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執拗な追求
しおりを挟む私はよほど驚いた顔をしていたのだろう。
モーガンは顔をしかめて私を睨んだ。
「この俺に隠し事か?」
「何も……」
「どこで何をしていた」
いつも以上に声に圧を感じる。
私はできるだけ静かな声で返した。
「魔法院まで、資料となる本を借りに行っていました」
嘘ではない。証拠の本も窓辺の机の上にある。
それらを見て、モーガンは「ふん」と鼻を鳴らした。
「明け方から今までか? それとも、もっと早い夜中から?」
「少し夜風に当たりたかったので散策を。早い時間の方が、魔法院も人が少ないですし……」
具体的な時間まで言わずに言葉を濁した。
わざわざ城壁の外まで行った時間を調べたりしないだろうし、門番たちもきっと答えずにいてくれるだろう。けれど……第一騎士団との出来事が思ったより大事になっているなら、いずれはモーガンの耳にも入るかもしれない。
「ふぅん、夜風にね」
一歩一歩近づいてきて、うつむく私の顎を取り上を向かせた。
エヴァン様ほど身長差があるわけではないけれど、威圧的な気配をまとった時のモーガンは、ひどく大きく見える。
「まぁ、あれだけ体を熱くしていたんだ、冷やしたくもなるだろうが」
「はい……」
機嫌を損ねたくない。できるなら、このまま今日は休みたい。けれど簡単には自由にしてくれないのも知っている。
まだ昼前だというのに、酒と煙草の匂いがする。もしかするとまだ酔っているのかもしれない。
「本当は体を冷やしに出たのではなく、物足りなくて男を漁りにでも行ったんじゃないのか?」
「え……?」
一瞬、何を言われたのか理解できずに聞き返した。
モーガンは瞳を更に細めて口の端を上げ、笑う。
「高貴な貴族様の馬に乗ってお帰りとは、いい身分になったものだ」
やはり見られていた。
背に冷たい汗が流れる。
「あいつは誰だ?」
一瞬、正直に答えようか迷ったものの、同じ馬に乗せていただいて名前も知らない……は通用しないだろう。
私は重い口を開いた。
「アシュクロフト公爵様です」
「公爵? 何故そんな奴が」
「たまたま……帰宅しようとする私を見て、一人で帰るのは危険だからとお供を」
答える私を、モーガンはじっと見つめる。
「いつも一人で歩いているだろう。ここは王都だぞ」
「はい……」
予想通り執拗に追及される。
私は顎を捕まえられたまま、視線だけ伏せて答えた。
「王都と言えども、騎士団の魔法師というだけで誘拐されることもあるのだと……盗賊たちに利用されたり、他国に売られたり。もう少し治安のいい、王城近くに移り住むのがよいとのお話がありました」
「余計なお世話だ」
振り払うように私の顎から手を離し、音を立ててベッドに寝転がる。
私は軽く顎をさすりながら不機嫌なモーガンを見つめた。
「あの辺りは家賃が高い、まだ新人の俺たちでは手が出ないだろう。公爵様の金銭感覚で話してもらいたくないものだ」
ならば団の寮に戻るという選択肢もあるというのに。
小さくため息をつく私に、モーガンは鼻を鳴らして続ける。
「それに盗賊程度、お前の魔法で追い散らせないのか? 俺の片翼はそんなに弱いのか?」
答えようがない。
田舎にいたころ、魔物や盗賊に遭遇したり襲撃されることもあったが、基本的には戦わず逃げるに徹していた。余計な反撃をして負ければ自分の命が無い。相手を倒したところで、報奨金がもらえるわけでもなかったのだから……。
けれど、つまりは、そういうことなのだろう。
「危険があれば逃げます」
「そうだろ? わざわざ高い場所に移り住む必要はない」
笑うようにして言い放ってから、「セシル」と私の名を呼んだ。
「来いよ」
声を低くして呼ぶ。
私は体を硬くした。
これは合図だ。夜まで待たず、まだ日の高いうちから抱こうという。
その予想通りに彼は言う。
「……服を脱げ、夕べの続きだ」
「モーガン様……」
「まだ、体は疼いているだろ? 一日やそこらでは抜けないはずだ」
体内の媚薬はかなり浄化させていたが、まだ完全ではない。
思いがけない出来事に忘れかけていた疼きが、また私の中で動き出す。
「足りないって言うなら、足してやるぜ」
「いいえ」
「欲しいと言えよ」
声を低くして、命じる。
「欲しいと言え」
有無を言わせない言葉。
私は、声を絞り出す。
「……く、ださい……」
怖い。と同時に、体があの快感を欲しがっている自分にも気づく。
すぐにでもぐずぐずになる快楽が欲しいと。
逃げられない。
彼からは逃げられないんだ。
モーガンが笑みになる。
「俺の片翼は素直じゃないとな」
「モーガン、様……」
「来いよ」
命じられて、私は震える指で衣服を脱ぎ捨てた。
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