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第四章 ボクと白犬と銀狼と
お金は怖いよ
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「はぁ~……やっと解放されましたね……」
せっかくの休日にも関わらず、通りを歩く既に薫の顔は疲労困憊。溜息混じりに呟きながら進める歩調も一歩一歩がかなり重く見えた。
しかし、それも無理も無いことである。素人の手によって雑な調整のされたアーティファクトを前に火の着いたムジカによる剣の再調整に付き合わされ、およそ数時間に渡って灼熱の工房の中で心身共に焼かれることになったのだから。
ようやく解放された時には既に昼時を過ぎてしまい、今は疲労と空腹を抱えながら職人街から離れて繁華街を歩いているところであった。
「あはは……お疲れ様、カオル。でも、変な癖が付く前に手入れしてもらって良かったじゃないか。これからもずっと使っていく物だし」
「それはそうかもですけど……アルトさんにも迷惑掛けちゃいましたし」
「迷惑だなんて、むしろお礼を言いたいくらいだよ。カオルのおかげで、使い分け出来るくらいナイフをいっぱい貰えたんだから」
ホクホク顔でそう話すアルトの手には、分厚い布で包まれた何本ものナイフが抱えられている。根っからの職人気質のムジカにとって金勘定は二の次三の次だったようで、薫を犠牲にアルトは目的の品を手に入れることが出来たのだった。
もともとナイフを買いに行ったとはいえ、こんな目に遭うのならば財布が軽くなってくれた方が良かったと思う薫であったが、苦労しただけの成果は得られていた。
ムジカによる調整によって薫の手に合わせて寸分違わず削られた柄は違和感なく彼の手元にフィットし、調整前とは比べ物にならないくらい手に馴染む。柄を握り込むのに余計な握力を使用して消耗することもなくなり、非力な薫にはこれ以上ないほどの神掛かった調整であった。
ムジカの手腕はさすがとしか言う他ないが、もう一度世話になりたいかと訪ねられれば、それはまた別の話である。
「とりあえず、遅くなっちゃったし何か食べたいね。ナイフのお礼に、お昼は僕に奢らせてよ」
「ええっ!?そんな、大丈夫ですよ。今日は日頃のお礼も兼ねてるんですから、僕に任せて下さい。あっ、喉渇きましたし、あそこのお店に行ってみましょう!」
「あっ!待って、カオル!」
薫が見付けたのは鮮やかな果物が並ぶ小さな屋台。どうやら果実を搾ったジュースを提供してくれる店のようだ。熱気の籠る工房で渇いた喉を潤すべく、薫は店頭に立つ熊の亜人へと歩み寄った。
「はいよ、いらっしゃいませ!ウチは新鮮一番産地直送、お嬢ちゃんみたいにピチピチの瑞々しい果物を手絞りしてるから美味いぜェッ!」
「お嬢ちゃんではないのですが……えっと、オススメはあります?」
「はいよ!今日は甘酸っぱくて美味しいロランベリーを使ったミックスジュースがオススメだ!強めの酸味と僅かな苦味がアクセントなおじさんの初恋をイメージした思い出の味だぞ!だははははっ!」
「は、はぁ……」
何だか飛び抜けて陽気な人だ。購買意欲を萎えさせるような売り文句はともかく、確かに並べられた果物はどれも美味しそうだ。今から別の店を探すのも面倒で、目の前の店主にも悪い。薫はここで購入することに決めた。
「じゃあ、それを二つお願いします」
「あいよ!二人分で銅貨八枚だ!」
「えっと、銅貨は無いんですけど……これでお願いします」
果物を手にした店主の前に薫が差し出したのは一枚の金貨。銅貨八枚に対して一枚の金貨が不足するはずもない。店主も文句は無いだろうーーーそう思っていたのだが。
「…お嬢ちゃん……どういうつもりだぁ?」
