最後の人生は⋯。

maruko

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27 郷愁

 そよそよと流れる風の音とチチチと囀る鳥の声、イシュエルに心地良い空間を与えてくれるその音は、イシュエルが踏みしめる落ち葉の音と重なって行く。

 数ヶ月前、修道院に送られたはずのソフィアが、ボロボロの姿で保護されたと王家に報告が入った。
 その時は、その事実はイシュエルには隠されていた。
 彼女にそれを教えてくれたのはマリエンナだった。当事者の彼女にはドモンヌ侯爵家を通じて知らされたらしい。

 学園で拉致されてしまったマリエンナは、それがトラウマとなり、奇しくも犯人が言った“学園を去れ”という脅迫に、図らずも屈してしまっていた。
 そんなマリエンナは現在、そのままイシュエルの宮に滞在して、日々の半日は王子妃教育を受けて過ごしていた。
 そんな彼女に父親であるドモンヌ侯爵が、それを認めて手紙を送ってきたのだった。

 黒幕がソフィアだった事を、マリエンナは静かに受け入れた。薄々わかっていた事を確認した、そんな受け入れの様子だった。

 今ブレイド王国は水面下で派閥争いが起こっている。

 今までは、貴族派と王族派の二大派閥とそれに属しない中立派しかなかった。
 それが今、其々の派閥の中でカリムトロ派とリヒトール派の二つに別れてしまって、中立派だった貴族たちでさえ二つに別れた。

 今はまだ水面下だが、そのうち広がり、それは国の乱れに繋がることは目に見えていた。
 そんな時にソフィアの保護という、とんでもない情報が齎されたのだ。
 しかも彼女は、何かのショックからなのか記憶を失っていた。
 自分がどうしてそんなところにいたのかわからないという。
 そもそもが自分の事すら、よくわかっていなかった。
 彼女が自分の事を語ったとき、“貴族の娘だったと思う”“そんな気がする”と繰り返していたという事だった。

 自分の事を覚えていないからといって罪が消えるわけではない。ソフィアはそのまま当初向かうはずだった修道院に連れて行かれた。ただ、何も分からない彼女を監視する必要と、もしかしたら拉致された可能性もある様子から、隔離するために個室で過ごすだけで、罰を受けてるように、本人は思えないだろうという待遇を受けていた。

 それをドモンヌ侯爵は声を大にして訴えたくても、記憶喪失の彼女の存在で、争いごとの火種にならないとも限らず、文句をグッと堪えて歯噛みしているのだと、イシュエルはリヒトールから教えてもらった。

 ソフィアが発見された森の情報を聞いた時、イシュエルは懐かしさを感じた。

 それはイシュエルが覚えている4回目の人生。
 今のイシュエルからするなら直近の前世の出来事だ。そこからくるノスタルジックな、少し苦い不思議な気持ちが押し寄せた。

 その時のイシュエルの名はルーチェだった。
 ルーチェの母は公爵家の執事の妾だった。
 上には兄がいて、それがカリムトロの前世だ。その時の最期は、未だ生々しく体が覚えている。ルーチェは前世のことから、その日はかなり警戒していた。だからまさかそこに、兄が逃げ込んで来るとは思っていなかったし、その兄を追って父の本妻が乗り込んでくるとは予想できなかった。

 本妻には後を継ぐ男の子を産むことが出来なかったが、後継と言っても公爵家の執事だ。
 貴族になるわけではないし要は使用人なのだ。
 だが、ルーチェの母もそうだったように、本妻も平民の出だった。彼女には使用人だとしても、執事という職は眩しい物だったのだろう。
 だが、女性が執事になる事は滅多にない、その時の時勢ではゼロに等しかった。
 彼女の娘では夫の後継とはなれない、しかも肝心の夫は、自分の後継を産んだルーチェの母のところばかりに目を向けるし金もかける。
 ある日我慢の限界だったのか、本妻は妾の家に乗り込み、後継である男子、ルーチェの兄を害そうと追いかけ回した。それを庇って刃を受けたルーチェは死んだのだ。

 その時に受けた短剣の痛みは今もイシュエルの腹に残り、時々顔を出す感じがしていた。

 その時に住んでいた家の近くにあったのがその森だった。
 森の位置と名を聞き、イシュエルはどうしてもそこへ行ってみたくなった。

 マリエンナが辞めた学園は、イシュエルには途端に色褪せてしまった。リヒトールも留学してきたラムヒルドも一緒にいるけれど、知ってしまった女友達の心地よさの代わりにはなれなかった。

 学園を休みがちになったイシュエルが、その森に興味を示した事を、ラムヒルドはいち早く気付いて誘ってくれた。

 今イシュエルは森の中を歩いている。
 ルーチェだったあの時、兄と一緒に森の中に秘密基地を作った。

 自分の最期の場所がどうなっているのか見てみたい。それを切望した気持ちをよくわからぬままに、イシュエルは落ち葉を踏みしめていた。





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