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数日間の療養でオリビアは普段通りの生活に戻った。だが彼女の心が回復していない事は、その瞳が物語っていた。
彼女との関係が近ければ近いほど、その瞳に何も映していないように見えるのだ。
仕事を淡々と熟していくオリビアに、周りが何を言えようか?
悲しみを乗り越えようとしているのか、心が壊れてしまったのか、それすらも分からず周りは手を拱いていた。
リーテンベルク侯爵家では、あれから、から元気な空気が漂っていた。
専属侍女のアンヌも何とかオリビアの心を少しでも軽くできないかと考えたが、良策が思いつかない。
ただ側にいることしかできないでいた。
そんなある日、アレクサンドルが旅装姿でリーテンベルク侯爵家にやってきた。
「オリビア、旅行に行こう!」
彼はそう言って強引に馬車にオリビアを乗せた。
それは半ば拉致のようでリーシャは目を細めたが、彼を信頼しているから任せることにした。
否、リーシャも何も出来ずにいたから、祈るような思いで彼に委ねたのだった。
「アレクお兄様」
オリビアを肩に抱えるように有無を言わさないアレクサンドルの行動にもかかわらず、オリビアが発したのは名を呼ぶ声だけだった。
それを聞いたリバーはやはりオリビアは全く回復していなかった事を知る。
端的に黙々と仕事の指示を出すオリビアの様子がおかしいのは分かっていても、なすすべ無く見守ることしかリバーも出来なかった。
「アンヌ!」
「は、はい!」
「お前も乗れ!」
「は、はい!」
アレクサンドルに手を借りてアンヌも急いで馬車に乗った。
「リーシャ様、お任せくださいますか?」
「アレク様⋯⋯お願い、ねっ」
「では、これを」
アレクサンドルがリーシャに手渡したのは、リーテンベルク侯爵代理を、リーシャが担うことを認める国王の玉璽入りの正式な書面だった。
本来ならオリビアの母であっても、実家のメロウ伯爵家に戻ったリーシャでは、他家の簒奪を疑われて議会の許可が降りる事はない。
それをアレクサンドルはどのように国王と議会を説得したのか。
リーシャは書面を片手で胸に抱きアレクサンドルに向けて、最上級のカーテーシーをした。
「行ってまいります」
アレクサンドルの言葉の後、馬車の扉が閉まるのを見届けて、リーシャは祈るように見送った。
◇◇◇
どこに向かうのか聞かされることもなく、三人で馬車に揺られる。
虚ろの瞳は何を映してるのか分からない、長い睫毛を少し伏せて、オリビアは膝の上で自分の爪を弾いていた。
対面の席に座ったアンヌはそんなオリビアを心配そうに見つめていた。
アレクサンドルはオリビアの隣に座り、彼女の肩を抱きながら、窓の外の流れる景色の解説を二人にしていた。
3時間ほど揺られたところで馬車が停まった。
「ここで休憩になるが、アンヌには申し訳ないが私の侍従と一緒に買い物をしてきてくれないか?君の分も遠慮せずにちゃんと用意してくれ」
アレクサンドルの従者は馭者席にいたようだ。
旅の支度など何もせずに馬車に乗せられた二人の準備をするようにと、アレクサンドルに言われたとおりに、アンヌは身の回りのものを揃えに従者と街に向かった。
初めての街は、アンヌには新鮮ではあったが、ゆっくりとショッピングなんて気持ちにはなれなかった。
ただオリビアの旅に必要なものを購入していく。途中で従者に指摘されて叱られた。
アンヌはひたすらオリビアの物を購入していっていたため、アレクサンドルの危惧通り自分の物を買っていなかった。
「そんな風ではオリビア様のお世話は任せられませんよ」
従者の指摘は尤もでアンヌはここに来てようやく自分が何をすべきか理解した。
寄り添うことも大事だが、オリビアの世話をするのがアンヌの仕事だ。
当たり前の日常にオリビアを戻すのならば、アンヌ自身も当たり前でなければならなかった。
(私が落ち込んで動揺しても、オリビア様のためにはなんにもならないのよ!しっかりしなさいアンヌ!貴方はオリビア様の専属侍女なのよ!)
従者の言葉で目が覚めたアンヌは、ひたすらではなく従容と、オリビアと自分の分の旅の仕度を始めた。
アレクサンドルが最初の休憩場所に選んだのは、王都の隣の領地で、そこは王太子妃の生家の領地でもあった。
事前に聞いていたこの場所は少し小高い丘の上で、領地が見渡せる景色の良い場所だと教えられていた。
アレクサンドルはこの旅の行く先も期間も定めてはいない。
ただ、人の醜い物ばかりを立て続けに見た挙句、彼女にとって何よりも待ち望んでいた、大切な宝を失ったオリビアを休ませたかった。
綺麗なものだけを見せ続けようと思った。
それがオリビアの慰めになるかはアレクサンドルにも正直分からない。
だが王都の喧騒の中では、オリビアの虚ろな瞳は、二度と輝くことがないように思えた。
「オリビア、風が気持ちいいだろう。あそこに教会も見える」
アレクサンドルが景色に向けて指を差す。
爪を弾いていたオリビアが少しだけ目線を上げた。
アレクサンドルはオリビアを見つめた。
オリビアの瞳に景色が映ってはいるが、彼女の心にちゃんと映って見えているかはアレクサンドルには分からなかった。
彼女との関係が近ければ近いほど、その瞳に何も映していないように見えるのだ。
仕事を淡々と熟していくオリビアに、周りが何を言えようか?
