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しおりを挟む「ディアーロ様。夜会の招待状が届いて………。…何してるんですか」
「なんでもない。そんな事より何でノックしないんだ」
「しましたよ。なんならアンタ入っていいって返事しましたよ。条件反射でしょうけど」
従者はあからさまに溜息をついた。
それもその筈。執務室の机の上には、数時間前にその従者が積み重ねていった書類が、未処理のまま鎮座しているのだから。
「……その口の聞き方、幼なじみじゃなければ報告物なんだからな…」
「今の坊ちゃんに言われても何ともおもいませーん。どうやらあの噂、本当みたいですね。うちの坊ちゃんを一眼で骨抜きにしちゃってますし。
"剣を振り、血に濡れて、美しく嗤う。
宝石の様な緋色の瞳のその令嬢は、その眼で男の心を奪い、女を怯えさせ、老若男女を籠絡する"
……容姿が良すぎて嫉妬とかから背鰭尾鰭ついた噂だと思ってたのになー」
「坊ちゃん言うな」
煩い惚れてない、と返事をして、招待状を受け取った。惚れてはいない。確かに瞳が美しいとは思ったし、容姿も良かったが。性格に難がありそうだし、普通の令嬢ではない身のこなしと戦闘力があるだろうが、驚きはしたものの、不快には思わなかった。…それだけである。そして、最近ふとした瞬間に、あの夜を思い出すだけの話である。「惚れてんじゃん」「惚れてない」
目を閉じれば容易にその姿を思い出す事が出来る。
月を背にして淡く光を纏っていた。彼女自身が輝いてみえた。
踏み台の高さの関係上少し高い位置にあるその瞳は、特徴的な赤色の宝石の様。
雰囲気は紛れもなく、今にも崩れてしまいそうなほど儚いのに、その宝石だけは、薄暗い影からでも爛々として光っているのが分かった。強い強い意志を宿す、その瞳は、たしかに高潔と表すに相応しく、
「……美しいとしか、言いようがなかった」
「惚れてんじゃん」
「惚れてない」
そういうやつじゃない。あれは違う。
確かに容姿は一級品だし、好感も実は何故か持っているが、違う。恋などでは断じてない。
「……彼女は、あの侯爵の娘だぞ」
もし、本当に愛しても、叶う事はないだろう。
そう思いながら、私は、次の夜会の誘いの手紙を書いて、当然のように彼女へと宛てていた。
……まあ、当然のように断られた。
というか、あの侯爵から、"娘の婚約者でも無い他人以下の男に、娘のエスコートを任せる気は無い"という返事が来た。
他人以下、か。
此方としては、溜まりに溜まった恨み辛みで多分実の親以上に思い出さない日は無いほどだが。
しかし収穫はあったな。一部では評価最悪の侯爵だが、体裁の問題か本心かは知らないが、娘を大事にしていると見せるつもりはあるようだ。そう言う事なら、此方にも考えがある。
1週間後。私は今、馬車で侯爵家へと向かっている。
「……あのー、坊ちゃん。流石にこのやり方は卑怯かと思うんですがー」
沈黙に耐え切れずと言った様子で、同乗している従者…クレイが口を開いた。
私も暇なので会話に付き合う事にする。
「さて。何のことだか。
私は確かに、1週間前の日付で手紙を送ったし、訪問拒否の連絡は最低でも訪問日の3日前にはするものだ。
しかし前日になっても特に返事はなかった。となれば、訪問は許可されたと考えるべきだろう?」
私はマナーに抵触していない。
「……そうですねー。
確かに坊ちゃんは手紙を出しましたよ?1週間前の日付で、3日前に。4日前から侯爵が海外出張になる事を王宮で確認して。
そしてわざわざ、正規の配達便をつかって…」
「私は配達員を使ってただ手紙を出しただけ、だろう?」
「……ソッスネー」
返事が余りにも適当だがまあいい。
門前払いしそうな侯爵は現在家を空けている。となれば、急な来客への判断は侯爵家長男が行うだろう。
彼は私の不自然な訪問について、大喜びで対応する筈だ。
何故なら彼には同腹の妹がいて、その妹は格下の伯爵家の嫡男と婚約している。だが出来る事なら、侯爵家以上の家柄の者と婚約させたいと母親共々思っている。
そこに私がわざわざ尋ねるのだから、嬉々として用意をしているだろう。
話に聞く限りの性格によれば、遠方に出ている父親に指示を仰ぎはしない。侯爵が帰るまでに婚約話を纏めて、帰還の際には自分が話をつけたのだと報告し、後継争いの点稼ぎ(功績)にするつもりだ。
なんと分かりやすく浅はかだろう。
まあ、転がすのにさほど頭を使わなくて済むから此方としては助かるが。
「…あーあ、着いちゃいましたよ。もう」
歓迎されなくても知らねえ。と、言葉遣いがなっていないが、まあそれは後にしよう。
何せ、窓幕の隙間から見えた庭園から続くエントランスには、私の予測通りの景色が広がっているのだから。
馬車から降りて、名前を名乗る。
「お出迎え、痛み入ります」
「ようこそ、よくいらっしゃいました。フィール侯爵子息」
さあ、中へどうぞ。
彼は私の予想通り、着飾らせた妹を同行させて屋敷の中へと招き入れた。兄妹揃って似た笑顔をしている。恐らく今2人は彼らの計画の成功をほぼ確信していて、愉悦から笑みが止まらないのだろう。
