ミリアーナの恋人

maruko

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 ユリエラからミリアーナとの外出の報告を聞いたアリーラは、その話の途中怪訝そうに眉を釣り上げユリエラを見据えた。

「工房に客?」

「はい、そう言っておりましたが不自然かと」

「そうね、滅多に居ないものね」

 ユリエラは丁度ルーカスの事をアリーラに伝えていた。あの工房はドレス店の裏手に位置している。店舗がすぐ目の前にあるのに工房に直接赴く者はほぼいない。今日ミリアーナが行ったのは彼女がまだ貴族としては頼りないからだ。
 それなのにそこに客としてその男が居るのが不自然だし、万が一ミリアーナと同じような理由であるならユノが知っていることも可怪しい。そう思って何よりも先にその件をユリエラはアリーラに報告したのだ。

「名はルーカスだったかしら?」

「えぇそう名乗っていました、ただ全て聞こえたわけではなかったので。素性はユノ様の方が詳しいのではないかと」

「ユリエラ、ユノに様はいらないわ。それにあの娘の情報ほど無駄なものはない。あの娘に聞くくらいなら調べた方が早いのよ」

 アリーラは不機嫌にユリエラを諌める。

「奥様、お言葉を返して申し訳ありませんが私は平民ですので貴族の事も詳しくはないですし。それに少なくとも身分に差がありますので様付けは当然かと思います」

「あの子はこの家の使用人、貴方はミリアーナの教師。身分は使用人には出世のとき以外いらないのよ。胸を張りなさいユリエラ」

 その言葉でミリアーナが試練と言っていた事がユリエラにも理解できた。試練かどうかは別としてユノがミリアーナ付になったのには理由があるのだと分かった。

「はい奥様」

「それにしても誰なのかしら?ルーカスって結構いるわよね」

 貴族でルーカスと言う名は割と多い名だった。アリーラは頭の中で貴族名鑑を開いていた。

「珍しい髪色でした、黒だと思ったら紺色でした」

「紺色ですって!あぁ!なんて事、どうしましょう困ったわね」

 アリーラがみるみるうちに萎れていくさまにユリエラは酷く驚いた、そんな姿を見た事がなかったのだ。

「奥様、大丈夫ですか?」

「えぇ大丈夫よ、二人は親密そうだったのかしら?」

「いえ、そういう感じではなかったのです、ただ」

「ただ?」

「ミリアーナ様が殊更に、その、ルーカスという男性を見つめていたと申しますか、なんというか、その後も心ここにあらずな様子で」

「⋯⋯⋯⋯はぁ無自覚なら困ったわね。諌めて自覚させても厄介だわ」

「そうですね、様子を見られた方が宜しいかと思います」

 アリーラはユリエラの進言にそれしかないかと頷いた。ユリエラはアリーナの様子からルーカスに何かあるのだとは理解したが、それが何かは教えられなかった。
 (でも、もう会うことはないかもしれませんし)
 ユリエラの考えは数日後覆る事になる。


 ミリアーナは外出した翌日、ユリエラではない教師の授業で必死にこの国の歴史と格闘していた。
 貴族なら子供の頃から学ぶ歴史を、ミリアーナは付け焼き刃で覚えなければならないので、教師が教える箇所を厳選してくれたのだが、それでも範囲は広い。王家に至っては三代前迄の遡りなのに、側妃が多すぎて頭がパニックになりそうだった。
 本来なら側妃の名は王子の付録として覚えるのだが、三代前の国王には王子が4人、王女が5人もいて皆が異母兄弟。しかも王女は降嫁したのは一人で4人は他国の王族と婚姻している、そうなると王女そちらも覚えなければならないのだ。
 ミリアーナは暗記は得意だがそれは興味を持ったものに対してだけ発揮される。王家の家系図など全く興味が持てなくて、頭を抱えて泣き言を言いそうになっていた。
 その時に覚えられなければそのまま課題になり、次の授業で試験が行われるのだ。
 ミリアーナは横で椅子に腰掛けて、何度も何度も王子、王女の名を読み上げる教師に猿轡をしたくなった。

 (はぁ~王子と王女と側妃こういうの、どんな時に使うのかな~)

 やる気が全く出ないミリアーナ、覚えられずに時間だけが無常にも過ぎ去って行った。

 そろそろ歴史の授業が終わりに差し掛かる頃、ノックがしてサラがアリーラの伝言を伝えにやってきた。
 歴史教師が無常にも「では次の課題に」という言葉を残して退出しようとするのを、思わずミリアーナは止めてしまった。
 今先生に帰られたら課題が多すぎる、もう少し待って!そんな気持ちからだった。だがそれを“ヤル気”と教師もサラも捉えたようだ。勘違いとは恐ろしい。

「あぁミリアーナ様、それ程真剣に取り組んで頂けるとは教える方も俄然力が湧くというもの、もう少しお時間を掛けたいのは山々ですが、奥様のご伝言の方が大事。次の授業も楽しみにしております」

 ミリアーナの心とは裏腹に歴史講師は上機嫌に帰って行った「見送りは結構」と言われてるのでサラのみが教師のあとを付いていき残ったミリアーナは脱力していた。
 (まだ第四王子周辺しか覚えられていないのに⋯はぁ)
 課題の上乗せにミリアーナは頭を抱えて嘆いていた。教師を見送ったサラが再び部屋に戻り、嬉しそうにミリアーナを労う。

「お嬢様素晴らしいです、どの教師も皆お嬢様が頑張っていらっしゃると奥様にご報告されておりますよ。そのいきです!」

 サラの労いに勘違いだと言えずに気不味くなったミリアーナに彼女はアリーラの伝言を伝えた。

「ハンセル伯爵令嬢へのお詫びの手紙の書き方を奥様がお教えすると仰っております。このあと奥様の執務室へ来られるようにと伝言お預かりしました」

「ハンセル伯爵令嬢?」

 ミリアーナは覚えのない名だったが、一人当て嵌まりそうな方を思い出しサラに問う。

「もしかしてシャルウィット様と呼ばれた方の事ですか?」

「左様に御座います、シャルウィット・コレット・ハンセル様、伯爵令嬢ではございますが彼女のお母君様が、コレット王国の王女様でございますれば礼儀は欠かせません。奥様からは昨日直ぐにお詫びを送っておられますがお嬢様はお詫びの手紙などはしたためた事がないだろうと仰せで」

 ミリアーナはお詫びをしなければならない事も思い至らなかった自分を恥じた。昨日の状況なら平民同士であればあの場で終わるが、貴族は対面が大事だとアリーラに最初に聞かされていたのに、しかもまた王女。

「気付かなすぎよね、私」

「これもまたお勉強でございますればお嬢様」

 貴族って大変だ!思いながらもミリアーナは背筋をピンと伸ばし祖母に教えを乞いに向かった。





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