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チェルシー・ロミスは、自室で荷物を纏めていた。
大きな物は侍女にあれこれ指示を出して粗方片付いたが、細かな物は自分で整理したかった。
手作りの木彫りの宝石箱。
嫁入り道具にと持たせてくれた、祖父の手作りの品は、26年前この家に嫁いで来た時、小馬鹿にするような目で侍女たちから蔑まれた品だった。
だけど今でも立派に役目を果たしている箱は、あの頃と違って時間という名の“味”を纏って、チェルシーの心を穏やかにさせてくれる。
辛く悲しいときもこれを開けて、中にしまった祖母の形見の真珠を見つめると、力が湧いてくるようだった。
『夫に従順であれ』
嫁ぐ時に母に言われた言葉を、チェルシーは先日まで頑なに守ってきた。
母の人生はそれで良かったのだろう、教訓として娘にその言葉を贈った。
それはチェルシーの父が貴族らしくない愛妻家だったからこその言葉だった。
母は、そんな父にいつも従い寄り添っていた。幸せな家庭で育ったチェルシーにロミス家は、恐ろしいほどに貴族家の現実を突きつけた。
義母のルチアは、優しい人だった。
少なくともチェルシーにはそうであった。
彼女が、色々な仮面を持つ淑女であったと知ったのは、彼女の葬儀の時だった。
弔問客の大半は彼女を狡猾な人だと言った。
それがチェルシーには信じられなかった。
幾度となく裏切る夫を、いつも諌めてくれたのは義母だったし、夫に媚を売りあわよくばと考える侍女を、チェルシーから遠ざけてくれたのも義母であった。
何度も助けられていたチェルシーは、義母を厳しい人だとは思えなかった。
でも果たしてそうだったのか?
侍女は伯爵家を辞めたあと、別邸に住んで夫の愛人になっていたし、義母は浮気は諌めるだけでそれ以上のことはしてくれなかった。
よく考えればわかることでも、チェルシーには考えようと思う気持ちがなかった。夫にも婚家にも従順だったから。
夫のリーシャへの思いに執念を感じたのは、一度や二度ではなかった。
先日捕縛された時、夫は義母の悔しさを叫んでいたが、あれは方便だと思った。
だってマイナの事を、義母はサリオンに追求していたからだ。
もし、それがオリビアとラスティオを、婚姻させるつもりの画策なら義母は追求する必要はない。
チェルシーが何も言わないのだから、放っていて良かったのだ。
それでも詰っていた義母が、夫の言うようにリーテンベルク家に執着していたとは思えなかった。
「まぁ、もう終わったことだし、どっちでもいいかしら?」
チェルシーは開いた宝石箱をパタンと閉めながら呟いた。
サリオンが捕縛されたあと息子のラスティオは、一人で彼に会いに行って、その時にロミス伯爵家を継承する手続きをして帰ってきた。
帰ってきた息子は一言
「父上いや、サリオン・ロミスは、ただのサリオンになったから。母上は好きにして」
執務室で執事と書類について議論しながら、序のようにチェルシーにそう言った。
チェルシーの今後については興味がないのか何も聞かなかった。
その日のうちに実家の子爵家に、報告の手紙を送ると、一週間ほどで帰ってきてもいいという返事をもらえた。
子爵家を継いだ兄も兄嫁も、チェルシーの行く末を心配してくれている。
ロミス伯爵家はラスティオの手で今後も存続していくことだろう。
でももうチェルシーは、この家に関わり合いになりたくなかった。
『夫に従順であれ』
その為に人生の大半を息を殺して生きてきた。
今からは息ができる、そう思った。
願わくばラスティオも幸せになって欲しい。
たった一人産むことができた息子に、心から案じる手紙を認めて、チェルシーは新しい人生を歩んで行くことになる。
彼女が数年後に王太子妃のお抱えデザイナーになるのは、また別のお話。
大きな物は侍女にあれこれ指示を出して粗方片付いたが、細かな物は自分で整理したかった。
手作りの木彫りの宝石箱。
嫁入り道具にと持たせてくれた、祖父の手作りの品は、26年前この家に嫁いで来た時、小馬鹿にするような目で侍女たちから蔑まれた品だった。
だけど今でも立派に役目を果たしている箱は、あの頃と違って時間という名の“味”を纏って、チェルシーの心を穏やかにさせてくれる。
辛く悲しいときもこれを開けて、中にしまった祖母の形見の真珠を見つめると、力が湧いてくるようだった。
『夫に従順であれ』
嫁ぐ時に母に言われた言葉を、チェルシーは先日まで頑なに守ってきた。
母の人生はそれで良かったのだろう、教訓として娘にその言葉を贈った。
それはチェルシーの父が貴族らしくない愛妻家だったからこその言葉だった。
母は、そんな父にいつも従い寄り添っていた。幸せな家庭で育ったチェルシーにロミス家は、恐ろしいほどに貴族家の現実を突きつけた。
義母のルチアは、優しい人だった。
少なくともチェルシーにはそうであった。
彼女が、色々な仮面を持つ淑女であったと知ったのは、彼女の葬儀の時だった。
弔問客の大半は彼女を狡猾な人だと言った。
それがチェルシーには信じられなかった。
幾度となく裏切る夫を、いつも諌めてくれたのは義母だったし、夫に媚を売りあわよくばと考える侍女を、チェルシーから遠ざけてくれたのも義母であった。
何度も助けられていたチェルシーは、義母を厳しい人だとは思えなかった。
でも果たしてそうだったのか?
侍女は伯爵家を辞めたあと、別邸に住んで夫の愛人になっていたし、義母は浮気は諌めるだけでそれ以上のことはしてくれなかった。
よく考えればわかることでも、チェルシーには考えようと思う気持ちがなかった。夫にも婚家にも従順だったから。
夫のリーシャへの思いに執念を感じたのは、一度や二度ではなかった。
先日捕縛された時、夫は義母の悔しさを叫んでいたが、あれは方便だと思った。
だってマイナの事を、義母はサリオンに追求していたからだ。
もし、それがオリビアとラスティオを、婚姻させるつもりの画策なら義母は追求する必要はない。
チェルシーが何も言わないのだから、放っていて良かったのだ。
それでも詰っていた義母が、夫の言うようにリーテンベルク家に執着していたとは思えなかった。
「まぁ、もう終わったことだし、どっちでもいいかしら?」
チェルシーは開いた宝石箱をパタンと閉めながら呟いた。
サリオンが捕縛されたあと息子のラスティオは、一人で彼に会いに行って、その時にロミス伯爵家を継承する手続きをして帰ってきた。
帰ってきた息子は一言
「父上いや、サリオン・ロミスは、ただのサリオンになったから。母上は好きにして」
執務室で執事と書類について議論しながら、序のようにチェルシーにそう言った。
チェルシーの今後については興味がないのか何も聞かなかった。
その日のうちに実家の子爵家に、報告の手紙を送ると、一週間ほどで帰ってきてもいいという返事をもらえた。
子爵家を継いだ兄も兄嫁も、チェルシーの行く末を心配してくれている。
ロミス伯爵家はラスティオの手で今後も存続していくことだろう。
でももうチェルシーは、この家に関わり合いになりたくなかった。
『夫に従順であれ』
その為に人生の大半を息を殺して生きてきた。
今からは息ができる、そう思った。
願わくばラスティオも幸せになって欲しい。
たった一人産むことができた息子に、心から案じる手紙を認めて、チェルシーは新しい人生を歩んで行くことになる。
彼女が数年後に王太子妃のお抱えデザイナーになるのは、また別のお話。
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