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初夏の日だった。
ウェディングドレスに袖を通すのは2回目だった。王都での挙式のあと、数ヶ月後に領地へお披露目に行った。
使用人の皆に、何よりマリウスに煽られて、挙式のあとに仕舞ったその白いドレスをもう一度纏った。
天井を取っ払った馬車は母の伝で王家より借り受けた。4頭馬車は二人を乗せゆっくりと領都を一周した。
領民の皆が懸命に手を振ってくれる。建物の2階から子どもたちが花びらを振らせてくれる。皆が笑顔で次期侯爵夫妻を歓迎してくれた。
「ここを二人で守って行こう」
「君を支えるのは僕だけだから」
「あぁなんて僕は幸せなんだ」
嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!
オリビアは、そこで目が覚めた。
幸せだったあの頃の夢を見た。あの時の領民達の笑顔をオリビアは忘れていない。だが残念なことに、たった三年でマリウスは忘れてしまったのだろう。
最初にぼんやりと目に入ったのは誰かの腕だった。
でも直ぐにそれが誰なのか分かった、そしてあのまま意識を手放したのだと気付いた。
オリビアの頬に添えられた手から、微かに漂うシトラスの香り。
「ごめん、泣いていたから」
オリビアがはっきりと瞼を開くとアレクサンドルが、謝罪しながら頬に添えられた手を外し、そのまま額から頭にその手を滑らせた。
オリビアの頭を撫でるアレクサンドルの手が、優しくてオリビアは開いた瞼をもう一度閉じた。
そしてその優しさに包まれているような気持ちになってそのまま再び眠った。
一度目を覚まして直ぐに寝入ったオリビアの頭を、そのまま数回撫でたあと、アレクサンドルは手を離した。
そして後ろに控えていたアンヌの方を見て立ち上がる。
「このまま寝かせてあげよう」
小声でアレクサンドルがそう言って部屋を出たあと、アンヌはオリビアの枕元に置いてあった水差しを手に取り、入れ替えるべく彼女も部屋を出た。残されたのは規則正しく刻むオリビアの静かな寝息だけだった。
◇◇◇
アレクサンドルはオリビアの部屋を出たあと、彼女の執務室へと向かった。そこはかつてオリビアの父の執務室だったから、昔から勝手知ったるでアレクサンドルは迷うことなくその部屋を目指した。
途中で後ろから急ぎ足で駆けてきて合流したアンヌとともに部屋に入ると、そこにはすでにリーシャとリバー、そしてマイナの三人が難しい顔をして揃っていた。
「オリビアは?」
「先程目を覚ましましたが直ぐに寝入ったので、そのまま休ませようかと」
「そう、アレクありがとう。貴方がいたからオリビアも気強かったと思うわ」
「私は何も⋯それにみすみす倒れさせるなんて。自分が不甲斐ない」
「そんなことはないわ、貴方がいなかったらエントランスまで行く勇気も、今のオリビアには持てなかったと思うの」
リーシャがアレクサンドルを懸命に労ってくれるが、彼は自分が情けないと思っていた。
それはオリビアとの婚約が調わなかった昔に遡る。もっと早くオリビアを攫っていたらこんな事にはならなかったと思うと、自分の拳を己の顔に「しっかりしろ!」と叩きつけたい気分だった。
「さて、それでは今後の対応を検討しましょう」
リーシャの呼びかけで、皆が彼女の方へと視線を向けた。
今集まっているのは、オリビアの噂についてどう対応するか話し合う為だった。
残念ながら茶会での対応はオリビア自身がしなければならないことだから、それについてはリーシャ達の出る幕はない。
だが、この噂をバラ撒いた者達への報復はリーテンベルク侯爵家が行わないとならない。あれもこれもをオリビア一人に背負い込ませるつもりのないリーシャは、自分が指揮する為に皆を集めたのだ。
「噂の出処はわかっているの?」
「カセラ伯爵夫人の友人ですね。ですが、これはオリビア様というよりも当初はカセラ夫人を貶める目的だったようです」
リバーの言葉にリーシャは頷いた。
「メロウ伯爵家を敵に回すなんてことあの伯爵夫人が率先してやらないわね。でもあの方直ぐにうっかりされるから、友人に嵌められちゃったのだろうけど、一纏めに容赦はしないわ。でもそれでも暫くはオリビアに頑張ってもらわないと」
リーシャはそう言いながらアンヌを見た。
アンヌはリーシャの視線を受けて発言を許されたと思い、先日のハンレク公爵家のお茶会の事を話した。
「オリビア様はお茶会の様子がおかしいと感じていました、それは侍女の控室でも同じで私も遠巻きにされているように感じていたんです。結局帰りの馬車でオリビア様と話してもその正体はわかりませんでした。ですが、その噂が蔓延っているのならばあの時もそうだったのではないでしょうか?」
それはあまりにも早い段階での噂だった。
オリビアとマリウスはまだ離婚に至ってはいない。子供の事も広められていないのに、オリビアに子がいないという事だけが“石女”という言葉で噂として広まったのだ。
そこには悪意を感じているが、カセラ伯爵夫人を貶めるためだけにしては大きくなりすぎている。
「ちょっと当事者に聞いてみましょう。どんな意図があったのか、それとも意図せず勝手に一人歩きしてしまったのか」
「後者なら私が出るよ」
アレクサンドルはリーシャにそう言って王宮へと帰っていった。
馬車で侯爵邸の門を出る時、アレクサンドルはオリビアの部屋を見上げて呟いた。
「今はゆっくりとおやすみ」
もう暫くは精神的に休めないだろうオリビアの束の間の平穏な睡眠だった。
ウェディングドレスに袖を通すのは2回目だった。王都での挙式のあと、数ヶ月後に領地へお披露目に行った。
使用人の皆に、何よりマリウスに煽られて、挙式のあとに仕舞ったその白いドレスをもう一度纏った。
天井を取っ払った馬車は母の伝で王家より借り受けた。4頭馬車は二人を乗せゆっくりと領都を一周した。
領民の皆が懸命に手を振ってくれる。建物の2階から子どもたちが花びらを振らせてくれる。皆が笑顔で次期侯爵夫妻を歓迎してくれた。
「ここを二人で守って行こう」
「君を支えるのは僕だけだから」
「あぁなんて僕は幸せなんだ」
嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!