私も余りに想像通りなので、笑わずに進むのは中々に大変だった。帰りの馬車でクレイに突っ込まれる程だったので、次からは気をつけようと思う。
________________......
「___...で、そこでこのリリアーヌが手伝いを申し出てくれまして。心優しい健気な子なのですよ」
「そうですか。とてもお兄様思いの妹を持って貴方は幸せですね」
全然思ってねーけどな。
口から出まかせ。笑顔で紳士的に肯定とお世辞を言って悪びれなければ、相手もこれが煽ててるだなんて気付かない。まあ、侯爵相手ならバレるだろうが、案の定。その息子も娘も気付いていない。だから成人していると言うのに、一向に正式な跡取りとして公表されないのだろう。侯爵は正しい判断をしている。敵ながら身内を冷静に見る目はあるらしい。その点は認めよう。評価できる。
「それでその時もリリアーヌが「失礼。シュヴェリテ侯爵子息。私も貴殿と同じく父から学ばなくてはいけない事の多い人間でね。そこまで時間もないので、話の本題に入りたいのだが?」!お、おお。これは失礼。どうぞ」
そう言うだけで、特に動かない。手紙で私の用事は既に通達済みであるのにも関わらず、だ。
「……シュヴェリテ侯爵令息。私は、既に先の書面にて用件を通達済みと確認している。
私は貴殿と、貴殿の妹君に用はない。
シェルニー嬢を呼んでいただきたいのだが?」
「は、いや、しかし、あの娘は、その…言ってはなんだか貴殿の目にかけられるような出来のいいものではない。
どうだろう、いっそこのリリアーヌを相手にするのは?」
「ディアーロ様っ、私、貴方様がお望みなら精一杯お仕えいたしますわっ…!私では、ダメ…ですか?」
器量が良いだの、見目麗しいだの、公爵家の血を引いているだの、どうでも良い御託を並べる。妹は私の気を引こうと必死だが、時間の無駄だ。
「私が婚約者にと望んでこうして訪問した相手は、貴殿らではない。貴殿に関しては、不在の侯爵に代わり対応というのはまだ分かる。が、そこに自分の妹を許可なく同席させて剰えそちらを婚約者にしてはどうかと進言するなど、領分を逸脱している。
……今回については目を瞑るが、婚約者がある身で他の令息に心を配るのはやめるようにしつけた方がいい。私としてはかなり不快なのだ。それは同時に婚約者殿に相当な負担をかける。
貴族の婚姻は各家の利益の為だ。
今は契約していたとしても、不利益となれば直ぐに破棄される。外聞にはよくよく、気をつけた方がいい。
……それから、貴殿は先程、シェルニー嬢を出来のいいものではないといったが、それが例えば礼儀作法、立居振る舞いという事であるなら、今私の時間を無駄に浪費させている貴殿らこそ、出来のいいものではないと言えると思うが。なあ、クレイ」
素知らぬ顔で内心毒吐いていたであろう背後の従者に声をかける。
「ディアーロ様、私の様なたかが使用人などお気になさらずに。既に本日の予定が2件ほど遅れ込んでおりますが、まあなんとかなりましょう。先方が臍を曲げたとしても、それはこちらの侯爵が身内の行いゆえと知れば、ディアーロ様を責めることもありませんから」
つまり、私の邪魔をすると、侯爵自身に迷惑がかかるぞ。という遠回しな脅しである。顔色を確認すれば、妹の方は首を傾げているが、兄の方は顔を青ざめている。…この程度の会話は理解できるらしい。
「……シュヴェリテ侯爵令息。私は、シェルニー嬢に用事がある」
気分に従って先程よりも声色を落とせば、怯えを見せた令息が立ち上がる。
「す、すぐに呼ぼう。少しリリアーヌとお待ち「必要ありませんわ」シ、シェルニー……!」
ああ、漸く。
扉一枚隔てて動く事のなかった気配が、ドアを開いた。その存在感は大きく、目の前の不快な兄妹が霞んだ。
「先日はお世話になりました。改めまして、ご機嫌よう。フィール侯爵令息。シェルニー・シュヴェリテ、参りましたわ。…この部屋の空気はとても悪いので、もし宜しければ庭園を散歩しませんこと?」
薔薇が実物ですよと嫋やかに笑う姿は、彼女自身が薔薇のように華やかである。
「き、貴様何を勝手に「それは良いですね。貴女が案内をしてくださるのですか?」フィール侯爵令息!?」
私に無視されたのがそんなに意外だったのか、兄妹揃って間抜けな顔を晒している。シェルニー嬢はその様子を扇子で隠しても分かるくらい不快に思っている様だ。
「これ以上、お客様にご迷惑をかけるのはおやめください。当家の品格が疑われます。方々にご迷惑をおかけすることは許せません。貴族としての最低限の常識をお持ちなら、身の振り方を考えてください。……お父様から出された"課題"もまだ終えられていないのでしょう?」
最後の方は聞こえなかったが、令息が黙り込んだ。妹の方が何か言い返しているが、笑顔で流して、あしらっていた。どうでも良いので何を言ってたのか覚えていない。
気付けば庭園を並んで歩いていた。
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