「えっ……?」
金貨の対価に返ってきたのはそんな声。見上げれば、先程までの人当たりの良い笑みを消失させ、牙を剥き出しにして薫を見下ろす店主の姿であった。
「えっ、あ、その……」
「悪戯にしちゃあタチが悪ィなぁ……嬢ちゃん、真面目に商売やってる俺っちをハナから揶揄ってたってのか……?」
モリモリと筋肉を隆起させながら呟く店主。その威圧感は薫が対面したロックゴーレムに勝るとも劣らない。街中に屋台を構える店主が放っていいものではなかった。
「許せねぇ、許せねぇよなぁ……こちとら改心して真面目に商売やってるってのによぉ……俺っちを小馬鹿にしやがるそんな奴ァ、許しておけねぇよなぁ……!」
店主の両腕に力が入り、手にしていた果物が圧壊する。真っ赤でドロリとした果汁が跳ね、薫の頬を濡らす。まるで、次にこうなるのはお前だと予期させるかのように。
「ちょ、ちょっと……!?」
「覚悟しなァ、嬢ちゃん。お前の砕いた骨粉をトッピングに血と脳漿入りのトロトロ濃厚なミックスジュースを作ってーーー」
「すみません、これお代です」
その時、薫の隣から割り込んだのはアルトであった。店主に向かって差し出された手には一枚の銀貨が乗せられていた。
「あ、アルトさん……」
「すみません、この子世間知らずで。初めて使う金貨に興奮しちゃったんです。迷惑料代わりにお釣りはいりませんから」
「おお!そりゃ仕方ねぇなぁ!悪かったなぁ、お嬢ちゃん。俺っちとしたことが早とちりしちまったみてぇだ。ちょっと待ってなァ!」
アルトから銀貨を受け取ると、店主はマグマのように煮え滾る怒りを消失させて果物を搾り、あっという間に手製の木のコップに入った二人分のジュースを差し出してきた。
「お待ちどう!俺っち自慢のジュースだ。味わって飲んでくれよなァ!」
「はーい。行こっか、カオル」
「は、はい」
アルトに手を引かれて、薫はその場を離れた。しばらく歩いた建物の陰に辿り着いたところで、アルトは足を止めた。
せっかくの休日にも関わらず、通りを歩く既に薫の顔は疲労困憊。溜息混じりに呟きながら進める歩調も一歩一歩がかなり重く見えた。
しかし、それも無理も無いことである。素人の手によって雑な調整のされたアーティファクトを前に火の着いたムジカによる剣の再調整に付き合わされ、およそ数時間に渡って灼熱の工房の中で心身共に焼かれることになったのだから。
ようやく解放された時には既に昼時を過ぎてしまい、今は疲労と空腹を抱えながら職人街から離れて繁華街を歩いているところであった。
「あはは……お疲れ様、カオル。でも、変な癖が付く前に手入れしてもらって良かったじゃないか。これからもずっと使っていく物だし」
「それはそうかもですけど……アルトさんにも迷惑掛けちゃいましたし」
「迷惑だなんて、むしろお礼を言いたいくらいだよ。カオルのおかげで、使い分け出来るくらいナイフをいっぱい貰えたんだから」
ホクホク顔でそう話すアルトの手には、分厚い布で包まれた何本ものナイフが抱えられている。根っからの職人気質のムジカにとって金勘定は二の次三の次だったようで、薫を犠牲にアルトは目的の品を手に入れることが出来たのだった。
もともとナイフを買いに行ったとはいえ、こんな目に遭うのならば財布が軽くなってくれた方が良かったと思う薫であったが、苦労しただけの成果は得られていた。
ムジカによる調整によって薫の手に合わせて寸分違わず削られた柄は違和感なく彼の手元にフィットし、調整前とは比べ物にならないくらい手に馴染む。柄を握り込むのに余計な握力を使用して消耗することもなくなり、非力な薫にはこれ以上ないほどの神掛かった調整であった。
ムジカの手腕はさすがとしか言う他ないが、もう一度世話になりたいかと訪ねられれば、それはまた別の話である。