オリビアは、そこで目が覚めた。
幸せだったあの頃の夢を見た。あの時の領民達の笑顔をオリビアは忘れていない。だが残念なことに、たった三年でマリウスは忘れてしまったのだろう。
最初にぼんやりと目に入ったのは誰かの腕だった。
でも直ぐにそれが誰なのか分かった、そしてあのまま意識を手放したのだと気付いた。
オリビアの頬に添えられた手から、微かに漂うシトラスの香り。
「ごめん、泣いていたから」
オリビアがはっきりと瞼を開くとアレクサンドルが、謝罪しながら頬に添えられた手を外し、そのまま額から頭にその手を滑らせた。
オリビアの頭を撫でるアレクサンドルの手が、優しくてオリビアは開いた瞼をもう一度閉じた。
そしてその優しさに包まれているような気持ちになってそのまま再び眠った。
一度目を覚まして直ぐに寝入ったオリビアの頭を、そのまま数回撫でたあと、アレクサンドルは手を離した。
そして後ろに控えていたアンヌの方を見て立ち上がる。
「このまま寝かせてあげよう」
小声でアレクサンドルがそう言って部屋を出たあと、アンヌはオリビアの枕元に置いてあった水差しを手に取り、入れ替えるべく彼女も部屋を出た。残されたのは規則正しく刻むオリビアの静かな寝息だけだった。
◇◇◇
アレクサンドルはオリビアの部屋を出たあと、彼女の執務室へと向かった。そこはかつてオリビアの父の執務室だったから、昔から勝手知ったるでアレクサンドルは迷うことなくその部屋を目指した。
途中で後ろから急ぎ足で駆けてきて合流したアンヌとともに部屋に入ると、そこにはすでにリーシャとリバー、そしてマイナの三人が難しい顔をして揃っていた。
「オリビアは?」
「先程目を覚ましましたが直ぐに寝入ったので、そのまま休ませようかと」
「そう、アレクありがとう。貴方がいたからオリビアも気強かったと思うわ」
「私は何も⋯それにみすみす倒れさせるなんて。自分が不甲斐ない」
「そんなことはないわ、貴方がいなかったらエントランスまで行く勇気も、今のオリビアには持てなかったと思うの」
リーシャがアレクサンドルを懸命に労ってくれるが、彼は自分が情けないと思っていた。
それはオリビアとの婚約が調わなかった昔に遡る。もっと早くオリビアを攫っていたらこんな事にはならなかったと思うと、自分の拳を己の顔に「しっかりしろ!」と叩きつけたい気分だった。
「さて、それでは今後の対応を検討しましょう」
リーシャの呼びかけで、皆が彼女の方へと視線を向けた。
今集まっているのは、オリビアの噂についてどう対応するか話し合う為だった。
残念ながら茶会での対応はオリビア自身がしなければならないことだから、それについてはリーシャ達の出る幕はない。
だが、この噂をバラ撒いた者達への報復はリーテンベルク侯爵家が行わないとならない。あれもこれもをオリビア一人に背負い込ませるつもりのないリーシャは、自分が指揮する為に皆を集めたのだ。
「噂の出処はわかっているの?」
「カセラ伯爵夫人の友人ですね。ですが、これはオリビア様というよりも当初はカセラ夫人を貶める目的だったようです」
リバーの言葉にリーシャは頷いた。
「メロウ伯爵家を敵に回すなんてことあの伯爵夫人が率先してやらないわね。でもあの方直ぐにうっかりされるから、友人に嵌められちゃったのだろうけど、一纏めに容赦はしないわ。でもそれでも暫くはオリビアに頑張ってもらわないと」
リーシャはそう言いながらアンヌを見た。
アンヌはリーシャの視線を受けて発言を許されたと思い、先日のハンレク公爵家のお茶会の事を話した。
「オリビア様はお茶会の様子がおかしいと感じていました、それは侍女の控室でも同じで私も遠巻きにされているように感じていたんです。結局帰りの馬車でオリビア様と話してもその正体はわかりませんでした。ですが、その噂が蔓延っているのならばあの時もそうだったのではないでしょうか?」
それはあまりにも早い段階での噂だった。
オリビアとマリウスはまだ離婚に至ってはいない。子供の事も広められていないのに、オリビアに子がいないという事だけが“石女”という言葉で噂として広まったのだ。
そこには悪意を感じているが、カセラ伯爵夫人を貶めるためだけにしては大きくなりすぎている。
「ちょっと当事者に聞いてみましょう。どんな意図があったのか、それとも意図せず勝手に一人歩きしてしまったのか」
「後者なら私が出るよ」
アレクサンドルはリーシャにそう言って王宮へと帰っていった。
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