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「んっ!⋯⋯っぁぃ!」
その日オリビアは、昼から違和感を抱えていた。唐突におきた痛みに、隣で眠るアレクサンドルを起こそうかどうか迷っていた。
「⋯⋯んっ⋯オリー⋯⋯来たのか?」
「たったぶん?くっんっ⋯⋯ふぅ⋯時計を」
「あっあぁ」
アレクサンドルは、最近枕元に常備していた懐中時計をオリビアに渡してから、もう一つ置いてあるベルを鳴らした。
今日寝る前に、オリビアからは寝室を別にしようと提案されたが、絶対に嫌だと言い張り、彼女の体を包むように寝ていた。
突然起こされてもそれは覚悟の上だった。そしてもう一つの覚悟も決めなければならないと、アレクサンドルは辛そうなオリビアをみつめた。
「旦那様、奥様」
オリビアの頭を撫でていたら、小さなノックの音とともに、部屋の外からアンヌの声がした。彼女も今夜は寝ずに待っていたのかもしれない。
アレクサンドルは「入れ」と入室を許可した。
これ以降はアレクサンドルは邪魔でしかない。
オリビアの顔を両手で包んで、その唇にキスを落とした。
「待ってるから」
辛そうなオリビアは頷きながら、気丈にもその口元に何とか笑みを作ってアレクサンドルに返してくれた。
長い夜の始まりだった。
オリビアの陣痛が始まり、今から出産することになる。
アレクサンドルは、オリビアに群がる侍女や産婆を眺めながら、扉を閉めて部屋の外に出た。
オリビアは婚約する前に、自分の体のことを教えてくれた。
流産の処置の遅れで、今後子を授かる事ができないかもしれない、そう言われた。
その時に、何故オリビアが心を喪失する程に、生きる事に絶望していたのかをアレクサンドルははっきりと知り、半年近く寄り添っていたのにと、自分の鈍感さを呪った。
「子供は運に任せよう。二人でいる事が大事なんだ」
アレクサンドルは、彼女にそう言ったけれど、オリビアがどう思ったのかは聞いていない。その言葉が適切であったのかも分からずに、心のままに伝えていた。
ただオリビアに一生寄り添う権利が欲しい、自分の欲だけの言葉だった。
だから子供は本当に運に任せた。
子が出来やすいようになどと、特別何かをしたわけでもなく、夫婦の営みもアレクサンドルの欲望のままに遂行した。
だから結婚して半年で、オリビアから涙を浮かべて、子を授かったと報告された時は、嬉しいという感情と戸惑いが合わさった微妙な気持ちになった。
二人の子は順調にオリビアの中で育って行った。
だが医師が言うには一度流産していると、また同じ事を繰り返す可能性があると言われ、生まれるまでは絶対に予断を許さないと、自分を戒めた。
それにしてもリーテンベルク侯爵家の専属医師は、悪い予想しか言わない。
全く以って心臓に悪い。
だが医師はもう一つアレクサンドルにいい含めた。女性にとって出産は命がけであると、子か奥方か、状況によって選択せねばならない時もある。その覚悟を産むときまでに決めておくようにとも言われた。
出産用に用意した部屋の前に、気を利かしたリバーが椅子を持ってきたから、それに座って扉を見つめる。
時折、オリビアの悲痛の声が聞こえて、今にも中に押し入りそうなアレクサンドルをリバーが止める。
そんな事を繰り返していたら、アレクサンドルの気を逸らそうとしたのか、リバーが質問してきた。
「オリビア様にはお伝えしたのですか?」
アレクサンドルは、リバーに無表情で「いや」と答えた。数日前にオリビアの父、ユリウスがこの世を去ったと手紙が届いた。差出人は、オリビアと異母兄弟と思われていた子供からだった。
自分の子ではないと分かってからも、ユリウスは二人を手元で育てたようだ。心臓発作によって体は徐々に弱っていったが、平民の彼等が一生困る事のないお金を予め用意していたようで、暮らしには困っていなかった。
二人の子に看取られて静かに眠るように逝ったと手紙には書かれていた。
そして、オリビアへの手紙が同封されていた。生前ユリウスが託していたそうだ。
だが出産間近のオリビアの負担を思い、アレクサンドルはそれを隠した。
何が書かれているか知らないが、ユリウスはオリビアとの関係を随分前に、自分を殺すという卑怯な手で自ら切ったのだ。
そんな彼の訃報で早産されては堪らない。
そう思った。
結局、予定日より2週間ほど早くオリビアは産気づいてしまった。
朝になり、昼近くになっても赤子の声は聞こえない。
アレクサンドルが醸し出す悲壮感は、周りが触れていいものではなくなってきていた。
膝の上で両掌を組み項垂れるアレクサンドル。
そこに救世主のように彼にとって頼もしい人物が知らせを受けてやって来た。
「アレク様」
ゆるゆると頭を上げるとレオナールがいた。
お互い結婚してからは既に主従関係は解消されている。
それでもアレクサンドルが心細い時に、彼はやってきてくれた。
「貴方のそんな顔をオリビア様は見たいでしょうかねぇ。父親になる覚悟、足りてませんでした?」
レオナールの皮肉めいた言葉に「フッ」とアレクサンドルは笑みを溢す。
「何を言う、オリーの腹に我が子が宿った瞬間から私は父親だ!」
アレクサンドルがレオナールに言い返した時、部屋の中から赤子の泣き声が聞こえた。
