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キリジアの毎朝の日課は、山に登ること。
ルモン山には山頂まで行かずとも、途中に見晴らし台が建てられている。
そここそがアリスンが眠る場所だった。
『山頂まで登るなんて大変でしょう?だから私はここくらいでいいわ』
その時何故、そんな予兆とも言える話しをしたのか分からぬが、生前アリスンが父にそう言っていたそうだ。
寄る年波に足腰の衰えは抗えず、キリジアの父はそんな話を教えてくれながら、そこに展望台を建ててアリスンの墓標にした。
周りからは一目置かれるほどに、若々しい体躯を持つキリジアも、最近は少しずつその体に老いを感じてきていた。そして思う、父にだけでなくアリスンは亡くなっても兄に優しい。
オリビアは昨夜皆と約束した通り、早起きして新鮮なミルクと焼きたてのパンだけで朝食を摂り、キリジアと一緒に山登りに向かった。
彼女の隣には当然、アレクサンドルも居る。
そして同じく当然後ろにはアンヌとレオナールも付いてきている。
「山登りは初めてだろう、ゆっくり登るから付いておいで」
キリジアが皆にそう言うと早速歩き始める。
「オリビア無理は禁物だ。きつかったらすぐに言うんだぞ」
アレクサンドルの言葉に頷いてオリビアは、キリジアの背を見つめながら自分も歩を進める。
早朝のルモン山は、領都よりも寒さが増す。
手袋をしている手を口元に持っていき息を吹きかける。
一瞬だけ温もりを感じるけれど、やはり寒いまま。オリビアは山の寒さは格別なのだと思った。
その時、アレクサンドルがオリビアの手を握る。
驚いて顔を見上げると、彼は何も言わずに、ただオリビアの手を繋いだまま、軽く引っ張り上げるように歩き続ける。
向かっているのは祖母の墓前なのに、手を繋いで歩く山道を嬉しいと感じてしまうのは、不謹慎かしら?
オリビアはそう思うものの、アレクサンドルに離してとは言わなかった。
キリジアは黙々と進んでいた。
その背を見失わぬようにアレクサンドル達も必死に付いていく。
キリジアの年齢よりも若々しく見える体は、日々のこの山登りで鍛えられてるからなのだろうと、アレクサンドルは背を見つめて思う。
そしてアンヌ達の後ろから、背後を守るように付いてくる、トマソールの体もまた鍛えられているように思えた。
時間にして一時間ほど登った場所で、キリジアは待っていた。
その頃になるとアレクサンドル達はかなり遅れを取っていた。
「ハァハァ、お義祖父様ごめんなさい。お待たせして」
息の荒いオリビアの言葉に、キリジアは笑顔で「着いたよ」と優しく声をかけてくれた。
その場所は自然にというより、少し人工的に削って平坦にした場所だった。
かなり古い見晴らし台も建っている。
その横に墓石が置かれていた。
周りには花も植えられて、それは丁寧に調えられていた。
「まずは休憩しよう」
おそらくこの場所を平坦にした時に出た石なのだろう。大きめの石が二つ椅子のように並んで置かれていた。
二つの石に三人ずつ充分に座れる。
持参した水筒のお茶は、まだ温かかった。
用意した時は、そんな熱いお湯で煎じては茶葉が台無しだと思うほど、沸騰したお湯だったが、今は一気に喉に流し込める程に丁度よかった。
座りながら景色を見渡す。
こちらに来る時に、伯母の言っていた“下界”という言葉がピッタリに思えた。
広い牧場の見える先には、畑も広がっている。
家が犇めき合うように建てられているのは、領都だろうか?ここからだと全てが小さく見える。
オリビアは、一昨日行った母の友人のブティックを思い出す。
あの建物も三階建てだったけど、ここからだと玩具みたいに見えるあの中にあるのかしら?あのドールハウスのような物がメロウ伯爵邸?
声には出さず心の中で思いながら、景色を堪能した。
それはオリビアだけではなく、アレクサンドルやアンヌにレオナールも同じだった。
「一息ついたかい?」
キリジアの言葉にオリビアが頷くと、義祖父は墓石に向かった。
そこにはトマソールが既に来ていて、墓石に何かを話しかけていた。
「トマ、もういいかい?」
「⋯はい、キリジア様。今日もありがとうございます」
二人のやり取りを気にしつつ、オリビアは案内されるように墓石の前に跪いた。
「アリスン、お前の孫だよ。オリビアは、もうこんなに大きくなって見違えただろう?リーシャが約束した通りお披露目に来てやったぞ」
「お祖母様、オリビアです。やっとここに来れました。長く不義理をしてごめんなさい」
そう墓石に声をかけて、それからオリビアは無心に祈った。
後ろにはアレクサンドル達も一緒に祈ってくれている。
長くも短くも感じるその時間は、オリビアの心を洗ってくれるようだった。
王都を出た時のオリビアの心は空洞のまま閉じていた。
そこをゆっくりとアレクサンドルが、解して開かせてくれた。開いたオリビアの心に、また少しずつ優しさを詰め込んでくれた。
そして、ほんの少しだけ残っていたオリビアの憂いが今なくなった。
目を瞑り祈るオリビアがその瞼を開いた時には、彼女の瞳には一寸の迷いもなかった。
「これで、この先も歩いて行けそうだわ。お祖母様が背中を押してくれたもの」
立ち上がったオリビアは、真っ先にアレクサンドルにそう告げた。
そんなオリビアを、眩しそうに目を細めて見るアレクサンドルは、徐に彼女の肩を抱き余った手をオリビアの手に重ねた。
二人のそんな姿を皆が見守る。
─サワサワサワ─
風がオリビアとアレクサンドルの頬を撫でた。
