ポーションはトマトジュース

青色豆乳

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ポーションはトマトジュース

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 トマトは魔力的に生物に近く、ジュースにして飲めば人が失った魔力を補充することができる。一番効果の高いものは、高山の厳しい環境で、枝についたまま完熟した物から作ったトマトジュースであるという。
 しかしそれは伝説であった。トマトが自生していると伝えられる高山には強い魔物が住んでいる。人間が立ち入ることはできない。つまり野生のトマトの採集は不可能であり、実際に見た者はいない。
 市場に流通しているものは、畑で栽培したトマトで作った、効果の弱いトマトジュースである。そしてそれは王家の管理の元、秘密の畑で作られているので、こちらも見ることができる者はいなかった。
 冒険者ギルドや薬師ギルド、町の雑貨屋などでトマトジュースは気軽に買える。でもトマトがどんな植物なのかは皆知らない。そういうものなので特段気にする人間もいなかった。

「君! それはトマトだよね」
 声がした。畑の世話をしていた私は、麦わら帽子のつばの向こうに若い男の姿を見つけた。二十歳前後の、ありふれた冒険者風の男だった。革の鞄を斜め掛けにして、武器を装備している様子はなかった。男は珍しい黒髪で、それだけがすこし目を引いた。
 ここは最寄りの村からも3日はかかる場所だ。森を抜けて来たのに剣を持っていないなら、魔法を使うのだろう。
 私は作業を中断させられて、少しむっとした顔になったと思う。私は目の前の植物の葉の上の、黒い夜盗虫から手を離した。虫は弱い魔力の残滓を葉の上に残しながら緑の陰に消えていく。
 産毛の生えた枝の先には、親指の先ほどの緑の丸い実のついた房がつき始めている。今は追肥しなければいけない季節なのだ。
「話があるんだ」
 男は、黄色い星の形をした小さな花がまばらに咲く緑の壁の間へ入ってこようとした。
「やめてください。入らないで」
 仕方なく私は立ち上がった。足元の肥料の袋を縛る。植物が表面からにじませる液で、指がねばついている。そこから、独特の青臭い臭いが立ちのぼった。


 私は休憩用の小屋で男と話すことにした。小屋には土埃でざらつく簡素なテーブルと椅子があった。私は男に椅子をすすめ、自分も座って帽子を取った。
 小屋の薄暗さに目が慣れた男の、かすかに息をのむ音が聞こえた。
「…うっわ。かわいい。ついにヒロイン発見?やっと現代知識でチートできる時が来た?」
 何かブツブツとつぶやいて、そのまま赤い顔をしてじっとこちらを見ている。私は男が髪だけでなく瞳まで黒いことに気がついた。そんな人間もいるのだなと思った。
「ご用件は」
 男が何も言わないので、私はたずねた。
「僕は上級ポーションを作る研究をしている。
 君の育てているのはトマトだ。今咲いている花の後、赤い実がなるんだろう。魔力回復ポーションの原料の」
 男の言葉は疑問ではなく断定だった。どうしてだろう。私はそれを顔に出したのだろう。認めたのと同じだった。男は続けて言う。
「ええと……僕は遠い国から来たんだけど、僕の国ではトマトは普通の野菜として作られていて。家庭菜園で育てたりとか」
「家庭菜園で?」
 私は驚いた。それを見て、男は私が話に興味を持ったのだと思ったらしい。
「そうなんだ。それで、このせか……国に来てから、ポーションがトマトジュースだって知って、でも何故かトマト自体はどこにも無かったから、ずっとトマトを探していたんだ。トマトの苗を譲ってほしいんだ。もちろん、お金は払うから!」
「あなたが育てるのですか? 苗はあげられませんよ。お金を頂いてもお売りできません」
「それを何とか!トマトにはもっと可能性があるんだ。品種改良すれば伝説の効果の強いポーションが作れるかもしれない。それにポーションだけなんてもったいない。そのまま食べたり、スープにしたりケチャップにしたり……」
「あれは食べ物ではありませんが」
 私は困惑していた。さっきからトマトを育てるだの食べるだの……彼は何を言っているのだろう。
 男もまた、うーんと唸って考え込んでしまった。
「そうかあ……そういう風に思っちゃうのか。異文化だから……」
 私はそろそろ時間が気になってきたので、男に帰ってもらおうと思った。話を聞いたところでトマトは王家の菜園はたけから出せないのだ。

