ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第二章 彼の期待と僕の覚悟

斡旋屋というお仕事

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クロワに導かれるまま、薫達が奥へと通された先は、どうやら彼女の執務室のようであった。しかし、店の外見とは裏腹に室内の中央には安っぽい木製のテーブルとそれを囲む質素なソファー。そして、部屋を見渡せるように執務机が鎮座していた。

とはいえ、執務机とは名ばかり。その上には酒と思われる様々な酒瓶がスペースを占領しており、それが本来の用途で使用されている様子は無い。この部屋の主の性格が容易に窺えた。

「そいつが、テメェの所の新人ねぇ……」

スプリングが悪いのか、腰掛けるとギシギシと音を立てるソファーに深く腰を沈めながら、テーブルの上に置いた両足を組ませたクロワは紙巻き煙草を口にくわえ、すっかり萎縮したように体を縮こませて座る薫を見つめた。

彼女こそ、今回薫が顔見せにやってきた斡旋屋であり、そしてこの店の支配人である鬣犬人のクロワである。斡旋屋である彼女が何故このような店を経営しているのかは甚だ疑問であったが、とてもではないが直接尋ねられる状況ではない。

つい先ほどの出来事もあり、植え付けられた恐怖によって、まともに彼女の顔を見られないでいる薫を前に、クロワは溜め息と共に煙草の煙を吐き出した。

「はぁ……ったく、今度は誰を連れてくるかと思えば、弱っちそうな人間のガキじゃねぇか。テメェが趣味で面子を揃えんのは勝手だけどよ、お得意さんがどう思うかまでは知らねぇぞ」

「なぁに、そのへんは心配いらねぇよ。何てったって、この超絶無敵の俺様がいるんだぜ?仕事を頼みたい奴らなんて山ほどいるに決まってんじゃねぇか。それにな、見た目はこんなだが、こいつも結構な逸材だぞ?」

「ふん、どうだか……」

当然の反応だが、薫が奮戦したコーラルとの模擬戦の状況など知る由もないクロワによる薫に対する信用は薄い。不機嫌そうに紫煙をくゆらせる彼女を気にしつつ、薫は肘でギランの脇をつついた。

「あん?どうした、カオル?」

「あの、ちょっとした好奇心なんですけど、クロワさんはどうしてこの店を経営されているんですか?斡旋屋さんって、もっと酒場のような気軽に人が集まれるようなところにいるものかと思っていたんですけど……」

このような立派な店構えの店内に足を踏み入れるには、人によってはそれなりの勇気を要することだろう。傭兵に斡旋するための仕事の依頼を受ける窓口として適しているかと言われれば、誰もが首を横に振るに違いない。

「ああ、そりゃ簡単な理由だ。こいつはな……」

クロワを横目で気にしつつ、ギランはニヤニヤと意味深な笑みを浮かべながら薫の耳元へと顔を寄せた。

「…女好きなんだ」

「はぁ、女好き……え、あ、ええっ!?」

全く微塵も想定していなかった言葉に、薫は思わず声を上げていた。

「えっ?で、でも、クロワさんは女性で……」

「その固定的観念は良くねぇなぁ、カオル。女が全員男を好むなんて誰が決めた?確かにそういう考えの奴は多くはねぇが、こいつは特に飛び抜けてるぞ。なにせ、この俺様と同じ女を取り合った奴だからな。結局、その女は他の男のモンになっちまったわけだが、こいつの執念深さは相当でな。その男のところに殴り込みに行った挙げ句、憲兵に取っ捕まーーー」

直後、突如飛来したガラス製の灰皿が、とっさに頭を傾けたギランの頬を掠めた。灰皿は後方の壁に当たって大きな穴を穿ち、バラバラに砕け散った。

壁から正面に顔を戻すと、テーブルに片足を置いて立ち上がったクロワが投擲後の姿勢のまま、顔を真っ赤にして肩で息をしている姿が目に入った。

「テメェ、ギランッ!それ以上何か言ったら、その角へし折ってテメェの両目に突き立てんぞコラッ!」

「ひ、ひぃ……っ」

「がははははっ!悪かったな、誰にでも葬りたい過去ってモンはあるよなぁ。特に、犬も食わねぇ惚れた振ったの色恋沙汰はな」

「テメェ、まだ……!」

灰皿に続いて腰に提げた短剣の柄に手を伸ばすクロワ。これ以上の惨劇は勘弁願いたいと両手を合わせて仏に祈る薫だったが、彼女もこれ以上は行き過ぎと思ったのか、さらなる凶行に出ることはなく、ソファーに荒々しく腰を下ろしてテーブルに両足を乗せた。

「チッ……次はねぇぞ」

「さて、珍しいもんを見れたところで、だ。カオル、少々説明不足だったみたいだな。実を言うとな、クロワは普通の斡旋屋じゃねぇんだよ」

「えっ……?」

ソファーの上でただ一心に祈っていた薫は、そこでようやく顔を上げた。

「こいつが取り扱ってんのは、あんま表沙汰に出来ねぇ依頼なんだよ。国のお偉いさんみたいな要人の警護、遺跡から発掘された遺物『アーティファクト』の運搬、冒険者じゃ手に負えねぇ魔物の討伐……そういう依頼してくる連中は、人の目がある場所には出たがらねぇもんさ。だから、敢えてこういう場所の方が都合が良いんだよ」