アリスンが「頑張って!見守っているわ」と言っているように二人には思えた。
ルモン山には山頂まで行かずとも、途中に見晴らし台が建てられている。
そここそがアリスンが眠る場所だった。
『山頂まで登るなんて大変でしょう?だから私はここくらいでいいわ』
その時何故、そんな予兆とも言える話しをしたのか分からぬが、生前アリスンが父にそう言っていたそうだ。
寄る年波に足腰の衰えは抗えず、キリジアの父はそんな話を教えてくれながら、そこに展望台を建ててアリスンの墓標にした。
周りからは一目置かれるほどに、若々しい体躯を持つキリジアも、最近は少しずつその体に老いを感じてきていた。そして思う、父にだけでなくアリスンは亡くなっても兄に優しい。
オリビアは昨夜皆と約束した通り、早起きして新鮮なミルクと焼きたてのパンだけで朝食を摂り、キリジアと一緒に山登りに向かった。
彼女の隣には当然、アレクサンドルも居る。
そして同じく当然後ろにはアンヌとレオナールも付いてきている。
「山登りは初めてだろう、ゆっくり登るから付いておいで」
キリジアが皆にそう言うと早速歩き始める。
「オリビア無理は禁物だ。きつかったらすぐに言うんだぞ」
アレクサンドルの言葉に頷いてオリビアは、キリジアの背を見つめながら自分も歩を進める。
早朝のルモン山は、領都よりも寒さが増す。
手袋をしている手を口元に持っていき息を吹きかける。
一瞬だけ温もりを感じるけれど、やはり寒いまま。オリビアは山の寒さは格別なのだと思った。
その時、アレクサンドルがオリビアの手を握る。
驚いて顔を見上げると、彼は何も言わずに、ただオリビアの手を繋いだまま、軽く引っ張り上げるように歩き続ける。
向かっているのは祖母の墓前なのに、手を繋いで歩く山道を嬉しいと感じてしまうのは、不謹慎かしら?
オリビアはそう思うものの、アレクサンドルに離してとは言わなかった。
キリジアは黙々と進んでいた。
その背を見失わぬようにアレクサンドル達も必死に付いていく。
キリジアの年齢よりも若々しく見える体は、日々のこの山登りで鍛えられてるからなのだろうと、アレクサンドルは背を見つめて思う。
そしてアンヌ達の後ろから、背後を守るように付いてくる、トマソールの体もまた鍛えられているように思えた。
時間にして一時間ほど登った場所で、キリジアは待っていた。
その頃になるとアレクサンドル達はかなり遅れを取っていた。
「ハァハァ、お義祖父様ごめんなさい。お待たせして」
息の荒いオリビアの言葉に、キリジアは笑顔で「着いたよ」と優しく声をかけてくれた。
その場所は自然にというより、少し人工的に削って平坦にした場所だった。
かなり古い見晴らし台も建っている。
その横に墓石が置かれていた。
周りには花も植えられて、それは丁寧に調えられていた。
「まずは休憩しよう」
おそらくこの場所を平坦にした時に出た石なのだろう。大きめの石が二つ椅子のように並んで置かれていた。
二つの石に三人ずつ充分に座れる。
持参した水筒のお茶は、まだ温かかった。
用意した時は、そんな熱いお湯で煎じては茶葉が台無しだと思うほど、沸騰したお湯だったが、今は一気に喉に流し込める程に丁度よかった。
座りながら景色を見渡す。
こちらに来る時に、伯母の言っていた“下界”という言葉がピッタリに思えた。
広い牧場の見える先には、畑も広がっている。
家が犇めき合うように建てられているのは、領都だろうか?ここからだと全てが小さく見える。
オリビアは、一昨日行った母の友人のブティックを思い出す。
あの建物も三階建てだったけど、ここからだと玩具みたいに見えるあの中にあるのかしら?あのドールハウスのような物がメロウ伯爵邸?
声には出さず心の中で思いながら、景色を堪能した。
それはオリビアだけではなく、アレクサンドルやアンヌにレオナールも同じだった。
「一息ついたかい?」
キリジアの言葉にオリビアが頷くと、義祖父は墓石に向かった。
そこにはトマソールが既に来ていて、墓石に何かを話しかけていた。
「トマ、もういいかい?」
「⋯はい、キリジア様。今日もありがとうございます」
二人のやり取りを気にしつつ、オリビアは案内されるように墓石の前に跪いた。
「アリスン、お前の孫だよ。オリビアは、もうこんなに大きくなって見違えただろう?リーシャが約束した通りお披露目に来てやったぞ」
「お祖母様、オリビアです。やっとここに来れました。長く不義理をしてごめんなさい」
そう墓石に声をかけて、それからオリビアは無心に祈った。
後ろにはアレクサンドル達も一緒に祈ってくれている。
長くも短くも感じるその時間は、オリビアの心を洗ってくれるようだった。
王都を出た時のオリビアの心は空洞のまま閉じていた。
そこをゆっくりとアレクサンドルが、解して開かせてくれた。開いたオリビアの心に、また少しずつ優しさを詰め込んでくれた。
そして、ほんの少しだけ残っていたオリビアの憂いが今なくなった。
目を瞑り祈るオリビアがその瞼を開いた時には、彼女の瞳には一寸の迷いもなかった。
「これで、この先も歩いて行けそうだわ。お祖母様が背中を押してくれたもの」
立ち上がったオリビアは、真っ先にアレクサンドルにそう告げた。
そんなオリビアを、眩しそうに目を細めて見るアレクサンドルは、徐に彼女の肩を抱き余った手をオリビアの手に重ねた。
二人のそんな姿を皆が見守る。
─サワサワサワ─
風がオリビアとアレクサンドルの頬を撫でた。
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