悲しみを乗り越えようとしているのか、心が壊れてしまったのか、それすらも分からず周りは手を拱いていた。
リーテンベルク侯爵家では、あれから、から元気な空気が漂っていた。
専属侍女のアンヌも何とかオリビアの心を少しでも軽くできないかと考えたが、良策が思いつかない。
ただ側にいることしかできないでいた。
そんなある日、アレクサンドルが旅装姿でリーテンベルク侯爵家にやってきた。
「オリビア、旅行に行こう!」
彼はそう言って強引に馬車にオリビアを乗せた。
それは半ば拉致のようでリーシャは目を細めたが、彼を信頼しているから任せることにした。
否、リーシャも何も出来ずにいたから、祈るような思いで彼に委ねたのだった。
「アレクお兄様」
オリビアを肩に抱えるように有無を言わさないアレクサンドルの行動にもかかわらず、オリビアが発したのは名を呼ぶ声だけだった。
それを聞いたリバーはやはりオリビアは全く回復していなかった事を知る。
端的に黙々と仕事の指示を出すオリビアの様子がおかしいのは分かっていても、なすすべ無く見守ることしかリバーも出来なかった。
「アンヌ!」
「は、はい!」
「お前も乗れ!」
「は、はい!」
アレクサンドルに手を借りてアンヌも急いで馬車に乗った。
「リーシャ様、お任せくださいますか?」
「アレク様⋯⋯お願い、ねっ」
「では、これを」
アレクサンドルがリーシャに手渡したのは、リーテンベルク侯爵代理を、リーシャが担うことを認める国王の玉璽入りの正式な書面だった。
本来ならオリビアの母であっても、実家のメロウ伯爵家に戻ったリーシャでは、他家の簒奪を疑われて議会の許可が降りる事はない。
それをアレクサンドルはどのように国王と議会を説得したのか。
リーシャは書面を片手で胸に抱きアレクサンドルに向けて、最上級のカーテーシーをした。
「行ってまいります」
アレクサンドルの言葉の後、馬車の扉が閉まるのを見届けて、リーシャは祈るように見送った。
◇◇◇
どこに向かうのか聞かされることもなく、三人で馬車に揺られる。
虚ろの瞳は何を映してるのか分からない、長い睫毛を少し伏せて、オリビアは膝の上で自分の爪を弾いていた。
対面の席に座ったアンヌはそんなオリビアを心配そうに見つめていた。
アレクサンドルはオリビアの隣に座り、彼女の肩を抱きながら、窓の外の流れる景色の解説を二人にしていた。
3時間ほど揺られたところで馬車が停まった。
「ここで休憩になるが、アンヌには申し訳ないが私の侍従と一緒に買い物をしてきてくれないか?君の分も遠慮せずにちゃんと用意してくれ」
アレクサンドルの従者は馭者席にいたようだ。
旅の支度など何もせずに馬車に乗せられた二人の準備をするようにと、アレクサンドルに言われたとおりに、アンヌは身の回りのものを揃えに従者と街に向かった。
初めての街は、アンヌには新鮮ではあったが、ゆっくりとショッピングなんて気持ちにはなれなかった。
ただオリビアの旅に必要なものを購入していく。途中で従者に指摘されて叱られた。
アンヌはひたすらオリビアの物を購入していっていたため、アレクサンドルの危惧通り自分の物を買っていなかった。
「そんな風ではオリビア様のお世話は任せられませんよ」
従者の指摘は尤もでアンヌはここに来てようやく自分が何をすべきか理解した。
寄り添うことも大事だが、オリビアの世話をするのがアンヌの仕事だ。
当たり前の日常にオリビアを戻すのならば、アンヌ自身も当たり前でなければならなかった。
(私が落ち込んで動揺しても、オリビア様のためにはなんにもならないのよ!しっかりしなさいアンヌ!貴方はオリビア様の専属侍女なのよ!)
従者の言葉で目が覚めたアンヌは、ひたすらではなく従容と、オリビアと自分の分の旅の仕度を始めた。
アレクサンドルが最初の休憩場所に選んだのは、王都の隣の領地で、そこは王太子妃の生家の領地でもあった。
事前に聞いていたこの場所は少し小高い丘の上で、領地が見渡せる景色の良い場所だと教えられていた。
アレクサンドルはこの旅の行く先も期間も定めてはいない。
ただ、人の醜い物ばかりを立て続けに見た挙句、彼女にとって何よりも待ち望んでいた、大切な宝を失ったオリビアを休ませたかった。
綺麗なものだけを見せ続けようと思った。
それがオリビアの慰めになるかはアレクサンドルにも正直分からない。
だが王都の喧騒の中では、オリビアの虚ろな瞳は、二度と輝くことがないように思えた。
「オリビア、風が気持ちいいだろう。あそこに教会も見える」
アレクサンドルが景色に向けて指を差す。
爪を弾いていたオリビアが少しだけ目線を上げた。
アレクサンドルはオリビアを見つめた。
オリビアの瞳に景色が映ってはいるが、彼女の心にちゃんと映って見えているかはアレクサンドルには分からなかった。
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