 私のそんな気配を感じたのだろうか。
「ちょっと待って!そうだ!」
 男は肩にかけていた鞄から油紙の包みを取り出した。半分ほど包みを開けて見せる。細長いパンに切れ目を入れ、腸詰を挟んだものが出てきた。よくある軽食だ。続けてポーションの容器を取り出し、赤いドロリとした中身をパンの上にかけた。それは液体ではなくジャムに似ている。あの濃さでは飲めないだろう。
「ケチャ…ポーションを煮詰めて味付けしたやつなんだ。
 上級ポーションにならないかと思って作って、それは失敗だったけど。
 故郷ではこうやってトマトを調味料にするんだ。食べてみてくれないか」
 男はそう言うが、私は目の前の謎の光景に、どうしていいかわからなかった。目を見張ったまま固まってしまっている。ポーションを煮詰めてどうするのだ。
 さらに、男は短く詠唱した。包みが淡く暖かい灯火色の魔力を纏った。温められたパンと腸詰の香ばしい香り、そして少し果物にも似た酸味のある香りが立ちのぼった。
 私は空腹を感じ、内心恥ずかしさを覚えた。そろそろ昼なので仕方ないのだが……。そしてこの謎の食べ物に好奇心を感じてしまった。
 ためらいがちに包みに手を伸ばした。両手で包みを持って、飛び出した部分をかじってみる。暖められたパンのクラストが口の中でサクッと解け、腸詰の皮がプツリと油を溢れさせた。ハーブと胡椒が効いている。そして口内に広がる……。
「魔力を感じますね」
 美味しいパンと腸詰と、魔力回復ポーションの味がした。2種類の味が別々に主張している。
 私は口の中の物を嚥下してから、こちらを何かを期待して見つめている男に言った。
「腸詰もパンも美味しいですけど。魔力回復ポーションの味が余計ですね」
 申し訳ないような気がしたが、取り繕う必要もないので正直に答えた。残念だが食べ物として認識する事を心が拒否している。何のために男はこれをかけたのだろう。パンはパンで食べたい。
 男はがっくりと肩を落としてうなだれた。
「そうか……。異世界の壁、意外と厚いな……。急に食べ物として広めるのは難しいのかな……」
 男が何を言っているのかよく解らなかったが、落ち込みぶりにちょっと申し訳なくなった。
 しかし、彼は諦めたわけではなかった。突然、がばっと顔を上げて叫んだ。
「いや、でも、ここから物語が始まるんだ!研究のために苗を分けてくれ!」
「だめです。お帰りください」
「僕は上級ポーションを作りたい!それにトマトを食べ物として広めたい。
 君に会ってはっきり分かった!これが僕がこの世界に転移した理由なんだ。
 僕は世界を変える!そしてその時には、君が隣にいて欲しいんだ!」
「は?」


 押し問答の末、私が絶対に苗を渡さないと理解した男は帰って行った。
 私は喉が乾いたので湯を沸かし、香草茶をいれて飲む。私には魔力がないから、小屋にはかまどがある。
 少し早いが昼の休憩にすることにした。
 王家の菜園はたけは人里離れているが別に隠しているわけではない。だから時々彼のようにやって来る人間はいるのだ。
 昼食を食べていると、畑の方で魔力の揺らぎを感じた。

 午後からの作業のために畑に戻った。入り口近くの一角では、トマトがずしりと赤く実っていた。美しい灯火色だ。
 この辺りはしばらく肥料はいらないだろう。あまり魔力を与えすぎてはいけない。強くなりすぎてしまうから。
 肥料はこれくらいの──この弱い魔力を持った夜盗虫くらいで良いのだ。
 私は肥料袋から虫を取り出すと、トマトの葉の上に撒いていった。
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