9 / 55
朝の街と魔法院
しおりを挟む夜明けと共に第一騎士団の馬に乗って戻った私を、出る時に見送った城壁の門番たちは、驚きと共に安堵で迎えてくれた。
「いやほんと、ご無事でよかった」
「第一騎士団の方々とご一緒でしたら、何の心配もありませんでしたね」
「実は森で出会い、助けられたのは私たちの方なのです」
ここでもエヴァン様はまるで自分のことのように、誇らしげに私の魔法を話す。
私が治癒も得意とする魔法師だということは知られているが、第一騎士団の大怪我を治したのだと、やや……いやかなり大げさに盛った語りで、門番たちは驚きの声を上げた。
本当は、いうほど凄いことではないのに……。
「セシル様は上の団に移籍されてもいいのではないのですか?」
「いや、だとすると、片翼の騎士の実力も必要だしなぁ……」
「第六にいるのはもったいないですよ」
門番たちの言葉に騎士たちも頷いている。
話を聞きつけ集まっ町の人たちを見て、さすがに話が大きくなりだしたと思ったのか、騎士たちはそれぞれに神殿や王城、そして私を送るために魔法院へと解散した。
私を乗せたエヴァン様には、三人の騎士がそれぞれ馬と共に続いた。
朝の王都がこれほど清々しく、活気のあるものとは知らなかった。
毎日のように夜遅くまでモーガンに抱かれ、彼が飲みに出なかった日はそのまま陽が高くなるまでベッドから起きられないでいた。昨夜のように森の泉に出向いた時は夜明け前に戻るようにしていたから、朝陽を浴びた町の姿を知らない。
幸せな街の人たちの顔を見て、少し切ない気持ちになる。
私とはあまりに違う世界のように思えて。
それでも我が騎士団は、この人たちの平穏を守っているのだと思うと少し誇らしい。
ふと、エヴァン様の片翼の魔法師はどのような方なのだろうと思う。
公爵令息のパートナーなのだから実力は当然として、家柄もよく、きっとお人柄も素晴らしいに違いない。他の団の細かな人員まではまだ把握していないから、私は公爵様の片翼を存じ上げていない。
このように共に騎乗した者がいると知られたら、気分を害されるのではないだろうか。
それともこの程度のことはお許しいただけるほど、心も広い方なのだろうか……。
戸惑う私の心を察したかのように、エヴァン様が耳元で囁く。
「セシル殿、ごらんなさい。町の皆が私たちを歓迎している」
道行く人たちが、馬上の私たちに笑顔で手を振っていた。
「エヴァン様、魔物討伐のお帰りですね!」
「ご無事でよかった!」
「ありがとう」
「新しい魔法師を見つけなさったのですか?」
「第六騎士団のセシル殿だよ」
声をかける町の人たちに、エヴァン様が手を振り答える。
……こんなに目立つことになるとは。
やはり送っていただくのは丁重にお断りをすればよかった……。
今となっては遅いが、遠からずモーガンの耳にも届くだろうことを思うと、それまでに彼が不機嫌にならないような理由を考えておかなければ。
「少し疲れたでしょう」
魔法院の扉前まで送ってくださったエヴァン様は、私を馬から降ろしながら囁くように声をかけた。
確かに疲れはあったけれど、疲れよりもこうしたひとつひとつの優しい所作が私の心をかき乱して、平静を保つのが大変なだけだ。今、私の心の中がこんなにも落ち着かないでいると知ったら、エヴァン様はきっと笑うだろう。
何を感じていようと、ここで公爵様を心配させるわけにはいかない。私はできるだけ元気を振り絞って答えた。
「いいえ。エヴァン様の馬に乗せていただくなど、後にも先にもないことでしたので、少し興奮していただけです」
「後に無いなど仰らずに。セシル殿が馬に慣れてくださるのでしたら、またいつでもご一緒します」
「エヴァン様……」
「魔法師は馬に不慣れな方が多い。この私でよければいつでも……あ、でも」
横から苦笑いする仲間の騎士に腕を突かれ、エヴァン様も苦笑する。
「セシル殿の片翼の騎士にご許可をいただけるなら、ですが」
「ええ、そうですね」
彼は決して許さないだろう。
同じ第六騎士団の仲間であってもいい顔をしない。近づくのはもちろん、自分以外の者に魔力を使うなどもったいない、というのが彼の言葉だ。
彼と契約した私は、魔力を含めた私のすべてが「彼の物」なのだから。
もう一度身を正して、私はエヴァン様にお礼を伝える。
「ここまでご丁寧にしてくださり、ありがとうございます。あの……泉でのことは……」
「内緒にいたします」
その言葉に、私は恥ずかしさを隠しながら笑った。
いい大人の男がずぶ濡れで泣きながら、抱きしめて……など口にするなど、恥ずかしい以外のなにものでもない。一時の心の迷いなのだと、彼も軽く受け流してくれるのならありがたい。
エヴァン様は先行して国王陛下にご報告申し上げている騎士に合流するため、王城に向かわれた。
その後ろ姿を見送ると、騒ぎを聞きつけた魔法師たちが私を取り囲む。早朝にも関わらず人が多い。魔法院は深夜に執り行う術もあるため、昼夜を問わず人が居るものだけれど。
「セシル、どういうことだよ説明しろよ」
「第一騎士団、エヴァン・アシュクロフト公爵と騎乗なんて一体何があったんだ!?」
「いつ、あんなに親密になったんだよ」
下手なことを言って、また大げさな噂にされても困る。
たまたま討伐帰りの騎士団とお会いして、ご厚意で送ってくださったのだと答えても、魔法師たちの興味は終わらない。
困った……。
調べものがあるのは本当だけれど、自宅に直接帰らないための口実だったのだから急ぎではない。早めに切り上げて帰ろうとするところで、一人の魔法師が言った。
「誰もがエヴァン様のお目に適おうとしているのに、上手くやったな」
「お目に適う?」
適うも何も、本当に偶然出会ってここまで送ってくださっただけのこと。
もう二度とお近くで顔を合わせることなど無いだろう。
首を傾げる私に、一人が笑いながら言った。
「知らないふりなんてしなくていいんだぜ」
「公爵様の目に止めていただいたところで、何があるというのです? 団の移籍は、団長のご判断でなされるもの、エヴァン様は騎士団長ではなかったはず」
「なんだよ、本当に知らないのか?」
高位貴族のお気に入りになれば、何か得があるというのだろうか。
意味が分からないでいる私に、取り囲んでいた一人が「ああ、そうか」と納得した顔で頷いた。
「セシルは、田舎の出だったから知らないんだな」
「何を?」
「エヴァン様は現在、片翼を失っておられる」
思いがけない言葉に、私は声を失った。
「三年前の魔物討伐の時、パートナーの魔法師を亡くしたんだよ。それ以来ずっと、お独りだ」
33
あなたにおすすめの小説
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
表紙ロゴは零壱の著作物です。
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる