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マイナが下がったあと、いつも執務を手伝うリバーも諸々の書類の為に部屋を出た。
一人になったオリビアはリクライニングチェアーの背凭れを少し傾けて天井を見上げた。
さっきの涙は今はもう乾いた、だが涙腺がゆるゆるのオリビアは、今なら女優よりも早く泣こうと思えば泣けるのではないか、そんな事を考えた。
この数日の自身に起こった事を考えたら、一つの芝居のようではないか。
どうして幸せだと思えたのか
どうして夫は誠実な人だと思えたのか
どうして冬篭りなんかしたんだろう
どうして⋯⋯私には⋯⋯。
オリビアは頭の中で考えながら無意識に手がお腹に触れていた。
結婚して半年後くらいからずっと言われ続けてきた。
子供が出来たら謂れなき事を言った相手は潰しましょうね!
そう夫と手を取り合い励ましあったのは先月ではなかったか?
その時には既に夫の子は生まれていたのだ。
なんて私は馬鹿なのだろう。
オリビアがその言葉を言った時、マリウスの表情は?
もう思い出せないし、思い出したくもない。
心の中では夫が舌を出していたのかと思うと、オリビアは怒りよりも悲しみよりも惨めな思いが浮かんだ。
自分が憐れで惨めで情けない、まさに自分は今悲劇のヒロインではないか!
オリビアは虚ろな瞳を天井から机の書類達の方へと移した。
「はぁー」
大きく溜息を吐き書類を手に取る。
こんな時でも執務を忘れない自分は、本当に憐れで滑稽だと泣けてきた。
今のオリビアは悲劇のヒロインになりきらなければ自我を保つ事も難しかった。
◇◇◇
夫が帰らぬまま、既に一週間が経過した。
このところオリビアは眠れぬ夜を過ごしていた。
ベッドに入って横になれば天井に見知らぬベッドが映る。そこには、いつもオリビアにそうしていたように、誰かに腕枕をするマリウスの姿が見えるようだった。
見たくなくて寝返りを打つように横に体を向けても、今度は壁際に設置した家具にその光景が映る。
反対側を見ても次は壁に映る。
どこを見てもそれが映って目に焼き付いて離れない。
いや、そんな光景を想像して目に焼き付いてしまったから、どこを見てもそれが見えるのだ。
毎夜そうやって動くから、ゆっくりと眠れないでいた。
だがオリビアのそんな体調を“約束事”は待ってはくれない。
冬籠りの前に春のお茶会の招待はいくつか届いて返事をしていた。
突然の断りはあまりしたくなかった。
日常を変化させるのが怖くて、オリビアは約束の茶会へと行く為に馬車に乗った。
その日のお茶会はハンレク公爵家のレディアナ様の主催だった。
母と同じ年くらいの格上の公爵夫人はオリビアの苦手な相手だった。
彼女もまた息子をオリビアの相手にと声をかけていた人物で、結婚後に子ができない事を当てこすっていた人でもあった。
公爵家に着きアンヌと共に案内される。
途中でアンヌが侍女の待機場所へと別れるのもいつもの事だから、その日も何も気に留めていなかった。
侍女の待機場所へと向かう廊下のあちこちで、他家の侍女達が2、3人ずつ固まって居るのはオリビアの目の端が捉えてもいた。
今日のお茶会はサロンであるようで、オリビアが入室するとハンレク夫人が挨拶に来た。格上の夫人自らが挨拶に来たのは初めてでオリビアは戸惑う。
いつもは席に案内されて、自分の席を確認してから主催者にあいさつに向かうのが手順だ。
夫人がオリビアに殊更気を使って接する事に戸惑ったのだ。
(何かしら?)
その事も含めて何か違う空気をその日オリビアは感じた。
茶会が始まり皆でお喋りに講じる。
いつも当たり障りのない季節の事を話すのは恒例だ。今年は雪解けが早かったなどとオリビアが隣の伯爵夫人と話していると、反対側のお隣から夫人とは別の伯爵家の令嬢からオリビアは尋ねられた。
「オリビア様、お元気でいらっしゃる?」
「えっ?えぇ元気ですわ」
「⋯⋯そう」
オリビアはそんな言葉をかけられると思っていなかったのだが、かけられたら応えなければならない。少しのジェスチャーを混じえ明るさを心掛けて返答すると、彼女は戸惑うような表情をする。
何かおかしい、そう感じたけれどオリビアには覚えがなかった。
その日のお茶会は終始そんな感覚だった。
帰りの馬車でアンヌからも、オリビアが感じたような事を報告された。
「いつもは気楽にお喋りして楽しむんです。侍女の休憩にしては高価なお茶も堪能できますので、どの家の侍女もお茶会の日は楽しみなんです。私も今日は久しぶりに皆様に会えると思っていたのですけど、何だか遠巻きにされているようで雰囲気が変でした」
「そう、虐められたりは?」
オリビアが心配して聞いたが、アンヌはとんでもないと両手を前に広げて左右に振り身振りで示した。
「そんな感じではなかったです。ただ変だとしか」
「そうね、私もそんな感じだったの。おかしいわね」
オリビアの言葉にアンヌも頷いた。
オリビアもはじめは自分の寝不足による感覚の違いかと思っていたけれど、アンヌの言った“遠巻きにされる”というその言葉がしっくり来た。
理由を二人で考えてみたけれど、結局答えは出ないままリーテンベルク邸に到着した。
一人になったオリビアはリクライニングチェアーの背凭れを少し傾けて天井を見上げた。
さっきの涙は今はもう乾いた、だが涙腺がゆるゆるのオリビアは、今なら女優よりも早く泣こうと思えば泣けるのではないか、そんな事を考えた。
この数日の自身に起こった事を考えたら、一つの芝居のようではないか。
どうして幸せだと思えたのか
どうして夫は誠実な人だと思えたのか
どうして冬篭りなんかしたんだろう
どうして⋯⋯私には⋯⋯。
オリビアは頭の中で考えながら無意識に手がお腹に触れていた。
結婚して半年後くらいからずっと言われ続けてきた。
子供が出来たら謂れなき事を言った相手は潰しましょうね!
