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礼を尽くされて
しおりを挟む私が来た街道の側と反対側に森を抜けると、旧道の森を切り開いただけの休憩所跡で、第一騎士団の騎士たちが休んでいた。
すぐに近づく私とエヴァン様に気づき、数人の団員たちが声を上げる。エヴァン様は簡単に私と出会った経緯と身分を話すと、手早く傷の深い者へと私を導いた。
怪我をした人は確かに応急処置を受けていたが、エヴァン様の言葉の通り致命傷には至らない程度といったものだった。これで軽傷だというのだから、他の人たちはどれほど深手だったのかと思う。
本来魔法師は、自身の魔力が底をつくほど使い切ることはしない。
魔力を失った状態は丸裸と同じなのだから。
それでも魔力を使い切るほどでなければ、生き残れなかったということだろう。
一人、二人と治癒の術をかけていく。
さすがに全員を完治させるとなれば、また魔力を使い切ってしまう。完治には至らなくても、王都に戻るぐらいまでにはかなり楽になるだろうと思う範囲で行っていった。
感謝の言葉を述べられながら、私はそばで見守るエヴァン様に尋ねた。
「一体、どんな魔物と戦ったのですか?」
「腐食の呪いを受け、半ば屍と化したダークドラゴンを」
「え……」
とんでもない言葉に絶句してしまう。
竜退治ともなれば一団では難しい。本来、二団、三団と連携を組んで挑むもの。しかも呪いを受けた魔物とは。
「それは……なぜ、このような小人数で挑まれたのですか?」
「手の空いているものが居なかったのです。他の討伐から騎士団が戻ってきたばかりでしたから。セシル殿の在籍する第六騎士団も、そうではありませんか?」
「……えぇ、そう、です」
つい三日前に、国境付近に出没する盗賊団を討伐して戻ってきたばかりだ。
ただの盗賊なら、領地の護衛団で済ませられるだろう。けれど盗賊の中に魔物を操る魔術師がいたため、王都の騎士団にまで援軍の声がかかった。
事実、敵一人一人の戦闘力はさほどでもなかったけれど、多くの雑魚魔物を召喚されて戦闘は長引いた。
数と数の戦いとなり、深手を負う者は少なかったが疲労は大きかった。
私も……翌日は動けなかったほどに。
他にも緊張状態の国境付近に出向いている団など。王都の守りも残さなければならないとなれば、絶対確実な先鋭で挑むというのも理解できた。
「大変な任務を、心よりお礼申し上げます。死者がなく本当によかった」
エヴァン様をはじめ第一騎士団の方々に頭を下げると、一人が笑って答えた。
「あの程度の魔物で死人を出しては第一騎士団の名折れです」
「竜の首は取ったものの、ここまで怪我をしては国王陛下に叱られますね」
「いやでも、ここで治癒していただいて助かったぁぁあーっいててて!」
慌てて私は癒しの術をかける。
騎士は「はぁぁ」と息をついて、仲間に小突かれた。
「……まだ、無理はなさらないでください。完治はできていませんので」
「とても術のかけ方が上手いので、完治したような感覚になっていました」
「申し訳ありません。私の魔力が乏しいがために」
泉で回復した魔力はもう半分以上使ってしまった。
まだ余裕があるものの、これ以上使えばもう一度泉に浸かりなおして魔力を蓄えなくてはならない。エヴァン様の「そこまでなさらなくてもいいのです」という言葉に甘え、できる最大限の治癒で抑えた。
「本当にありがとうございます」
「かなり楽になりましたよ」
「王都に戻っても、追加で治癒を受けなくていいんじゃないかという感じですね」
「すぐに次の討伐にも行けそうだ」
口々に、元気を取り戻した団員達がお礼を言う。
モーガンや第六騎士団の人たちは治癒して当たり前だと言うばかりなので、このように丁寧にお礼を言われるとどう返していいかわからなくなる。
「どうぞ、私は当然のことをしただけです」
「セシル様はとても謙虚でおられる」
エヴァン様が微笑みながら言う。
気が付けば夜が明け、美しい横顔を朝日が染め始めていた。
夢のように気高いお姿に、目を奪われてしまう。
「あの……」
「この礼は必ず」
「え、いいえ。何も要りません」
「そうはいきません」
私の手をそっと取る。
「このままでは私の気が済みません。望みがあれば何なりと。国王陛下もお許しくださるでしょう」
「いえ、本当に……」
握られている手が熱い。
体の芯が、ずくずくと音を立てるように甘く痺れていく。媚薬を塗りこめられた、卑しい体だということを知られてはいけないのに。そう思って、視線を逸らす。
エヴァン様は手を離してくださらない。
「今、何も思い浮かばないというのであれば後日にでも。ぜひ」
「……は、はい」
頷かなければ、公爵様は納得してくださらないだろう。
私の返事を受けて、「きっとですよ」と念を押した。
「エヴァン様! 迎えの馬が来ましたよ!」
数頭の馬を引き連れた騎士が、王都の方角から駆けてくる。
私の背に手を添えてエヴァン様は囁いた。
「どうぞ私にお見送りをさせてください。ご一緒の馬にでも」
再び、どきりと胸が鳴った。
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