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エピローグ
しおりを挟む「ふぅ……」
エクリアの南西にある巨大な国際空港。その国際線の搭乗窓口でアリスワイデが深いため息を吐いた。
「結局……任務は失敗ですのね」
アメリカ本国になんて報告したら良いのだろうか。イーガンの移送任務は失敗し、肝心のイーガン本人は死亡。その上……、
「はぁ……母国に帰るのがこんなに陰鬱だと思ったのは、初めてですわ」
「ほうほう、そうですか。ならば、ずっとこの日本にいらっしゃるのはいかが?」
「みぎゃぁぁっ!!」
突然、背後から話しかけられアリスワイデは猫のように飛び上がった。慌てて後ろを振り向くと、そこには見慣れた男が立っていた。
狐のように細い瞳に、どことなく胡散臭い雰囲気を纏った顔立ち。黒いスーツを着込んだその男を見た瞬間に、アリスワイデの肩先の荷がさらに重くなった。
「塩崎様ですの。貴男、レディーにいきなり話しかけるのはマナー違反でしてよ。というより、気配を絶って近づいて来ないで」
「おっと、これは失敬。どうにも公安だった頃のクセでしてね」
塩崎は狐目をさらに薄くして、朗らかに笑った。そんな塩崎を見て、アリスワイデが怪訝そうに片眉を上げた。
「それで? まだ私に何か御用で?」
「いえいえ、アメリカに帰国されるようでお見送りに、と」
そう言うと、塩崎は親指を背後に突き立てた。その先には、ぶすっとした様子の無常が立っていた。
「フフっ」
そのあまりにも分かり易すぎる態度を見て、アリスワイデが口元を抑えて笑った。
「貴男は相変わらずですのね。嫌々、来ました……って顔に出てますわよ」
「……別に」
無常は近づいてくると、アリスワイデの方を一瞥する。
「帰るのか」
「えぇ、帰りますわ。今回の任務で私自身の課題や、目指すべき高みが見えましたもの。それに何より……」
アリスワイデはそこで一旦言葉を切ると、すっと真剣な表情になる。
「……裏切り者の存在も、判明しましたしね」
「それは……クリストファー殿のことですか?」
塩崎の言葉に、アリスワイデはゆっくりと瞳を閉じた。
「できれば嘘であって欲しかったのですけれど、監査の結果を見れば、あの男が裏切っていたことはほぼ確実ですわ」
あの事件の後でアリスワイデ達はGUARD(ガード)の監査を受けた。対象となったのは、イーガンの移送の計画を知っていたここにいる三人。
それと、計画を知っている上層部の人間だ。
監査は、UDDの履歴や行動経路、果てはエクリア中の監視カメラを精査してまで行われた。
その結果は、全員が白。裏切りの証拠は誰からも出てこなかった。
「由々しき事態ですわ。まさか、我がアメリカ合衆国から裏切り者が出るなんて」
「ですが……裏切り者の存在を示すものは、今のところウロボロスのメンバーの証言だけです。こちら側をかく乱させるためにわざと言った可能性だってあるのでは?」
塩崎の言葉にアリスワイデが静かに首を横に振った。
「ありませんわね」
アリスワイデほどの実力になれば数合手を合わせただけで相手の性格が分かる。あの銀髪の男は根っからの武人気質な性格だ。
かく乱するために嘘を吐くような性格じゃない。それに、あの状況下でわざわざ嘘をつく必要もない。
「すでに本国にはクリストファーが裏切っているかもしれないと報告してありますわ」
アリスワイデの報告に、クロスユニオン上層部は即座に動いた。
どうにかクリストファーとコンタクトを取ろうとしたが、彼とは音信不通のままだ。
「クリストファーには既に強制帰国命令が降りていますわ。クロスユニオン上層部の命令は絶対ですの。その命令に従わないどころか、彼のUDDには何の反応もない」
状況証拠の積み重ねと、露骨な命令無視。
ここまで来ると笑うしかない。もはや離反の意思を隠そうともしない。
忌々しい。
「あの男だけは、地の果てまで追いかけて、わたくしが始末して差し上げますわ」
「……止めとけ、お前じゃ返り討ちにされるだけだ」
ずいぶんと息巻いているが、アリスワイデはスケール4の能力者だ。スケール6の能力者に喧嘩を売るには分が悪すぎる。
「この少しの間で分かった。お前は少し……立ち止まることを覚えた方が良い」
「ですがっ! わたくしは……」
無常の言葉に、アリスワイデは言い募ろうとして口を開いた。けれど、それより早く無常が動いた。
「なら、少しは他人を頼れ。自分でやり遂げられないのならば、他人の力を借りればいい」
無常はアリスワイデに近づくと、彼女の腕を取った。
「ふぇ……?」
呆ける彼女をよそに、彼女の腕に装着されたUDDに自分のものを重ね合わせる。腕を重ね合わせると、小さな電子音が鳴り響く。
「困った時は、いつでも掛けてこい。まあ、そん時に暇だったら助けてやる」
「ぁ……」
至近距離で見つめられてアリスワイデは顔が赤くなるのを感じた。
「は……」
「は……?」
「ははは、破廉恥ですわっ!!」
アリスワイデは顔を真っ赤にすると、小さく飛び跳ねるように無常から距離を取った。そして、顔を朱色に染めたまま、搭乗口に繋がる通路の向こう側へと消えていった。
「……は?」
何が破廉恥だったのだろうか? 無常はただ自分を頼るように言って番号を渡しただけなのだが……。
「いやはや、青春ですねぇ……」
状況が理解できずに茫然と立ち尽くす無常を、少し離れたところから塩崎が見つめていた。
「……やっぱり女の行動は理解できん」
無常は後頭部をポリポリと掻くと、溜息を吐いた。
「おやおや、せっかく可愛いお友達ができたというのに、君ときたら」
塩崎はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべると、懐から一枚の命令書を取り出した。
「そんなに女性との付き合いが嫌なら、こんなものはいかが……」
塩崎は無常に任務が書かれた命令書を渡そうとした次の瞬間。目の前から無常はいなくなっていた。
「おや……?」
塩崎はゆっくりと周囲を見渡すが、周りに無常の姿はない。塩崎はゆっくりと息を吸い込むと、静かに肩を竦めた。
「逃げ足だけは、相変わらず早いですねぇ。まったく……あの子ときたら……」
塩崎は笑いながらその狐のような細目を見開いた。見開いた瞳に映っていたのは、柔和な親の顔だった。
そのまま瞳を閉じると、ゆっくりと過去を反芻して、やがて眼を開けた。
塩崎はまたいつも通りの表情の読めない狐目に戻ると、溶けるように周囲の人ごみの中へと消えていった。
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