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終わりの場所
しおりを挟む「あぁーあ、ダルいぜぇ」
「第一や第二の騎士たち、本当に俺たちの手助け、しなかったな」
「腕組みながら鼻で笑ってたよ」
湧き水で喉を潤し、それぞれグチを言う者たちを前にして、私はただ肩を落とすだけだ。
本来の目的から離れた行為……いや、これは十分な、命令違反だろうから。本意ではなかったとしても彼らの言葉に従った私も、同罪なのだと思う。
「モーガン様、戻りましょう」
「あぁん? 今戻ればどやされるだけだろ」
「それにまだあの魔物と戦ってるだろうしね」
「敵前逃亡をしたのですよ、私たちは。命令違反では」
「命令違反?」
私の言葉など聞かないと分かっていても、言わずにはいられない。
モーガンたちは私の言葉に顔をしかめた。
「団長は自分の身を第一に考えて行動しろと言っていただろ。その命令に従った俺たちの、どこが命令違反なんだ? セシル」
「倒せない相手ではありませんでした。別行動せずとも、離脱は可能でした」
「おい……」
私の腕を掴んでモーガンが声を低くする。
「口答えするのか?」
答えようとする声が喉に詰まる。
「夕べも、散々その体に教えこんだというのに……まだ、わかってないのか?」
その言葉で、ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。
黙って顔を引きつらせる私にモーガンは口の端を上げ、ふふん、と鼻で笑ってから腕を離す。
彼の元を逃げ出したとしても、私には帰る家も家族もいない。
何より、「契約」が私自身を縛っている。
一人になって気持ちを落ち着けたい。
息を吐き、くつろぐモーガンたちのそばを離れて泉の水を口にする。
森の中の泉ほどではなくても、地下を流れる水には魔力が含まれている。手足を冷たい水に浸すことで、少しでも魔力を回復できるだろう。
そう思い、水に両手を浸して、ふと……違和感に私は動きを止めた。
妙に……魔力が少ない。
そういう性質の水なのかもしれないけれど、軽く口にした時と指に浸した時の、感覚の違いが気になる。普段、泉の水から魔力を補給することが多かったからこそ、微かな違和感が引っかかった。
これは、もともとあった魔力を吸い取った後の……出がらしのような感覚。
ということは……何らかの魔物が、この泉から魔力を吸い取っている。
はっ、として周囲を見渡した。
薄暗い迷宮の中では、自分の身の回りにしか明りは灯していない。とっさに魔法で周囲一帯に明りを灯してみると、一息ついていた私たちの空洞の天井に、巨大な影が張り付いたいた。
「皆さん、逃げてください!」
「セシル?」
突然、周囲に明りを灯し天井を見上げた私に続いて、モーガンたちも天井を見上げた。
そこにいたのは無数の触手で大きな体を覆った魔物。攻撃力は高くない代わりにとんでもなく防御力が高く、大火炎の魔法で焼き尽くすか氷結で凍らせ剣で砕くしかない。
そして一度この触手に囚われたなら、生殺しのまま魔力を吸われ続ける。
その証拠に、既に息絶えミイラ化した魔物が数体、触手にからめとられていた。
「や、や、ヤバいやつじゃん!」
もう一人の魔法師が震えた声で呟いた。
これだけの大きさ、今の私では全てを焼き尽くすことも凍らせることもできない。満タンの魔力でどうにかというところだけれど、こんな狭い場所で大火炎の魔法を使えば私たちも黒焦げになる。仲間の魔法師のサポートが無ければ不可能だ。
凍らせたとしても、今の私では触手の数本が限度だろう。
「刺激しないよう……少しずつ、離れるのです」
私はできるだけ冷静を保つようにして一歩、一歩と魔物から離れようとする。
敵は既に私たちの存在に気付いている。
触手の速度はどの程度だっただろうか。背を向け、全力で走って逃げきれるだろうか。
思う私の後ろで、取り乱した声が聞こえた。
「ひ……いやだ。こんなやつに捕まったら、生殺しだ!」
ひいぃぃ! と悲鳴を上げて一人が逃げ出した。
続くもう一人。その動きに触発されて魔物の触手が伸びる。捕まれば終わりだ。
私はとっさに氷結の魔法をかけて絡めとろうとする腕を止める。
それを剣で砕いてもらえれば、と思う目の前でモーガンは呆然と立ち尽くしていた。
「モーガン様!」
「はっ!」
言われてはじめて剣を振るう、その動きに次の触手が襲い掛かる。
モーガンを襲う触手は凍らせることができたが、更なる触手まで間に合わなかった。私はそのまま足を、腕を、からめ取られる。
「ああっ!」
「ひいっ!」
触れる触手が魔力を奪っていく。
思わず声を漏らした私に、モーガンは引け腰になって後ずさった。
「モーガン……さま……」
あなたは私の片翼の騎士のはず。
魔法師が危機の際には、何を置いても守るのが誓いのはず……なのに。
「わぁあああ! 来るな!」
剣を振り回し触手を振り払う。
そして……そのまま、私を置いて……逃げて行った。
「そんな……」
明りの魔法が一つ、一つと消えていく。
暗闇に一人取り残され……私は、瞼を閉じる。
ずるずると触手は数を増し、私を更にからめ取っていった。
魔力は奪われ抵抗する力も無い。もう……自力で逃げることはできない……。
「……捨てていくのなら……どうか、私を……殺して……」
私は必要とされていなかった。
ここが、私の命の終わりの場所なのだと……気づいて、私は抵抗をやめた。
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