「なるほど、そういう理由もあったんですね……」

納得する薫だったが、それならばクロワの黒歴史と言うべき恥ずかしい過去話をする必要はあったのだろうかという疑問も同時に沸き上がってくる。

実際、クロワもそう思ったらしく、一度は引っ込めた手が再び短剣に伸び掛けている。

「ギラン……テメェ……っ!」

「おっと、こりゃいけねぇ。カオル、俺は今からこいつと大事な話がある。悪ィが、外で待っててくれるか?そんなに長くは掛からねぇからよ」

「は、はい……!」

殺気立つクロワから逃げるように、ギランから背中を叩かれて立ち上がった薫は急ぎ足で部屋を後にする。扉を閉めた直後、室内から怒気に満ちたクロワの凄まじい咆哮と家具をどったんばったんとひっくり返すような騒音が聞こえてきた。

大丈夫だろうかと思ったが、再び部屋に足を踏み入れる勇気は無い。薫は件の当事者となることを避けるようにその場を離れ、建物の外を目指して小走りに駆け出した。

「…で、このアタシに大事な話ってのは何だ?」

薫の足音が完全に遠ざかった頃、荒れ果てた部屋の中、床に押し付けたギランの喉元に短剣の刃を押し当てたクロワは眼下のギランにそう尋ねる。

「あのガキを遠ざけるために、わざわざアタシを怒らせるまでの話なんだ。しょうもない話なら承知しねぇぞ?」

「なんだよ、全部お見通しか。なら、ここまでする必要はねぇんじゃねぇの?」

「テメェにムカついてんのはマジだからな?いいから、さっさと話しな。アタシは時間が無いんだよ」

クロワは体を起こし、短剣を腰の鞘に収めた。彼女が倒れたソファーを起こして座り直すと、倒れていたギランも上体を起き上がらせた。

「それもそうだな。まぁ早い話が、他でもねぇカオルのことなんだが……詳しく話す前に、まずはこいつを見てくれ」

「あ……?」

起き上がったギランは、懐から取り出した小さな羊皮紙をクロワの前に差し出した。その表面に記された文面を目にした瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれ、ギランを見上げる。二人の間にしばらくの沈黙が流れた後、諦めたようにクロワは溜め息をついた。

「はぁ……わかった、請け負うよ。だが、これは高くつくよ?金は用意できるのか?」

「今すぐには用意出来ねぇ。クライヴの奴に儲けを持って行かれなきゃ余裕だったんだが、過ぎたことを言っても仕方ねぇ。だから、次は俺様に仕事を回せ。報酬が良けりゃ、多少無茶なモンでも構わねぇ」

「テメェの実力なら、そりゃお得意さんも文句は言わねぇだろうが……その前に一つ聞かせな」

クロワは煙草に火を着け、煙を吐き出す。立ち上る煙を追うように天井を見上げた後、睨むような眼差しをギランに向けた。

「あのガキに何を入れ込んでるか知らねぇが、テメェに何の得がある?どうせ、その辺で野垂れ死にする嵌めになってたところを拾ったガキなんだろ?それとも、まさかとは思うが……償いのつもりか?」

クロワの吐いた煙がギランの顔に掛かるが、彼は煙を払うことも、目を閉じることもない。ただ瞳を見開いたまま、彼女を見つめていた。

「もしそうなら、そんな高尚な考えなんざ捨てちまいな。そういう甘っちょろいこと言ってる奴から早死にするのはテメェもよく知ってんだろうが。そのへんのゴミを拾ったところで、テメェの過去は何も変わらねぇ。何も戻っては来ねぇ。それをーーー」

「黙れよ」

不意にギランはクロワの口元から煙草を奪い、躊躇うことなくそれを握り潰した。握り締められた指の間から微かに白煙が立ち上り、開かれた手の平から丸くひしゃげた煙草が落ちた。

クロワの頭上から降り注ぐ、怒りを纏う刃のように鋭い眼差し。頭上を見上げることも出来ず、ポトリとテーブルに落ちたそれを目の当たりにして、しばらく丸まった煙草を見つめていたクロワはバツが悪そうに頭を掻いた。

「…悪ィ、口が過ぎたな。忘れてくれ、真意じゃない」

「いや……俺様も、つい熱くなっちまった。けどな、俺様はそんなつもりでお前に頼んでるわけじゃねぇよ」

ギランは転がっていたソファーを起こし、クロワの前に腰掛けた。その表情や声色からは既に怒りは消え失せ、彼女は無意識の内に強張っていた肩から力を抜いた。

「じゃあ、何でだ?他に理由があるのか?」

「そんなもん、決まってんだろうが」

クロワの手元から彼女が新しく取り出した煙草を取り上げ、ギランは口にくわえて火を着けた。根元まで燃え尽きるほど一気に吸い込み、限界まで溜め込んだ煙を吐き出して、彼はニヤリと笑みを浮かべてみせた。

「お前も聞いたことあるだろ?優しい男はな、女にモテるんだよ」

「はっ……バーカ」

ギランの足を、クロワは笑って蹴りつけた。
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