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必ずこのままにはしない【リオン】
しおりを挟む大通りに面したカフェの二階、窓辺の席に一人で座っていたボクは思わず毒づいた。
「えっぐ……」
ある程度は予想していた。
媚薬を使って相手を自分の物にしようとする奴なんて、ロクなもんじゃない。だが、使い魔を使って探った二人の様子は、想像以上の惨状だった。同時に激しい憤りを感じる。
魔法師は戦いの時はもちろん、平時ですら神経を使う。
その心と体を癒すのが騎士の役目だ。ただの警護役じゃない。
元々魔法を扱う者は体内の魔力が豊富なため、魔物や良からぬ者たち――盗賊などに加担する魔法師にも狙われやすい。自分の力をコントロールできないと自家中毒のような状態にもなる。他人にかけられた呪いを代わりに受けやすいという面もある。
だから魔法を正しく扱えない者たちは、魔力の器を大きくしないようセーブする。
神殿が聖水に高いお金をかけて、誰でも簡単に魔力の補充ができないようにしているのもそのためだ。
万が一のことがあれば、神官たちは無償で治療にあたる。その者に見合った聖水を調合することもあるし、魔法院と共に魔法の扱い方を指導したりもする。
神殿は、ただ神をあがめるだけの場所じゃない。
王都の外には魔力を補える泉もあるが、そこは魔物も多く寄ってくる危険な場所だ。自ら身を守れるほどの力が無ければ、進んで森の泉まで行こうというバカはいない。
「おかしいと思ったんだ」
王都の騎士団に所属する魔法師が、深夜に一人で森に赴くなど。
偶然にも第一騎士団の、更に腕のある騎士エヴァン様と遭遇したから大事には至らなかったが、ボクなら絶対に行かない。魔物も盗賊も、それこそ地方の自衛団ぐらいならボク一人で簡単に殲滅できるけれど、問題は相手に勝てるかどうかじゃない。
万が一、呪いを受けたなら。
万が一囚われ、操られでもしたなら。
そして万が一にでも記憶を消され、自覚も無く王都に戻り、仲間や民や国王陛下に危害を加えるようなことをしたなら。力があるだけに被害は計り知れない。
僕ら魔法師はもろ刃の剣だ。
そのことを彼らは自覚しているのだろうか。
「自覚していないだろうな」
セシルは自分にそれだけの潜在能力があるとは思っていないだろうし、モーガンは魔法師の上辺の能力しか理解していない。騎士としての本来の役目も放棄して、片翼の魔法師はただの便利な相棒――いや、彼にとっては所有物か奴隷ぐらいにしか思っていない。
へどが出る。
胸がムカついて、目の前のグラスのお茶を飲み干した。
よく冷えた美味しいお茶を淹れてもらっていたのに、味がしない。こんなに気分なったのは久々だ。何があっても、セシルの身を救い出さなければ。
「ずいぶん腹を立てているようだな、リオン」
涼やかな声がして顔を上げると、美しい顔立ちの女性が立っていた。
輝く金色の髪は豊かに流れ、金の瞳にはっきりとした目鼻立ちに赤い唇という、すれ違う誰もが目を奪われる美女だ。
彼女は第一騎士団の、それも団長の証を身に着けた魔法師、アンジェリカ・エイデン伯爵令嬢。アシュクロフト公爵家の長男、クリフォード様の片翼であり婚約者でもある、将来のアシュクロフト公爵夫人だ。
実は、現公爵夫人――ダニエルの母上に次いで怖いお方。
性格は男勝り。さばさばした気質は、団の誰よりも頼りになる。
ボクは大げさにため息をついて、向かいの席を勧めた。
「もぅ、腹立つなんてものじゃないですよぉ。サイアク」
「第六騎士団騎士、モーガン・イングリスの片翼、セシルの件だったな」
「ええ……」
ボクは声を低めて答えた。
「そのモーガンが片翼の魔法師に媚薬を使い、性奴隷にしています」
その一言で、アンジェリカ様の綺麗な眉が歪んだ。
同じ団に所属する魔法師同士、ことの重要さはきっとボクより深く理解している。足を組み、腕を組んだアンジェリカ様は、飲み物を持ってきた給仕に「ありがとう」と静かに答えた。
「そのような状態になりながら契約書の魔法が発動していないということは……」
「おそらくモーガンはセシルに、契約書の本当の機能を説明していないと思われます。もしくは魔法が発動しないように上手く誘導しているか……そのどちらも、かもしれません」
ボクは答えながら、使い魔が見聞きしてきた状況を思い起こす。
セシルの生い立ちを考えると、操るのは簡単だっただろう。
「モーガン自体が理解していないということは」
「無いと思います。仮にも伯爵家の子息、イングリスの家督を継ぐ者。それにセシルが一人目の魔法師ではなく、数年前から幾人もの魔法師を招くも、契約に至らずに終わっていたと聞きました。ダニエルが調べて知らせてくれた話です」
「ふむ」
それなりに知識と経験のある魔法師なら、半端な騎士の企みなど簡単に見抜くだろう。今回の不幸はセシルが何も知らない中で、いいように使われてしまったということだ。
アンジェリカ様はもう一つため息をついて、ボクを見つめた。
「今回の件、エヴァンは本気のようだ」
「うん……ダニーも同じことを言っていたよ」
「長く片翼を喪ったまま、新たな羽根を見つけること自体積極的ではなかった。けれど……」
アンジェリカ様が言葉を区切る。
「運命を感じのかもしれない」
エヴァン様は誰よりも優しく、とても誠実で一途な方だ。
三年前に片翼を喪った時の悲しみは、見ていたボクらですら身を裂かれる思いだった。その辛さを乗り越え、今、心から守りたいと思う魔法師に出会ったというのに……。
「アンジェリカ様、ボク、セシルを助け出すためなら何でもします」
同じ魔法師として、このままにはしておけない。
強い決意で言うボクに、アンジェリカ様も強く頷いた。
「すでに、クリフォードを始めとしてお母上も動いておられる。今頃、国王陛下のお耳にも届いていることだろう」
「では……」
「時が来たなら働いてもらうぞ」
力強い眼差しで微笑む。
ボクは「はい」と答えて使い魔に次の指示を出した。
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