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良き未来を願う
しおりを挟むテラスでは、事前に準備を整えていたベンが嬉しそう私たちを迎えてくれた。
とてもいい香りのお茶と、今まで見たことも無いような……目にも華やかで美味しそうなお菓子がテーブルに並んでいる。
気軽に「どうぞ」と勧められたけれど、私は思って以上に緊張していたみたいだ。
あまり口をつけることもできず、色々聞いてくれたのにうまく言葉を返せないでいた。そんな私を責めることなく、リオンをはじめとした皆の穏やかな声に、私の緊張は徐々にほぐれていった。
そういえばベンが神殿に持ってきてくれたあのお菓子は、どこにいったのだろう。気が付いたら無くなっていたように思う。神官たちも召し上がっていたから、私がもたもたしているうちに皆が食べてしまったのかもしれない……。
祝典の時間になり呼ばれて戻ると、モーガンはとても不機嫌そうな顔をしていた。
領地でのパーティは楽しそうにしていたのに、格式張った祝典は苦手なのだろうか。
せっかく他の団の騎士たちと交流できる機会なのに……そう思っても、余計なことは言わない方がいいかもしれない。私は視線を伏せて口を閉ざし、所定の場所についた。
ふと、視界の隅には立ち並ぶ公爵家の姿があった。
アシュクロフト公爵ご夫妻をはじめとして、クリフォード様とアンジェリカ様。そしてエヴァン様が私の方を見つめている。
……見守ってくださっている。
それだけで勇気が湧いてくる。
私のような者がこの場所に立つことなど、本当に二度とない。
だから今の自分にできることを精いっぱいやろうと思い、顔を上げた。
入場された王太子殿下と妃殿下、その腕には祝いのお包みと衣装をまとったお子が抱かれていた。
眠たいのか小さな唇であくびをして、瞼を閉じている。お生まれになって3ヶ月ほどだとお聞きした。淡いバラ色の頬に柔らかな白い肌、絹糸より細く輝く栗色の髪。微笑み見下ろす両殿下の眼差し。
遠い未来、この国を導く王となられるお子だ。
幸せそうなお姿に、私の心も和んだ。
国王陛下御入場の声に従い、私たちは片膝をついて頭を垂れた。
一国の王とこれほど近い場所でご尊顔を拝するなど、幸運でしかない。粛々と式は進む中、私は高鳴る胸を抑えながら、第一騎士団魔法師から始まる祝いの魔法を聞き順番を待った。
大丈夫。
エヴァン様が見守ってくださっている。
心の中で呪文のように繰り返す。
私の順番が来て顔を上げると、玉座には優しい眼差しの国王陛下がおられた。
一国の王ともなれば、どれほど厳しいお顔をしているのだろうと思っていた。
けれどそんなことは無い。国と民、全てを温かく包み込むような力強い眼差しは、エヴァン様とよく似ておられた。
ほっ……と息が抜ける。
同時に湧き立つ強い思い。
この国のため、国王陛下のため、そして未来の王と喜ぶ人々のために私は働こう。
どこからとも知れず旅人に連れられてきた私は、もしかするとこの国の生まれではないかもしれない。生みの親の記憶もなく、寂しい辺境の地で育った思い出しかない。
でも今、私はこの国を守護する騎士団にて、片翼の任を頂いている。
この幸福と幸運を噛みしめよう。
未来の王の輝かしい世を願い、私は魔法を捧げる。
窓から日差しが柔らかく降り注ぎ、玉座の間に爽やかな風が抜ける。どこかで炊いているのだろうお香の、かぐわしい薫りが辺りを包み、心と体を満たしていく。
特別なものではない。ただ純粋に、良き未来を願うというだけの魔法。
祈りにも近い呪文を終えて、私は再び頭をたれた。
しん、とした静けさが辺りを包む。
その不思議に思わず顔を上げると、両殿下の優しい眼差しがあった。
「素晴らしい祝いを、ありがとう」
胸が鳴り、私はあわてて頭を下げた。
「国を守護する三対六翼の騎士団から選ばれし、誉れ高き魔法師たち。そなたらの大いなる祝福により、王家と我が国の安寧は末永く続くだろう」
王太子殿下のお声に大きな拍手が湧きおこる。
その様子に驚く私に、隣で祝いの呪文を捧げたビービーが手を伸ばし肩を軽くたたいた。
「セシルの呪文、素晴らしかったよ」
「いえ、その……皆も、とても素晴らしく……」
「ああそうだ。皆すごかった」
拍手の中、お子を抱いた両殿下が参列者の祝福を受けていく。
お子は拍手の音に驚いたのかぱっちりと目を見開いていたが、泣き出す様子は無い。なかなか肝が据わっておられる。そんな様子を見守りつつ、魔法師たちは一歩下がっていった。
私たちの仕事は終わった。無事、大任を終えたんだ。
「セシル、今の魔法は即興だったの?」
「リオン様」
事前に予定していた通りの魔法だったと思うのだけれど、とても気持ちが高ぶっていたせいかよく覚えていない。
アリスターが続いて「ううむ」とうなった。
「一部に新しい呪文が入っていたね。更に良い効果を高める語句だ。あれはこの国の魔法体系からも少し違う。研究の余地がありそうだな」
「ははは、始まったよアリスターの分析が」
笑うビービーにリオンが続く。
「そうだ、これから魔法師たちで集まって、研究会でもしようよ」
「リオンも分析好きだろ?」
「もちろん、常にボクたちは進化していかないとね!」
胸を張るリオンに、「失礼ながら」と声が入った。
私の肩を掴んだモーガンだ。
「我々はここで失礼する」
「どうして? いいじゃないか。片翼の素晴らしい働きを見て、ボクたちも学びたいんだ」
「数日後に迷宮探索の話を貰った、その準備がいるので。それにセシルも慣れない場所に居て疲れている」
今度はモーガンも引き下がらない。
私の方を見て「そうだろ?」と聞いてくる。
正直、私自身は疲れなど感じていないけれど、モーガンが早くこの場から立ち去りたいのだということは分かった。
迷宮探索の言葉に、リオンは片翼のダニエル様に確認する。騎士は軽く肩をすくめてから、「ああ」と答えた。
「先ほど、第六騎士団と有志による迷宮探索の話が出た。第六たちの昇団を兼ねたものだ」
通常、入団してから一年ほどでそのような試験があるのだと聞いていた。
まだ私たちは入団から半年ほど。ずいぶん早い話だ。
「来月には王女ご成人のお祝いもある。それに合わせたものだろうな」
「そのようなわけで、我々は準備を進めたい」
ぐい、と肩から腕を掴んで引き寄せられる。
その腕の強さに顔をしかめると、リオンの顔も険しくなった。
「準備なんて一日あれば十分じゃないの?」
「我らは新人、第二の騎士や魔法師様と違い、何事にも時間がかかるのです。行くぞ、セシル」
そう言って、強引に私の腕をひきその場を離れた。
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