そう夫と手を取り合い励ましあったのは先月ではなかったか?
その時には既に夫の子は生まれていたのだ。
なんて私は馬鹿なのだろう。
オリビアがその言葉を言った時、マリウスの表情は?
もう思い出せないし、思い出したくもない。
心の中では夫が舌を出していたのかと思うと、オリビアは怒りよりも悲しみよりも惨めな思いが浮かんだ。
自分が憐れで惨めで情けない、まさに自分は今悲劇のヒロインではないか!
オリビアは虚ろな瞳を天井から机の書類達の方へと移した。
「はぁー」
大きく溜息を吐き書類を手に取る。
こんな時でも執務を忘れない自分は、本当に憐れで滑稽だと泣けてきた。
今のオリビアは悲劇のヒロインになりきらなければ自我を保つ事も難しかった。
◇◇◇
夫が帰らぬまま、既に一週間が経過した。
このところオリビアは眠れぬ夜を過ごしていた。
ベッドに入って横になれば天井に見知らぬベッドが映る。そこには、いつもオリビアにそうしていたように、誰かに腕枕をするマリウスの姿が見えるようだった。
見たくなくて寝返りを打つように横に体を向けても、今度は壁際に設置した家具にその光景が映る。
反対側を見ても次は壁に映る。
どこを見てもそれが映って目に焼き付いて離れない。
いや、そんな光景を想像して目に焼き付いてしまったから、どこを見てもそれが見えるのだ。
毎夜そうやって動くから、ゆっくりと眠れないでいた。
だがオリビアのそんな体調を“約束事”は待ってはくれない。
冬籠りの前に春のお茶会の招待はいくつか届いて返事をしていた。
突然の断りはあまりしたくなかった。
日常を変化させるのが怖くて、オリビアは約束の茶会へと行く為に馬車に乗った。
その日のお茶会はハンレク公爵家のレディアナ様の主催だった。
母と同じ年くらいの格上の公爵夫人はオリビアの苦手な相手だった。
彼女もまた息子をオリビアの相手にと声をかけていた人物で、結婚後に子ができない事を当てこすっていた人でもあった。
公爵家に着きアンヌと共に案内される。
途中でアンヌが侍女の待機場所へと別れるのもいつもの事だから、その日も何も気に留めていなかった。
侍女の待機場所へと向かう廊下のあちこちで、他家の侍女達が2、3人ずつ固まって居るのはオリビアの目の端が捉えてもいた。
今日のお茶会はサロンであるようで、オリビアが入室するとハンレク夫人が挨拶に来た。格上の夫人自らが挨拶に来たのは初めてでオリビアは戸惑う。
いつもは席に案内されて、自分の席を確認してから主催者にあいさつに向かうのが手順だ。
夫人がオリビアに殊更気を使って接する事に戸惑ったのだ。
(何かしら?)
その事も含めて何か違う空気をその日オリビアは感じた。
茶会が始まり皆でお喋りに講じる。
いつも当たり障りのない季節の事を話すのは恒例だ。今年は雪解けが早かったなどとオリビアが隣の伯爵夫人と話していると、反対側のお隣から夫人とは別の伯爵家の令嬢からオリビアは尋ねられた。
「オリビア様、お元気でいらっしゃる?」
「えっ?えぇ元気ですわ」
「⋯⋯そう」
オリビアはそんな言葉をかけられると思っていなかったのだが、かけられたら応えなければならない。少しのジェスチャーを混じえ明るさを心掛けて返答すると、彼女は戸惑うような表情をする。
何かおかしい、そう感じたけれどオリビアには覚えがなかった。
その日のお茶会は終始そんな感覚だった。
帰りの馬車でアンヌからも、オリビアが感じたような事を報告された。
「いつもは気楽にお喋りして楽しむんです。侍女の休憩にしては高価なお茶も堪能できますので、どの家の侍女もお茶会の日は楽しみなんです。私も今日は久しぶりに皆様に会えると思っていたのですけど、何だか遠巻きにされているようで雰囲気が変でした」
「そう、虐められたりは?」
オリビアが心配して聞いたが、アンヌはとんでもないと両手を前に広げて左右に振り身振りで示した。
「そんな感じではなかったです。ただ変だとしか」
「そうね、私もそんな感じだったの。おかしいわね」
オリビアの言葉にアンヌも頷いた。
オリビアもはじめは自分の寝不足による感覚の違いかと思っていたけれど、アンヌの言った“遠巻きにされる”というその言葉がしっくり来た。
理由を二人で考えてみたけれど、結局答えは出ないままリーテンベルク邸に到着した。
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