その日オリビアは、昼から違和感を抱えていた。唐突におきた痛みに、隣で眠るアレクサンドルを起こそうかどうか迷っていた。
「⋯⋯んっ⋯オリー⋯⋯来たのか?」
「たったぶん?くっんっ⋯⋯ふぅ⋯時計を」
「あっあぁ」
アレクサンドルは、最近枕元に常備していた懐中時計をオリビアに渡してから、もう一つ置いてあるベルを鳴らした。
今日寝る前に、オリビアからは寝室を別にしようと提案されたが、絶対に嫌だと言い張り、彼女の体を包むように寝ていた。
突然起こされてもそれは覚悟の上だった。そしてもう一つの覚悟も決めなければならないと、アレクサンドルは辛そうなオリビアをみつめた。
「旦那様、奥様」
オリビアの頭を撫でていたら、小さなノックの音とともに、部屋の外からアンヌの声がした。彼女も今夜は寝ずに待っていたのかもしれない。
アレクサンドルは「入れ」と入室を許可した。
これ以降はアレクサンドルは邪魔でしかない。
オリビアの顔を両手で包んで、その唇にキスを落とした。
「待ってるから」
辛そうなオリビアは頷きながら、気丈にもその口元に何とか笑みを作ってアレクサンドルに返してくれた。
長い夜の始まりだった。
オリビアの陣痛が始まり、今から出産することになる。
アレクサンドルは、オリビアに群がる侍女や産婆を眺めながら、扉を閉めて部屋の外に出た。
オリビアは婚約する前に、自分の体のことを教えてくれた。
流産の処置の遅れで、今後子を授かる事ができないかもしれない、そう言われた。
その時に、何故オリビアが心を喪失する程に、生きる事に絶望していたのかをアレクサンドルははっきりと知り、半年近く寄り添っていたのにと、自分の鈍感さを呪った。
「子供は運に任せよう。二人でいる事が大事なんだ」
アレクサンドルは、彼女にそう言ったけれど、オリビアがどう思ったのかは聞いていない。その言葉が適切であったのかも分からずに、心のままに伝えていた。
ただオリビアに一生寄り添う権利が欲しい、自分の欲だけの言葉だった。
だから子供は本当に運に任せた。
子が出来やすいようになどと、特別何かをしたわけでもなく、夫婦の営みもアレクサンドルの欲望のままに遂行した。
だから結婚して半年で、オリビアから涙を浮かべて、子を授かったと報告された時は、嬉しいという感情と戸惑いが合わさった微妙な気持ちになった。
二人の子は順調にオリビアの中で育って行った。
だが医師が言うには一度流産していると、また同じ事を繰り返す可能性があると言われ、生まれるまでは絶対に予断を許さないと、自分を戒めた。
それにしてもリーテンベルク侯爵家の専属医師は、悪い予想しか言わない。
全く以って心臓に悪い。
だが医師はもう一つアレクサンドルにいい含めた。女性にとって出産は命がけであると、子か奥方か、状況によって選択せねばならない時もある。その覚悟を産むときまでに決めておくようにとも言われた。
出産用に用意した部屋の前に、気を利かしたリバーが椅子を持ってきたから、それに座って扉を見つめる。
時折、オリビアの悲痛の声が聞こえて、今にも中に押し入りそうなアレクサンドルをリバーが止める。
そんな事を繰り返していたら、アレクサンドルの気を逸らそうとしたのか、リバーが質問してきた。
「オリビア様にはお伝えしたのですか?」
アレクサンドルは、リバーに無表情で「いや」と答えた。数日前にオリビアの父、ユリウスがこの世を去ったと手紙が届いた。差出人は、オリビアと異母兄弟と思われていた子供からだった。
自分の子ではないと分かってからも、ユリウスは二人を手元で育てたようだ。心臓発作によって体は徐々に弱っていったが、平民の彼等が一生困る事のないお金を予め用意していたようで、暮らしには困っていなかった。
二人の子に看取られて静かに眠るように逝ったと手紙には書かれていた。
そして、オリビアへの手紙が同封されていた。生前ユリウスが託していたそうだ。
だが出産間近のオリビアの負担を思い、アレクサンドルはそれを隠した。
何が書かれているか知らないが、ユリウスはオリビアとの関係を随分前に、自分を殺すという卑怯な手で自ら切ったのだ。
そんな彼の訃報で早産されては堪らない。
そう思った。
結局、予定日より2週間ほど早くオリビアは産気づいてしまった。
朝になり、昼近くになっても赤子の声は聞こえない。
アレクサンドルが醸し出す悲壮感は、周りが触れていいものではなくなってきていた。
膝の上で両掌を組み項垂れるアレクサンドル。
そこに救世主のように彼にとって頼もしい人物が知らせを受けてやって来た。
「アレク様」
ゆるゆると頭を上げるとレオナールがいた。
お互い結婚してからは既に主従関係は解消されている。
それでもアレクサンドルが心細い時に、彼はやってきてくれた。
「貴方のそんな顔をオリビア様は見たいでしょうかねぇ。父親になる覚悟、足りてませんでした?」
レオナールの皮肉めいた言葉に「フッ」とアレクサンドルは笑みを溢す。
「何を言う、オリーの腹に我が子が宿った瞬間から私は父親だ!」
アレクサンドルがレオナールに言い返した時、部屋の中から赤子の泣き声が聞こえた。
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