動かもしれない。
だが妹は兄を番と認識しているのだからそんな態度を取られれば胸が切なくて苦しむのだ。
リヒトールへの思いは兄妹の情しかないから彼がマリエンナに気持ちを傾けてもイシュエルは何とも思わない。
それが同じ兄でもカリムトロとリヒトールとの違いでもあった。
せめて同腹でなければ⋯⋯過去の自分が何度も思った気持ちだった。
(お願いリヒトール、婚約者を大切にして)
自分とマリエンナを重ねてイシュエルは強く心から願っているのだった。
入学式の今日だけはリヒトールと同じ馬車でイシュエルは学園に向かっていた。
明日からはそれぞれの馬車を使うようにと言われている。それに不満があるのかリヒトールが未だに愚痴を言っていた。
「どうして別々なんだ!一緒でいいじゃないか!婚約者だからと迎えを強請るなんておかしくないか!?」
明日以降リヒトールは自身の婚約者である、マリエンナと一緒に通う為、ドモンヌ侯爵家に寄る必要があった。
二人が学園に通う為に用意された馬車は4人乗りで、王族用であるから通常よりは広めな車内ではあるけれど6人が乗るには無理がある。
皆それぞれの侍女や侍従を同伴させる為、王妃が已む無く引かせたのはイシュエルだった。だがそれは何もおかしな事ではない。
それなのに、それが決定してからというものリヒトールはそればかりを愚痴っている。
あまりにも執拗いリヒトールをイシュエルは諌めた。それはおそらく数カ月いや1年ぶりくらいに聞くイシュエルの声だった。
「お兄様、マリエンナ・ドモンヌ侯爵令嬢を哀しませないで」
イシュエルはマリエンナが婚約者であるリヒトールを好きな事を知っている。彼女は王子妃教育に城に訪れる度に物陰からリヒトールを見つめていた。ソフィアの様に図々しくも王族の居住する宮の敷地に入る事もなく、ただ声をかけてもらうまで待っているのだ。
その姿が健気でイシュエルは同じ年の彼女に過去の自分を重ねて同情していた。
リヒトールと侯爵令嬢であるマリエンナ・ドモンヌが婚約したのは、イシュエルとカイラスクの王太子との婚約が決まったほぼ同時期だった。
まだこの国では、王太子の選定はされていない。
通常通り行くならば二人の兄カリムトロに決定するはずだった。
だが未だ決まらないのは過去の禍根が原因だ。幼いカリムトロに毒を盛ったのが、隣国カイラスクの王家であると、実しやかに噂が流れた事でカイラスク国王が怒りを表した。その後何とか怒りの矛を収めてもらったが未だにその時の事は燻っている。いつ国交断絶の事態に陥るかわからないまま月日が流れた。
流れ弾ではあるが原因となったカリムトロの立太子にカイラスク王家は難色を示した。
イシュエルとカイラスクの王太子ラムヒルドとの婚約はその事が背景にある。
2国間の禍根を二人の婚姻で払拭しようとブレイド王国から持ちかけたのだ。
今はカリムトロの立太子に隣国から横槍の入らぬ様に慎重に事を進めている最中であった。
だからリヒトールの婚約者は慎重に選定された。
カリムトロが無事に王太子となり子を設けるまではリヒトールは王族に留め置かれる。その時の国の情勢によっては王族のままでいるのか臣籍降下するかも決まっていない。
そんな状態での婚約者選定であるから下手な野心を持ち合わせる貴族ではいけない。
王党派であり忠臣であっても子がそうとは限らない。ソフィアがいい例だった。
ラゼオート公爵は国王が幼少の時から信頼していた臣であったのに、子供のソフィアは自分本意な令嬢である。王子妃教育にも熱心に取り組んでいて国王夫妻もその点は評価しているが、常に自分を一番に見せようと、今は敬う対象である王女のイシュエルにまで張り合うのは些か分不相応である。
そんな令嬢をリヒトールの婚約者には出来ない。選定に選定を重ね、選ばれたのがドモンヌ侯爵家の長女マリエンナだった。
イシュエルは顔には出さないものの二人の婚約を喜んだ。
無表情の氷の王女にも媚びへつらうのではなく自然に声をかけられるマリエンナ。その姿を王妃は評価したのだ。
それなのに当のリヒトールがこの調子だった。
イシュエルはそれが過去の兄に少しだけ重なり、悲しくなる。
あからさまに避けられはしなかったが、兄は自分が守らなければならないと決めた女性が現れると妹の溺愛を解くのだ。
さんざん甘やかせて蜜を与えておいてある日突然突き放したように線引きする。
それを無意識にやってしまうのがイシュエルの輪廻の過去の兄たちだった。
それは兄が妹に対する態度であるなら普通の行動かもしれない。
だが妹は兄を番と認識しているのだからそんな態度を取られれば胸が切なくて苦しむのだ。
リヒトールへの思いは兄妹の情しかないから彼がマリエンナに気持ちを傾けてもイシュエルは何とも思わない。
それが同じ兄でもカリムトロとリヒトールとの違いでもあった。
せめて同腹でなければ⋯⋯過去の自分が何度も思った気持ちだった。
(お願いリヒトール、婚約者を大切にして)
自分とマリエンナを重ねてイシュエルは強く心から願っているのだった。
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