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軽快なノックの音で誰かわかる。
それほど仕事をしたわけではないのに、癖なのか首を回しながら入室の許可の返事を返したのは、オリビアの代理を務めるリーシャだった。
「奥様お呼びと伺いました」
実家から輿入れとともに連れてきた侍女は、娘を守る為に死別後もリーテンベルクに残ってくれた自分達に忠実な侍女⋯そう思っていた。
「マイナ、これはどういう事?」
リーシャが調査報告書を腹心の侍女に渡す。
それを恭しく手に取り、読み進めるマイナのページを捲る手は、わかりやすく震えだした。
「ち、違うのです」
「何が?まさか貴方だったなんてね」
報告書には真の裏切り者の名が記載されていた。いったいいつの間にこの女は取り込まれていたのだろうか?
自分達の間にあった絆というものが紛い物だとは思いもしなかった。
その為に娘の幸せまで壊してしまった。
それもこれも自分の出自に関係してしまったのかと親を恨みたくもなる。
リーシャはやるせない気持ちでマイナを見つめた。
マイナの裏切りを知る事になった、事の発端は領地のニコルからの密かな連絡だった。
リバーを通して耳打ちされて、一人で領地へと向かった。本当はあまり領地には行きたくなかったけれど、当主代理を務めているのだからそうも言ってられない。
そんな気持ちで、リーシャを呼びつけたニコルに腹を立てながら馬車に揺られた。
そこで待っていたのは、リーシャが顔も見たくないほど嫌うことになったカセラ伯爵夫人だった。
領地で暴動が起こりそうだ、との報告を受けて来たのに騙し討をしたニコルを睨む。
「リーシャ様、話しをお聞きになった方がよろしいと判断しました。嘘をついた事をお詫びいたします。あの女に万が一でも不審を抱かせてはならなかったのです」
顔を合わせれば皮肉めいた事を言っていた、長年リーテンベルクを守ってきた家令が、殊勝気にそう言うから、渋々夫人の話しを聞くことにした。
「リーシャ様、あの、オリビア様のこと本当に、本当に申し訳ありませんでした。愚息の事もですが私どもも、嘘に踊らされて取り返しのつかないことをしてしまいました。もう二度とリーシャ様の前になど出られようはずもなく過ごすつもりでしたが、ちゃんとお話をしておかないと。これからもまだ続くかもしれないとそう思いましたものですから、身の程知らずにもこうしてお目通り願いまして⋯⋯」
前口上の長い夫人にうんざりしながらもリーシャは彼女の話に耳を傾けたのは、『これからも続く』その言葉を聞いたからだった。
「私が始めに息子に相談されたのは、二人が結婚して1年も満たない頃でしたの」
「相談?」
「はい、オリビア様には相談するにはデリケートなことで。打ち明けてくれたのはわたしにだけでした。主人にもまだ言わないでくれとそう申しましたの」
夫人の話しはリーシャにとっては苦々しい話だった。
オリビアの父ユリウスの異父弟であるサリオン・ロミス伯爵は、今は王宮の総務部に勤務している。マリウスも部署は違ったが王宮で文官として結婚後も勤めていたから、それでよく顔を合わせていたようだ。
このロミス伯爵はリーシャの同級生になる。
学園に在籍中もかなり付き纏われた。その理由が婚約者を異父兄弟で交換しようというものだった。
話にならないと袖にしていたが、彼は相当執念深かったのだろう。ユリウスに対してかなり思うところがあったようで、他の同級生から『同じ腹から生まれたのに』とよく愚痴を溢していたと聞いたことがあった。
「息子はオリビア様との結婚当初からかなり辛く当たられていたようです。ですがある日を境に急に何も言わなくなってホッとしていたら、今度は息子を憐れみの目で見るようになったと聞きました」
「憐れみ?」
「はい、そして王宮の親睦会の日に酔ったロミス伯爵から聞かされたそうなんです」
王宮では、月に二度大きな議会が開かれる。
その準備がかなり文官たちの負担にもなっているからと、その議会の日に王宮の親睦会と銘打って慰労会を陛下が催している。
その会は割と無礼講で、下の者達の嘆願の日にもなっているらしく、参加する文官は多いとリーシャは異母兄から聞いた事があった。
「何を?」
どうせ碌でもないことしか言わない人だから、どんな愚痴をマリウスに言ったのかと訝しみながらリーシャは夫人に続きを促した。
「オリビア様が息子と結婚したのは、第三王子殿下と婚姻する為の中継ぎなんだと言われたのです」
「は?まさか、それを信じたの?」
「いえ、始めは信じていなかったようです。ですが夜会で⋯」
「夜会?」
「はい、殿下の視線の先が常にオリビア様だと息子は言っていました」
リーシャはその話を聞いて天を仰いだ。
秘密というのは完全に守られるものではないと実感した。
だが、ロミス伯爵のその話は嘘だ。
アレクサンドルがオリビアを好きなのは間違いないが、二人は思い合っていたわけではない。その頃のオリビアのアレクサンドルへの思いは兄妹の情に近かった。
「そして、それを裏付ける証拠もあると言われて」
「証拠?」
「リーシャ様!息子も始めは本当に戯言と一蹴していたんです!でも何度も何度も何度も言われているうちに、ノイローゼになるほど言われているうちに⋯⋯信じてしまったんです」
ソファに座っている夫人がテーブルに頭をつけそうなほど、体を折り曲げてリーシャに懇願するように謝罪を繰り返す。
リーシャはロミス伯爵を完全に潰して置かなかった自分の甘さを後悔した。
それほど仕事をしたわけではないのに、癖なのか首を回しながら入室の許可の返事を返したのは、オリビアの代理を務めるリーシャだった。
「奥様お呼びと伺いました」
実家から輿入れとともに連れてきた侍女は、娘を守る為に死別後もリーテンベルクに残ってくれた自分達に忠実な侍女⋯そう思っていた。
「マイナ、これはどういう事?」
リーシャが調査報告書を腹心の侍女に渡す。
それを恭しく手に取り、読み進めるマイナのページを捲る手は、わかりやすく震えだした。
「ち、違うのです」
「何が?まさか貴方だったなんてね」
報告書には真の裏切り者の名が記載されていた。いったいいつの間にこの女は取り込まれていたのだろうか?
