私はわたし─存在しなくても生きてます─

maruko

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※弱めですが性描写が出てきます。
死に関する言葉もかなり多めです。
苦手な方はご自衛ください。

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 槇迫直人は、6歳から孤児院で育った。
 それは父親のせいだった。父親は不倫した挙句、母をその手に掛けた。元より天涯孤独な両親だったが、父が捕まり刑に伏することになった時、遠い遠い親戚も直人の引取を拒んだ為、孤児院に入る事になった。

 起こるまでは、優しい両親に囲まれて、幸せな日々を過ごしていたのに。彼の世界は父親の不倫によって一変した。

 孤児院では孤独の中で育った。
 それは孤児院のせいではなく、絶望した直人自身のせいだった。誰にも心を開けずに自身の殻に閉じこもったまま、少年期を過ごした。

 直人が18歳の時、父親が出所すると連絡が入った。たった一人残った家族だった。
 父はどんな気持ちで直人と向き合おうとするのか、そんな事を思いながら迎えに行った。
 迎えに来てもらえると思っていなかったようで、直人だと告げると父は喜んだ。
 その日は少し高級な焼肉を直人は父に振る舞った。父は喜んでくれたように見えた。そして子供の頃みたいに、美味しそうに焼き上がった肉を直人の皿に乗せ、「ほらっ焼けたぞ」と、直人がそれを食べるのを優しく見守ってくれた。
 だが、父は寝る前に一言「すまなかったな」そう言って、出所したその日の夜に自死した。

 直人は再び絶望した。
 父の母への贖罪は死を持ってでしか償えなかったのだろうか?
 自分はこの世に留まる枷にはならなかったのだろうか?

 “不倫なんて碌なものじゃない”

 幼い頃から直人に刻まれたは、根深かったはずだった。

 20歳の時、直人は一人の女性に心を奪われた。
 直人は高卒で就職した。孤児院出身者にしては、なかなか高待遇な職場だった。
 毎日通う電車の中で、その人を見かけていた。
 直人たちが住む地方では、テレビで見るような通勤電車とは程遠いほど、ぎゅうぎゅう詰めの満員というわけではなかった。
 それなりに多いけれど、そこまではない。
 そんな朝の通勤電車の中、その人はいつも同じ席に座り、直人と同じ駅で降りる。
 席に座ってスマホの画面を見続けている彼女。
 偶然にも直人はいつも彼女の横の席に座っていた。
 朝の通勤電車は、だいたい顔ぶれも、それぞれの配置も同じになる。
 彼女の優しい匂いを直人は毎朝感じていた。
 そのうちに彼女がスマホで本を読んでいることが分かった。
 電子書籍というやつだ。

 直人も真似してアプリをインストールした。
 彼女は何を読んでいるのだろう?
 横目で見れば読んでいるものが分かった。
 それを頼りに書籍を探す。
 そして見つけたのが“異世界”の物語だった。
 彼女の好みを知れて嬉しかった。
 彼女の世界に自分も浸りたい、そう思って直人も色々と読んでみた。
 だが、そのうちそれ等を嫌悪することになる。

 それらの作品全てではないけれど、概ねテーマが不貞、不倫、浮気が多かった。
 直人が最も嫌悪している事だ。
 そして直人は思った。

 彼女をいけない。

 それからの直人は彼女のストーカーへと変貌していく。
 常に付き纏い、職場を突き止め家を突き止めた。そしてポストに投函する。
『そんな物を読んでは駄目だ』
 一方で偶然を装い彼女と知り合いになる。
 親しくなると、そのうち彼女は自分のストーカーについて、直人に相談し始めた。

 彼女は直人の掌の上とも知らずに、親身に相談に乗ってくれる直人に心を開いていく。
 そしていつしか二人は付き合い始め一緒に暮らすようになった。

 彼女『丸瀬亜子』は、朗らかな子だった。
 読む物はともかく、不倫とは全く関係のない世界の人だった。
 直人は益々亜子にのめり込む。
 一緒に住み、やる事をやれば結果は付いてくる。亜子が妊娠したと直人に告げた。

 直ぐに入籍をした。
 貯蓄があまりなかったが、それでも小さな教会で二人っきりの結婚式も挙げた。
 直人は幸せだった。
 とてもとても幸せだった。
 だがそれを壊したのも直人だった。

 ひとつ年下の皐月は、無愛想で誰にも心を開かない直人を、孤児院で唯一直人に構っていた女の子だった。何が彼女に刺さったのか知らないが、皐月は直人を『格好いい!素敵』と言っていつも纏わりついていた。
 孤児院を出たあとも、それは続いていた。

 その日は如何かしていたのかもしれない。幸せすぎて直人は油断していたのだろうか?

 孤児院で一緒に過ごした皐月が結婚するのだと聞いて、お祝いして欲しいと言われた。
 漸く皐月からも解放されると思ったし、やはり同じ孤児院ということもあり、纏わり付く彼女を妹のように感じていた時期もあったから、お祝いしたいと思った。

 皐月の知り合いだという男女数人とその日は彼女の結婚祝いを
 そんなに飲んでもいないはずなのに、直人は目覚めると隣には裸の皐月が寝ていた。

 自分の体を呆然と見つめて、自身が精を放った感覚がある事に気付いた。

 起きた皐月に直人に襲われたのだと言われた。

 平謝りに謝ってその場を去ったけれど、一晩帰らぬ夫を亜子は心配して待っててくれたのに、真面に顔を見る事もできなかった。

 それでも日常が続くと、罪悪感も薄れてゆく。

 たった一度の過ちだ、自分は精を放った事も朧気だし、抱いた記憶は皆無だった。

 そう言い聞かせていくうちに皐月との事は、直人の中で無かったことに出来た。
 そんな日々の中、忘れていた頃にまた皐月が現れた。

「記念に動画を撮ってたの」

 そう言われて見せられた画像には、獣のような自分が映っていた。
 それからは、皐月に再び纏わりつかれた。
 結婚は直人との一夜を忘れられなくて取りやめたと言われた。
 その時に自分は嵌められのかもしれないとも思ったが、証拠があるから、もう後の祭りだった。

 亜子に動画を見せると脅されて、皐月との関係が続いた。
 妊娠中の亜子に手を出せない欲求不満の直人の体は、心に反して皐月の体を求めた。

 そして、とうとう皐月との関係が亜子にバレてしまう。

 その前から、仕事の帰りが遅かったり、休日に不自然に出かける直人に不信を抱いた亜子とは、何度も喧嘩するようになっていた。

 だがその日、亜子は誤魔化されてはくれなかった。直人が亜子のストーカーだった事もバレてしまっていた。どうやら昼に皐月から色々と聞かされたらしかった。

「不倫なんて最低よ!」

 亜子のその言葉がトリガーだったのか、気付いた時には直人の目の前には血だらけの亜子が倒れていた。

 自分の犯した過ちに後悔したところで亜子もお腹の子も還ってこない。既に彼女はこと切れていた。

 絶望した直人は自ら死を選んだ

 ⋯⋯筈だった。

 直人が目覚めた時、世界が一変していた。

 そこは直人が初めてダウンロードした、物語の世界の中だった。



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