「とりあえず、遅くなっちゃったし何か食べたいね。ナイフのお礼に、お昼は僕に奢らせてよ」
「ええっ!?そんな、大丈夫ですよ。今日は日頃のお礼も兼ねてるんですから、僕に任せて下さい。あっ、喉渇きましたし、あそこのお店に行ってみましょう!」
「あっ!待って、カオル!」
薫が見付けたのは鮮やかな果物が並ぶ小さな屋台。どうやら果実を搾ったジュースを提供してくれる店のようだ。熱気の籠る工房で渇いた喉を潤すべく、薫は店頭に立つ熊の亜人へと歩み寄った。
「はいよ、いらっしゃいませ!ウチは新鮮一番産地直送、お嬢ちゃんみたいにピチピチの瑞々しい果物を手絞りしてるから美味いぜェッ!」
「お嬢ちゃんではないのですが……えっと、オススメはあります?」
「はいよ!今日は甘酸っぱくて美味しいロランベリーを使ったミックスジュースがオススメだ!強めの酸味と僅かな苦味がアクセントなおじさんの初恋をイメージした思い出の味だぞ!だははははっ!」
「は、はぁ……」
何だか飛び抜けて陽気な人だ。購買意欲を萎えさせるような売り文句はともかく、確かに並べられた果物はどれも美味しそうだ。今から別の店を探すのも面倒で、目の前の店主にも悪い。薫はここで購入することに決めた。
「じゃあ、それを二つお願いします」
「あいよ!二人分で銅貨八枚だ!」
「えっと、銅貨は無いんですけど……これでお願いします」
果物を手にした店主の前に薫が差し出したのは一枚の金貨。銅貨八枚に対して一枚の金貨が不足するはずもない。店主も文句は無いだろうーーーそう思っていたのだが。
「…お嬢ちゃん……どういうつもりだぁ?」
「えっ……?」
金貨の対価に返ってきたのはそんな声。見上げれば、先程までの人当たりの良い笑みを消失させ、牙を剥き出しにして薫を見下ろす店主の姿であった。
「えっ、あ、その……」
「悪戯にしちゃあタチが悪ィなぁ……嬢ちゃん、真面目に商売やってる俺っちをハナから揶揄ってたってのか……?」
モリモリと筋肉を隆起させながら呟く店主。その威圧感は薫が対面したロックゴーレムに勝るとも劣らない。街中に屋台を構える店主が放っていいものではなかった。
「許せねぇ、許せねぇよなぁ……こちとら改心して真面目に商売やってるってのによぉ……俺っちを小馬鹿にしやがるそんな奴ァ、許しておけねぇよなぁ……!」
店主の両腕に力が入り、手にしていた果物が圧壊する。真っ赤でドロリとした果汁が跳ね、薫の頬を濡らす。まるで、次にこうなるのはお前だと予期させるかのように。
「ちょ、ちょっと……!?」
「覚悟しなァ、嬢ちゃん。お前の砕いた骨粉をトッピングに血と脳漿入りのトロトロ濃厚なミックスジュースを作ってーーー」
「すみません、これお代です」
その時、薫の隣から割り込んだのはアルトであった。店主に向かって差し出された手には一枚の銀貨が乗せられていた。
「あ、アルトさん……」
「すみません、この子世間知らずで。初めて使う金貨に興奮しちゃったんです。迷惑料代わりにお釣りはいりませんから」
「おお!そりゃ仕方ねぇなぁ!悪かったなぁ、お嬢ちゃん。俺っちとしたことが早とちりしちまったみてぇだ。ちょっと待ってなァ!」
アルトから銀貨を受け取ると、店主はマグマのように煮え滾る怒りを消失させて果物を搾り、あっという間に手製の木のコップに入った二人分のジュースを差し出してきた。
「お待ちどう!俺っち自慢のジュースだ。味わって飲んでくれよなァ!」
「はーい。行こっか、カオル」
「は、はい」
アルトに手を引かれて、薫はその場を離れた。しばらく歩いた建物の陰に辿り着いたところで、アルトは足を止めた。
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