自分達の間にあった絆というものが紛い物だとは思いもしなかった。
その為に娘の幸せまで壊してしまった。
それもこれも自分の出自に関係してしまったのかと親を恨みたくもなる。
リーシャはやるせない気持ちでマイナを見つめた。
マイナの裏切りを知る事になった、事の発端は領地のニコルからの密かな連絡だった。
リバーを通して耳打ちされて、一人で領地へと向かった。本当はあまり領地には行きたくなかったけれど、当主代理を務めているのだからそうも言ってられない。
そんな気持ちで、リーシャを呼びつけたニコルに腹を立てながら馬車に揺られた。
そこで待っていたのは、リーシャが顔も見たくないほど嫌うことになったカセラ伯爵夫人だった。
領地で暴動が起こりそうだ、との報告を受けて来たのに騙し討をしたニコルを睨む。
「リーシャ様、話しをお聞きになった方がよろしいと判断しました。嘘をついた事をお詫びいたします。あの女に万が一でも不審を抱かせてはならなかったのです」
顔を合わせれば皮肉めいた事を言っていた、長年リーテンベルクを守ってきた家令が、殊勝気にそう言うから、渋々夫人の話しを聞くことにした。
「リーシャ様、あの、オリビア様のこと本当に、本当に申し訳ありませんでした。愚息の事もですが私どもも、嘘に踊らされて取り返しのつかないことをしてしまいました。もう二度とリーシャ様の前になど出られようはずもなく過ごすつもりでしたが、ちゃんとお話をしておかないと。これからもまだ続くかもしれないとそう思いましたものですから、身の程知らずにもこうしてお目通り願いまして⋯⋯」
前口上の長い夫人にうんざりしながらもリーシャは彼女の話に耳を傾けたのは、『これからも続く』その言葉を聞いたからだった。
「私が始めに息子に相談されたのは、二人が結婚して1年も満たない頃でしたの」
「相談?」
「はい、オリビア様には相談するにはデリケートなことで。打ち明けてくれたのはわたしにだけでした。主人にもまだ言わないでくれとそう申しましたの」
夫人の話しはリーシャにとっては苦々しい話だった。
オリビアの父ユリウスの異父弟であるサリオン・ロミス伯爵は、今は王宮の総務部に勤務している。マリウスも部署は違ったが王宮で文官として結婚後も勤めていたから、それでよく顔を合わせていたようだ。
このロミス伯爵はリーシャの同級生になる。
学園に在籍中もかなり付き纏われた。その理由が婚約者を異父兄弟で交換しようというものだった。
話にならないと袖にしていたが、彼は相当執念深かったのだろう。ユリウスに対してかなり思うところがあったようで、他の同級生から『同じ腹から生まれたのに』とよく愚痴を溢していたと聞いたことがあった。
「息子はオリビア様との結婚当初からかなり辛く当たられていたようです。ですがある日を境に急に何も言わなくなってホッとしていたら、今度は息子を憐れみの目で見るようになったと聞きました」
「憐れみ?」
「はい、そして王宮の親睦会の日に酔ったロミス伯爵から聞かされたそうなんです」
王宮では、月に二度大きな議会が開かれる。
その準備がかなり文官たちの負担にもなっているからと、その議会の日に王宮の親睦会と銘打って慰労会を陛下が催している。
その会は割と無礼講で、下の者達の嘆願の日にもなっているらしく、参加する文官は多いとリーシャは異母兄から聞いた事があった。
「何を?」
どうせ碌でもないことしか言わない人だから、どんな愚痴をマリウスに言ったのかと訝しみながらリーシャは夫人に続きを促した。
「オリビア様が息子と結婚したのは、第三王子殿下と婚姻する為の中継ぎなんだと言われたのです」
「は?まさか、それを信じたの?」
「いえ、始めは信じていなかったようです。ですが夜会で⋯」
「夜会?」
「はい、殿下の視線の先が常にオリビア様だと息子は言っていました」
リーシャはその話を聞いて天を仰いだ。
秘密というのは完全に守られるものではないと実感した。
だが、ロミス伯爵のその話は嘘だ。
アレクサンドルがオリビアを好きなのは間違いないが、二人は思い合っていたわけではない。その頃のオリビアのアレクサンドルへの思いは兄妹の情に近かった。
「そして、それを裏付ける証拠もあると言われて」
「証拠?」
「リーシャ様!息子も始めは本当に戯言と一蹴していたんです!でも何度も何度も何度も言われているうちに、ノイローゼになるほど言われているうちに⋯⋯信じてしまったんです」
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リーシャはロミス伯爵を完全に潰して置かなかった自分の甘さを後悔した。
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