ミリアーナの恋人

maruko

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 ルーカスにあからさまに侮蔑な眼差しを向けられたユノは、ショックを受けてヘナヘナと工房に訪れた客用の1人掛けソファに座り込んだ。
 それは侍女が絶対してはならない行為だがミリアーナは気づかない。
 ルーカスとミリアーナはそんなユノを他所にお互いの自己紹介をした。ルーカスはこの工房の常連客だとミリアーナには自身のことを述べる、その後間髪入れずにユノの件を蒸し返し始めた。

「君は随分侍女に甘いんだね」

 ルーカスは呆れた様にミリアーナに言い放つ、その深緑の瞳でじっとミリアーナを見つめながら。
 思わずその瞳に囚われたミリアーナは、ルーカスの言葉は辛辣な嫌味でもあったのに言われた意味もよく分からず、ただその綺麗な瞳から目が離せなかった。

 紺色の髪色は光の加減で黒にも紫にも見えて本当に不思議な色だった。瞳の緑は深く吸いこまれそうな程だった。こんなに間近で男の人の顔を見ることなどないミリアーナだったが、そのことすら気づいていなくて、傍から見るに熱く見つめ合ってるように思われた。ルーカスも自分の嫌味に何も言い返さないミリアーナにそれ以上は何も言わなかった。
 ただジッと自分を見つめるその碧の瞳に、彼も囚われた様に見つめ返していた。

 二人の様子にイライラを募らせているのはユノだったが、彼女は異性に対しては空気を読めた。ユノは突然降って湧いた様に現れたミリアーナに良い感情など持っていない、何故なら前ルクオート侯爵夫人に気に入られ、あわよくば彼女の養女にして貰おうとその機会を虎視眈々と狙っていたし、生家の子爵家からもそう言い含められていたのだ。

 それにミリアーナの身分を侍女長のサラから聞いだがファンデル子爵家の子女だと聞いた、どうして子爵家の令嬢の侍女が同じ子爵家の自分なのだと納得が行かなかった。ユノは前ルクオート夫人が持つもう一つの肩書きファンデル子爵代理を勉強不足で知らなかった。

 ここで何か言葉を発すればルーカスに不評買うのは間違いない、ユノが出来るのはミリアーナを睨むことだけだった。

 二人の見つめ合う瞳を離したのはユリエラだった。

「ミリアーナ様、そろそろ暇を」

 ミリアーナの肩に触れ自身の方を向かせると頷きながら声をかけた。

「あっ、そう、ね。カタログも見たことだし、ね」

「では馬車まで」

 そう言ってルーカスが左手を差し出したのだが、ミリアーナには通じない。エスコートなんてまだ習っていないのだ。それを見たユノは思わず「プッ」と吹き出していた。
 それをルーカスは耳にしてギロリと彼女を睨んだ、聞こえないようにしたつもりだったのにと、ユノは蒼白になる。
 そんなやり取りも不思議そうに見るミリアーナの手を取り自分の手に重ねる。

「エスコートだ、馬車まで連れて行くから。君は添えるだけでいいんだよ」

「⋯⋯⋯⋯はい」

 出会ったばかりの男性の手を取ること自体にミリアーナは違和感があるけれど、貴族の事をまだ習い始めたばかりだ、これは貴族流なのだろうと大人しく従う事に決めた。

 馬車に乗ろうとした時にキュッと手を強めに握られた、驚いたミリアーナがルーカスを見ると

「またお会い出来るのを心待ちしております」

 そう言って手の強さは和らいだ。
 馬車に乗り込んでからもミリアーナは夢見心地だった。何か体が宙に浮いている気分で、どうして自分がこんな風になってしまっているのか良くわからなかった。ただ今まで経験したことのない高揚感に、戸惑うのではなく何か期待する自分もいてそれが不思議だった。

『差し出がましいですが、侍女の変更を進言されたほうが宜しいかと思います』

 唐突にユリエラから話しかけられた。この国の言語ではない言葉にミリアーナは意図を理解して言葉を返した。

『そうは思うのですが試練なのではないかと』
『試練ですか?それはどういう?』
『侍女長が見過ごすとは思えなくて』
『なるほど承知しました。出過ぎた真似をして申し訳ありません』
『ありがとうございます先生は心配してくださったんですね』

 馬車の中でユリエラはミリアーナの様子を見ていたが、心ここにあらずのミリアーナを現実に引き戻そうと直ぐに話しかけた、ユノには解らない言葉で。ミリアーナはユリエラに話しかけられた内容にも言語にも驚いたが難なく応えた。
 二人のやり取りを聞いて会話のわからないユノは、当然腹立たしく思っているのが顔にしっかりと表れていたので、ミリアーナはユノは平民の方が向いてるかもと、つい思ってしまってそれは余計なお世話だなと心の中で反省した。

 そのまま帰るのかと思っていたミリアーナだったが、馬車が停まったのは少し小高い閑散とした場所で、2台ほど別の馬車が先に停まっていた。その横には御者が立ち話をしているようだ。
 ユリエラはここで降りると言った。御者が降りるときに手を差し出してくれて、そう言えば工房近くで始めに降りた時も、御者はこうやって手を貸してくれた。ミリアーナも御者には自然と手を添えた筈なのに、どうしてルーカスの時は手を貸してくれるのだと思い至らなかったのだろう。
 その自分の感覚の違いに御者に手を添えながら考えて、その途端あの深緑の瞳を思いだし頬を染めた。

 その場所は公園の馬車溜まりだった。
 そこから少し歩いた先にカフェと覚しき建物があった。白い壁に屋根の色は深い緑色でそこに赤い風見鶏も取り付けられている。ミリアーナは普通の建物だと思ったが、緑の屋根がいけなかった、今ミリアーナは深緑を見るとルーカスに直結していて再び頬を染めた。
 付いてきていたユノが「何ここ、こんな小さな店」と不満そうに言う言葉を二人は無視した。
 中に入ると客席は5つ程しかなく、カウンターにも3脚しか椅子がなかった。
 “こじんまり”その言葉がぴったりの店内だったが、内装なのか訪いを「いらっしゃいませ」と言う落ち着いたトーンで言った店主の雰囲気なのか、居心地の良さをミリアーナは感じた。

「私の密かに通うお店です、ケーキが美味しいの」

 気安く話すユリエラにミリアーナは嬉しくなった。ユノは店が小さい事に不満そうにしていたが、奥から出てきた令嬢を見て気色ばんだ。

 彼女はこちらに気づいたが一瞥だけして、本が伏せて置いていた席にそのまま腰掛けた。

 その様子を見てミリアーナはその人が貴族の令嬢だと気づいたが、知らない人なのでユリエラに促されるまま、その人とは少し離れた席に座った。
 その時、先程ルーカスには空気を読んだのに、令嬢相手では読めなかったユノが彼女に話しかけてしまった。

「ごきげんよう、シャルウィット様」

 店内の空気が不穏に変わった。




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